救済魔術(1)
病院の廊下を大急ぎで走る救命医たちと担架に担がれている重傷の患者。
「すみません、道を開けてください!急いでます、道を開けてください! 」
救命医の足立咲也は叫びながら疾走している。
「このままでは死んでしまう。急がないと! 」
「直ぐそこの処置室へ!急ぐぞ! 」
手術室へと急いで入る一団。直ちに患者には様々な機器が取り付けられ、
脈などの測定が始まった。だが、手術室に入ってから数分後に心肺停止を知らせるブザー音が手術室に響き渡った。その場に居た全員が絶句した。咲也は目の前の命を救えなかった。自らの呵責に耐えられず、彼はブザー音だけが鳴り響く手術室で思わず叫んだ。
数時間後。咲也は同僚の医師、須藤朱美と病院の屋上で会話をしていた。
「今週もまた一人、命を助けられなかった……」
「……でも、今週はその人以外助かっているんでしょ? 」
「そうだけどな……」
「じゃあ、今週はよくやった方だと思うよ」
「だけどな、俺の仕事は人の命を助けることだ。それができなかった」
「……」
朱美は何も言えなかった。本当なら全ての助けられる命を助けたいところだが、現実としてそれはできないことを彼女は知っていた。だが、咲也はそれを理解しつつも目の前の患者が死んでしまう現実をどうにかできないかと悩んでいる。
「新法案が通るといいんだけどな」
「新法案って、重症の患者を魔術で仮死状態にして、容態を保ったままにできるってやつでしょ? 」
「そう。今、国会で揉めてる例のアレ」
その法案が通れば医師にとってどれだけ嬉しいことか。だが、現状を思うと二人はため息をついた。
魔法を専門的に扱う学問、魔術学の発展によって二年ほど前に一時的ではあるが人体の活動を止められる術が見つかり、医学会はこれを利用してより多くの命を救えるとして、医師がその魔術を使えるよう魔法の使用に関する法律、魔術法の改正を訴えた。だが、様々な団体がそれは倫理的に問題があるとして社会問題に発展、国会でも改正法案を巡って議論が続いていた。
「まあ、その話題を考えても仕方ないでしょ。世論は法案を通したくないという意見に傾いてきたし。」
仕方なしに朱美は咲也に言った。咲也もそれに対して悔しくも同意せざるえなかった。
「だけどさ、あの魔術自体は使えるんだろ?」
少し間が空けて、咲也は朱美に尋ねた。
「そうよ。魔術を使うこと自体は簡単よ。ただ、それが合法か違法になるかは不透明だけど。」
「それって、論文とか有るか?」
「探せばあると思う。」
「なるほどね……」
咲也は納得した様な表情を浮かべる。朱美はこの時、自分が何か恐ろしいことを言ってしまったのではないかという考えが頭を過ったが気にしないでおくことにした。
「こんな時間か。じゃあ、また。」
「じゃあ、また。」
時計を見て、朱美はその場を離れた。そこに咲也だけが残り、彼はその後も物思いにふけているのだった。
数時間が経って、咲也はデスクのパソコンである論文を読んでいた。読み終えると彼は手から魔法陣を作り出して、それをデスクに置かれている時計に向ける。表示されている時刻は夜の十一時ちょうど。魔法陣を向けてみたが、時は進み続けていて、彼が手にはめた腕時計と同じ時刻を示している。彼は不満げな顔を浮かべた。その後も彼は何度か、魔法陣を広げた手を時計に向けた。二十分程が過ぎた頃、時計の時刻は彼の腕時計の二分前で静止していた。魔術を使うことに成功したのである。
咲也は成功した後、論文のタブを閉じてからパソコンの電源を落とし誰もいないことを再度確認してから退勤した。
朝になり、いつもの様に咲也は出勤し、デスクへと向かう。そして、いつも自分よりも先に出勤している先輩の坂上先生に挨拶をした。
「おはようございます。坂上先生」
「おはよう、足立先生」
坂上は観葉植物に水をやりながら、優しく返した。咲也も荷物を広げながら
話を続ける。