魔法使い(1)
名声というのは突如として失われることがある。私の身にもそれは突然起こった。
冬のある日、マジシャンとして成功を収めていた私はマジックショーに呼ばれていた。
「藤原さん、本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
スタッフから挨拶されたので私は返事をした。
「すみません。これのセッティングはこんな感じで大丈夫ですか?」
今度は違うスタッフが機材の配置を尋ねてきた。スタッフは機材の配置メモを手に持っている。私はメモを手に取って目を通す。私はその時、他の準備で急いでいたので深く考えずにすぐに了承したが、これが仇になるとは思いもしていなかった。
本番まであと三分。準備が整ったのでマジシャンらしい衣装に身を包んだ私は舞台袖に向かった。
「皆さん、では頑張りましょう」
私はスタッフたちに励ましを送った。
「はい!」
その場にいたスタッフたちが一斉にこう言った。そして時間が来たので私は表に出た。
そこからの記憶は曖昧だ。いくらか魔法を披露して、途中で炎を操る魔法を観客に見せて、拍手をもらった瞬間に炎が近くにあった給油タンクに引火して爆発が起きた。私は爆風で吹き飛ばされて意識を失った。それ以降の数日間の記憶は無い。目を覚ますと、私は病院の病室にいて、包帯や点滴が体に付いていた。目が覚めた後すぐにナースが来て、私が意識を取り戻したことに気がついたナースに呼ばれて医者がやってきた。私は医者にこの状況で出せる精一杯のかすれ声で、
「何が……、何が有ったんですか?」
と尋ねた。医者は落ち着いた調子で私の質問に答えた。
「藤原さん、あなたは爆発事故に巻き込まれました。それで……、もうあなたは魔法を使えないと思います」
「えっ……」
私は唖然とした。こうして私のマジシャン生命は突如として断たれてしまった。医師から最初に聞いた時、嘘だろと思った。
医師から詳しい話を聞くと、爆発事故で体のあちこちが傷ついたために回復しても、あまり体に負荷になるようなことはできないという。簡単な魔法を使うには問題はないが、パフォーマンスなどで使う大技の魔法だと体にある程度の負荷がかかるのであまり使わないで欲しいとのことだった。
「どうしたらいいんだ」
医師の言葉を聞いてからというもの、私は一日でも早く退院するためにリハビリを始めていたが退院しても、もう今までの様に仕事ができないとなると、これからどうやって生きていけばいいのかを考えていた。金銭的な面は今まで頑張ってきた甲斐もあって困ることはなさそうだったが、それでは解決できない生きがいを失った気がしたのだ。
私は一人、夜の病室で呟いてしまった。病院で目覚めてからの数日、夜遅くに目覚めてしまうことが多くなっていて、当時の私は朝が来るまで相当な時間があるように錯覚し、まるで永遠の夜が訪れたかのような感覚に陥っていた。
リハビリのために入院していた期間は自分で想定していたよりも長引いた。すぐにできるだろうと楽観視していたが、自分の体を動けるようにするのがとても苦しかった。それでも、苦しさを乗り越えて、最終的に退院できたのは事故から四ヶ月後のことだった。
「退院おめでとう」
退院してから数日、私は友人の蓮とファミレスで会っていた。彼と会ってまず言われたこの言葉は嬉しかった。私は体勢を崩さないように慎重に座る。私のぎこちない動きを見ていた彼の顔は辛そうだった。私は座り終えてから、
「ありがとう」
と蓮に返したあとで店のメニューを取ろうとしたが、どうしても腕をうまく動かせず、結局彼に取ってもらった。
料理の注文を済ませてから、蓮と私は話を始めた。
「……なあ。大丈夫なのかよその体? 」
彼が尋ねてきた。私は少し考えてから、
「……しばらくしたら普通には動ける。でも、前みたいに無茶は効かなくなったな」
と返した。