救済魔術(2)
「今日は何事も無いと良いですね」
「そうだね。仕事は仕事だけど、本当は仕事がない方がいいに決まっている」
「そうですね」
咲也と坂上のやりとりが続く。そんな中で咲也は自分のデスクに今日の朝刊が置かれていたことに気がつく。その第一面を見ると、そこには改正魔術法の一部の項目案が否決されたという内容が大々的に取り上げられていた。
「坂上先生、これ! 」
咲也は慌てて坂上に記事を見せようと、新聞を掲げる。
「ああ……、それか。それならもう読んだよ」
「どういうことなんですか」
咲也が尋ねる。
「やっぱり、僕らが欲しがっていた物を世間様は許せなかったらしい。記事をよく読んでみろ」
咲也は坂上の言う通りに記事をよく読んだ。記事を要約すると、改正法案を決める上で、先端技術への倫理的な問題を考えない訳にはいかず、それを考えた時に様々な団体からの否定的な意見と、世論が抱いた恐怖感とが重なり大きな声となって、否決にせざる終えなかったということだった。
「そんな…… 」
記事を読み切った咲也は動揺した顔をして、新聞を落としてしまった。気がつくと周囲には坂上以外の同僚たちが出勤しており、咲也の様子を見ていた。
「……なんでだよ」
またも咲也がふと呟いた。それに対して同僚たちは何事かと思い声をかけようとしたが、彼の状況を見て何も言うことができなかった。
それから少し時間が経過した。あのあと、咲也は落ち着きを取り戻して、通常通りの業務をしていた。咲也が昼食のサンドウィッチを食べていると彼のデスクに一本の内線電話が入ってきた。
「はい。こちら救命救急センター」
『急患です。三十代男性で、自動車との接触で頭に打撲を受けて意識不明。至急対応を願います』
「わかりました、すぐ向かいます」
咲也は食べかけのサンドウィッチを置いて、直ぐに同僚たちを集めた。
「急患です! 来てください! 」
咲也たちは急いでエントランスへと向かう。到着すると丁度のところで患者を乗せた救急車が現れ、咲也たちは患者を引き取り、担架を押して全力で走り出した。
「かなり、状況がひどい。手術する必要がある」
「わかった! 」
彼らは患者の状況を見て直ぐに手術が必要だと判断した。院内の廊下を全力で駆け抜ける。
彼らは手術室へと入った。計測機器が患者の身体に次々と取り付けられ、手術用の道具類一式が一列に並べられる。緊急オペが始まろうとしている手術室には、目の前の人の人生をここで終わらせるわけにはいかないという医師たちの意地のような熱い執念が立ち込めていた。
「これより緊急オペを開始する」
咲也はそう宣言すると、念力で道具を手に取って必要な手術を始めた。医師たちは外傷の状況を見ながら必要な処置を手際よく行い、ナースたちが道具の交換と患者の容体を機器でチェックしている。道具は医師たちが使う念力魔法で宙を飛び交っている。
「大丈夫ですよ。いま助けますからね」
咲也は誰にいうわけでもなく呟く。彼は救える命は全て救いたいという信念のもとに、目の前の患者を救おうと全力で戦っている。
二時間近くが経過した。彼らは手術を続けていて、患者の容態はようやく安定し始めていた。
「よし、これでもう大丈夫でしょう」
一人の医師がそう言う。他の医師たちも患者の容態を確認して、安定に向かっているのを確認し、同意した。
手術中だと言うことを知らせるランプが消えた。咲也たちは患者を別の場所へと移した後、手術で着いた汚れを取って手を洗っていた。すると、そこにスタッフがやってきた。
「足立先生、患者様のご家族がいらしてます」
「直ぐに行きます」
咲也は優しくスタッフに返事を返した後、急いで手を拭いて通路を駆け出した。
咲也が手術室前の自動ドアを出るとそこには患者の家族がいた。様子を見るに患者の妻と息子と娘の三人で、彼女らは心配そうな表情を浮かべながらドアの向こうから現れた咲也を見つめた。