救済魔術(4)
「この事故の影響で渋滞が起きているみたいで、到着までに三十分はかかるそうです…… 」
「そんな…… 」
咲也が唖然とする。彼はそれでもすぐに今の状況を整理しはじめた。負傷者は全部で五名。内の四人は救急車が到着する三十分以上は持ち堪えられる程度の怪我だが、一人は三十分以内に処置をしないと命に関わる状況になっていた。
咲也は手立てを考える。時間はない。どうすれば、どうすれば良い。彼は悩んだ。そして一つの手立てを見つけた。迷っている余裕はない。後で何を言われようと、自分を信じるしかない。彼は医師生活をここで終えてでも目の前の命を助ける覚悟をした。
「頼む。生きてくれ」
咲也はそう呟いて両腕で魔法陣を作り出し、それを重態の負傷者に向けてから魔術を発動した。すると、負傷者は時間が止まったかの様に不自然に静止した。
「何をしたんですか…… 」
見ていた通行人の一人が咲也に尋ねた。彼は複雑な表情を浮かべて答えた。
「…… この方の時間を一時的に止めました。そうしないと……、助からなかったのです」
その後、三十分程で救急車が到着し事故の負傷者は全員、命は助かった。だが、重傷者を助けるに当たって咲也が使った、時間を一時的に止める魔法がやはり時間を操ってしまうという倫理的理由で、世論で賛否両論となり彼は務めていた病院を辞めるまでに至った。そして、現在は隠れるように生きている。
「あれで、良かったんだ」
咲也は自宅にてテレビで流れる自らが起こした問題を報じているニュースを見て自分に言い聞かせる様に一言呟いた。あの時の患者にとって自らが使った魔術が、救済魔術であったことを願って咲也はテレビを消した。
それからしばらくの時が過ぎたある日だった。咲也の家のインターホンが鳴った。彼はすぐに玄関に向かい扉を開けた。するとそこには一人の女性が泣きそうな顔を浮かべて立っていた。
「あの……、どちら様でしょうか? 」
「あの時、助けてもらった者の妻です。やっと、会えた」
女性の表情は更に泣き崩れた。彼はすぐに状況を理解して、彼女を家に入れた。
咲也は女性にお茶を出した。落ち着いた彼女はお茶を一口飲んでから話をはじめた。
「あの時は本当にうちの家族がお世話になりました。今日は主人はまだリハビリ中なので私が代理で参りました。あの後、病院を辞めたと聞いたので探すのが大変でしたが、見つかって良かった」
女性は少し礼をする。彼女は当時、事故に巻き込まれた家族の一人で、当時は家にいたのだという。
「……こちらこそご主人をあの様なことに巻き込んでしまってすみませんでした」
申し訳なさそうな顔をしてに咲也深々と頭を下げて謝った。
「いえ、いいんですよ。当人は気にしていませんし」
彼女は優しい顔を浮かべる。それでも尚、咲也は頭を下げている。
「……足立さん。確かにあなたは責められる様なことをして実際に責められて、仕事まで辞めることになって今は隠れるように暮している。でもね、そのお陰で私たちはまたいつものように過ごせているのですよ。あなたがとった判断は間違いなかったと私たち家族は思っています」
咲也は頭をゆっくりと上げた。彼は直後に泣き崩れた。椅子から落ち、床に顔を当てながら泣き止むまで、泣き続けた。
女性の言葉は彼にとっての救済魔術だった。