魔法使い(3)
机に座り、山内さんと面と向かい合う私は、すぐにカバンから必要な書類を出して、彼女に渡す。事前に連絡しておいたおかげで、山内さんはすぐに資料に印鑑を押した。スムーズに手続きが進んでいく。
山内さんに電話を入れた時、彼女はすぐに私を採用したいとの声をかけてくれた。私は素直に嬉しかったが、同時にうまくやれる自信はないと感じていた。それを山内さんはわかっていたのか、たった今印鑑を押し終えた彼女は一呼吸置いてから、私に細い声で話を切り出した。
「この仕事は、人を相手にするので……、思い通りにいかないことは間違いなくあります。でも……、自分の好きを伝えると相手にも伝わると思います」
“自分の好き”、私はそれが思うように好きなものは好きと言えなくなっている。自分が今まで築き上げた魔法の王国を失ったからで、今までの思いが無に帰してしまったような、そんな感覚に陥っている。私にはこの仕事が務まるのだろうか。
「それは、こんな私でも、できることでしょうか」
私は思わず口に出していた。彼女は少し驚いた様な顔をしてから、すぐに考えて、言葉を選びながら私にこう言った。
「……できると思います。もっと言えば、それは今の藤原さんでないとできないことだと思っています」
彼女はしっかりと答えてくれた。私はそれを聞いて少しだけ自信を取り戻せたような気がして、
「…… わかりました。よろしくお願いします」
と返した。山内さんは微笑んで、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と言って、手を差し伸べた。私も手を差し出して、握手を交わした。
こうして、私は魔法教室の講師として人生の再スタートを切ることになったのだった。
教室に講師として採用されてから二ヶ月ほどが経った。教室は無事に開講し、生徒も集まりはじめていた。私の仕事も本格的に始まった。午後二時に出勤し、最初の授業の始まる四時までに授業の準備を行い、四時から九時まで休みを挟みつつ授業を三回行う。これが、私の新しい毎日だ。
「どうですか、慣れましたか?」
山内さんが声をかけてきた。私は少し悩みつつも、
「おかげさまで」
と返した。山内さんはその答えで満足したのか、すぐに自分の仕事を再開する。確かに、仕事の時間や必要な書類の作成などの雑務には慣れてきた。だが、一つだけうまくいかないところがあった。
「先生、物を浮かしてよ!」
ある時、児童クラスの男の子が私にお願い事をしてきた。私は難なくやってのけたが直後、すぐにその場で倒れ込んでしまった。体のあちこちが痛くて苦しくなる。
「先生! 大丈夫?」
教室が混乱する。私は体が痛すぎて返事ができなかった。しばらくして体の痛みが落ち着いたところで、同僚の先生が側までやって来た。
「先生、大丈夫でしたか?」
「……大丈夫です」
私はすぐにその後の授業を取り止めた。体が思うように扱えない。事故のせいとは言え、私は自分の体の状態に納得がいかないのだ。
「仕方ないですよ……、まだ事故から一年も経ってないですし」
後日、事故の時からお世話になっている先生からもこう言われてしまった。私は自分が情けなくて思わず、
「……じゃあ、どうすればいいんだ」
と呟いていた。それが聞こえたのか、先生は優しい顔つきで私の目を見た。
「魔法がちゃんと使えなくても、あなたはあなただ。それは決して変わらないことです」
先生のその言葉にはさっきまでとは違う、芯みたいな物が通っていた。その言葉は私の心に大事なことを訴えかけてきている。どうすればいいのだろうか。結論が出ないでいる。