魔法使い(2)
「そうか……」
蓮はとても悔しそうだった。もしかするとこの時、私以上に悔しがっていたのかもしれない。
そのあと、しばらくは私の怪我のこと以外の話が続いた。食事も運ばれてきて、それを口に入れながら、会話は進行する。
料理も食べ終えて落ちついたところで、私は気になっていたことを切り出すことにした。
「なあ、蓮」
「うん、どうした?」
蓮が何食わぬ表情で聞き返してくる。
「今日、お前が俺を呼んだ本当の理由は何かな?」
蓮の表情が先程よりも落ち着いた顔をしている。彼は息を整える仕草をしてから質問に答えはじめた。
「おまえ、さっきも言っていたけどもう無茶がきかなくなったんだろ。つまりは、マジシャンの仕事がもうできないってことだろ。合ってるよな?」
この時、私の表情が少しだけ崩れた気がする。それでも、この現実を受け入れなければいけないことも知っている。私は彼の言葉に頷くことしかできなかった。
「…… おまえが魔法を何よりも大事にしているのはわかるし、それが思うようにできなくなったのはとても苦しいと思う。だからこそ、俺はこれを伝えにおまえと会うことにした」
そう言って蓮はバックの中から一冊のパンフレットを取り出して、私の目の前に置いた。読んでみると、これから近所で開講するという魔法教室の宣伝用パンフレットで、裏面には大きく、講師募集と書かれていた。
この世界で魔法を仕事で使うには魔法免許をはじめとする様々な資格が必要だが、趣味で魔法を覚えたいという人間も一定数はいて、そういった人々の需要に応えるために、簡単な魔法を教える教室が世界中に存在している。
「おまえに合ってると思うぜ。その仕事」
優しい表情をして、蓮はこう言った。私は思わず、
「……ありがとな」
と言って、涙を流してしまった。
私にもまだ何かできるはずだ。そう思って、私はパンフレットに記された募集要項を確かめた。
一ヶ月後、私は例の教室の前にいた。履歴書の作成と、体のリハビリでまたしても想定外に時間がかかってしまったが、幸い開講まであと二ヶ月はあったので講師の募集は続いていた。
私は改めて覚悟を決め、教室の扉を開けた。
「失礼します……」
中に入ると、まだ内装は完成しておらず、無機質の壁と教材などが入ってると思われる段ボールの山や組み立て前の長机、袋を出ていないパイプ椅子などが乱雑に置かれているだけだった。
「あ、すみません。今、行きます」
奥から女性の声が聞こえた。私はその場で待つことにして、改めてパンフレットを読んでみる。代表の紹介欄を確認すると、代表の山内穂花はもともとマジシャンだそうだった。魔法を使った教育に興味を抱いたから、この教室を開くことを決めたのだという。
パンフレットを読んでいるうちに奥から物音がした。そちらに目をやると、女性が出てきていた。見る限り三十代くらいの若々しい人で、身嗜みも整ってはいたが表情は少し疲れている様にも思えた。パンフレットにあった代表の顔写真と見比べると目の前の女性は教室の代表、山内さんで間違いなかった。
「はじめまして。代表の山内です」
山内さんがにこやかな顔つきで先に挨拶をしてくれた。私も挨拶をしようとする。
「……藤原です。よろしく、お願いします」
少しぎこちない返しになってしまった。それでも、山内さんは明るく、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と返してくれた。
山内さんの案内で私は奥へと通された。奥の個室へ入ると、部屋には机が二つだけ、対面で置いてあり、一方の机の上には資料が山積していた。おそらく、資料が積まれている方が山内さんのデスクだ。案の定、彼女がそのデスクに座る。彼女はジェスチャーでもう一方の机に座ってくださいと私に求めた。遠慮無く私は彼女の対面の机に座った。