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59話

 そして俺はまた、学園を見上げる場所に立っていた。


「また戻っちゃいましたね」

「……」

「武器も役に立ちませんでしたね」

「……」

「やっぱり問答無用で人を攻撃するって、難しいですよね」

「……」

「しかも半裸の濡れた女生徒ばかり襲ってきたら──」

「藤堂さん。わかった。わかってる。すまん。この非常時に何やってるんだと言いたい気持ちは充分、いや十二分にわかる。だからそのくらいにしてくれお願いださっさと進もう。次は大丈夫だ」


 藤堂さんが胡乱な表情で、斜めに俺を見上げる。


「本っ当に大丈夫ですか? 透け透けで下着よりマズイだろって姿の女子生徒達に押し倒されても周回しません? 無駄にデカい胸の二つ三つに顔挟まれても周回しませんか!?」

「あれは本当に不意打ちだったからだ! 今度は押し倒されるような状況にならない、させない。大丈夫だ」


 無言で疑わしげな視線を向ける藤堂さんに、俺は早口で弁明する。


「あのな。これは真剣な話だぞ。今までの傾向から見るに、バグは過去に俺の心拍数が上昇したシチュエーションを模倣している。わかってしまえば対処は可能だ。予測さえしておけば心拍数の上昇だって抑えられる」


 藤堂さんが大きく大きく息を吐く。


「あんなに偉そうなこと言ってたんですけどねぇ……わかりました。行きましょう」




 結局一階に未唯や木村、バグに繋がる手掛かりは見つけられなかったため、階段を二階まで一気に駆け上がる。もちろん一階の大鏡は破壊してからだ。ドッペルゲンガーだか何だかわからんが、これ以上邪魔者を量産されたくない。

 前周は二階に上がると同時に三階に続く階段から胸やら何やらをあらわにした女子生徒達が、何故かずぶ濡れのまま押しかけてきたことによって周回させられたが、同じように彼女達が現れることはなかった。俺達の行動が影響したのか、バグ起因かは不明だ。

 二階は七不思議との関連は薄そうだったが、念のため特別教室だけをざっと見回る。そこで俺達は一つだけ気になる物を見付けた。

 独特な低い鳴動音が室内に響き渡る。腹の下の方を震わせる振動は、そこかしこに並べられたサーバーに内蔵するファンが発するものだろう。そして窓のない暗い室内の奥深く、一つだけぼんやりと明るい場所があった。

 それはモニターだった。二十二インチ程のサイズのそれは、まるで夜の海にぽつんと佇む灯台のように、淡く光を放っていた。そこに表示されていた文字列は


『`i`underclared』

「変数iの定義エラー?」


 よくある一般的なエラーコードだ。試しに仮想キーボードを立ち上げて接続を試みても画面に動きはなく、開発者モードで探ってみても該当の変数エラーが出そうな部分は見当たらない。


「これもバグでしょうか」


 うんともすんとも言わない画面に見切りをつけて接続を切ると俺は頷いた。


「恐らくこれは開発者用に作られた内部アクセス機能だな。通常プレイヤーには隠されているが、バグによって機能を狂わされシェードを失い、誰にでも見えるようになったと推測する。大した根拠はないから詳細は聞かないでくれ」


 不本意だが、ここの所推論だとか根拠がないだとか曖昧なことばかり言っている気がする。


「修復させられないかわたしも試してみましょうか」

「いや、やめておこう」


 モニタを覗き込む藤堂さんへあっさり返し、モニタ周りの固い縁に指先を這わせた。


「確かにここが直れば強制帰還システムが回復する可能性はある。だからこそ、バグが放っておくとは思えない。力技でどうにかしようとすれば反発は必至だろう。プログラムの改変でどうにかしようとすることは、相手の土俵で力勝負を挑むのと同義だ。ループ処理を組めばどこかで突破できる可能性がゼロとは言わないが、処理速度はどう考えても相手の方が上だ。だったら当初の通りバグ本体を叩く方がいい。行こう藤堂さん、この部屋に未唯や木村へ繋がる手掛かりはない」


 そう。多分これを残してあるのはバグによるトラップだ。ここで俺達が修復に時間をかけたら相手の思うつぼになる。

 藤堂さんを入口の方へ促し、続いて廊下へ足を踏み出す。扉が閉まるそのタイミングで、室内に点っていた唯一の光がぷつんと消え、俺は手を止めた。


「……」


 物音ひとつしなくなった室内を見渡して、今度こそ俺は扉を閉めた。






 俺は失念していた。様相が変わっていたとは言え一条雅が現れ、清水は教室で待つと言った。そして三階の階段上から女生徒をけしかけた存在がいる。

 攻略対象から高坂美琴、つまり根津未唯と木村セオは消えた。だがそれ以外の存在は変わらず存在し続ける。


 彼らは元々プレイヤーに攻略される存在であり、プレイヤーを堕とす存在なのだ。




『鷹村さん知ってます? ゲーム内でプレイヤーが強い衝撃を受けると一瞬痺れて、ケガ判定されるとその場所がうまく動かせなくなるんですよ。更に一定以上の強い衝撃を受けると気絶するんです。どうやら死ぬことはないみたいですが、気絶している間も時間は流れるんで、そこのリスクは注意した方が良いかと』


 強い衝撃、俺が感じたのはただそれだけだった。


 突然背後から藤堂さんの短い悲鳴が聞こえたかと思うと、左腕が強い力で引かれ反射的に振り向いた途端頬を思い切り殴られた。

 反動で吹っ飛んだ俺は、受け身もろくに取れないまま床に体を打ち付ける。ああ、体が吹っ飛ぶなんてこと本当にあるんだな、と妙に冷静に考える自分がいたが、そこまでだ。


 鬼神のような男が、俺を見下ろしていた。違う。立木悠生だ。太い腕で俺を殴りつけた立木が、目だけを爛々と光らせ無言で佇んでいる。

 何故、こいつが。身を起こそうとしたが、体が痺れたように動かない。指の一本、唇すら動かすことができない。

 そこで思い出したのが藤堂さんの言葉だ。そうか。今俺は気絶判定されたのか。そう思い当たった瞬間に腹の腑が冷える。マズイ。まさかコイツの目的は。


 立木悠生が一歩ずつ近付いてくる。逃げなければ、そう思うのに体は動かない。いつだ、いつ俺の体は動くようになる。立木悠生が足を振り上げる。

 無造作に、しかし的確にそれは俺の左足に振り下ろされ、ごきりという音と衝撃が体に届く。痛みは、ない。だが今まで普通に動かせていた自分の足が突如自分のものでなくなり、ただ四肢に付随するだけの重しと化す。


 視界の隅に震えて立ち竦む藤堂さんの姿が映る。大丈夫だ藤堂さん、落ち着け。これで俺の体が傷つく訳じゃない。痛みだって感じない。だからそんな、泣きそうな顔をするな。

 動いていれば微かな笑みを浮かべたであろう俺の左腕に、立木悠生が足を振り下ろした。衝撃。藤堂さんが立木悠生の腕に縋りつく。奴は顧みない。


 霞む視界の中で、俺は立木と目を合わせた。威圧感を感じさせるその目は、落ち着いて直視すると奥の方に潜む冷静さと冷徹さを感じる。


 俺は動けない。藤堂さんが叫んでいる。

 なんだ、立木。お前は──






「鷹村さん!!!」


 大声で呼びかけると、我に返ったかのように鷹村さんが身を震わせてわたし(・・・)を見た。


「──ああ、藤堂さんか。……戻ってこれたんだな」


 鷹村さんがひどく億劫そうにぐるりと周囲を見回す。そう、わたし達は再びスタート地点に戻っていた。立木悠生の暴行を止められなかったわたしは、鷹村さんが周回するのを見届けるとすぐに後を追って周回した。


「周回できて良かった。あのまま何もできず、時間だけが過ぎていくのかと……焦った」

「良くないです!」


 思わず怒鳴りつけると鷹村さんがぱちりと一つ瞬いた。わかってない。この表情は全然わかっていない。わたしが、わたしが。


「あんな、暴力振るわれてっ! それを止めることもできなくて! とっても心配したんですよ! 鷹村さんがこのまま……このまま動かなくなっちゃうんじゃないかって……」


 想像するのも恐ろしくて、言葉を続けられずにいると鷹村さんが笑った。


「以前藤堂さんだって試しただろう? お陰で冷静に慌てられた(・・・・・・・・)

「ですが……」


 言い淀むわたしに関わらず、鷹村さんが真剣な表情で考え込む。


「それより対策を考えなくちゃな。立木の目的は恐らく、プレイヤーの気絶による足止めだ。藤堂さんが事前に確認してくれていたように、気絶している間プレイヤーは動けないから、ああやって常に一定のダメージを与えられたら周回以外に次の行動が取れない。非常に効果的なやり口だ」

「もうやめましょうよ鷹村さん。あんな風にされたらわたし達が進める方法なんてないです。もっと別の……別のルートを探しましょう!?」

「いや。諦めさせることこそバグの狙いだ。ここまで大っぴらに妨害してきている以上、正解はこのまま進め、だろう」

「でも……っ!」

「次は気絶するほどの物理攻撃を受けないように逃げるか、逃げ切れなければ先手必勝で相手の方を気絶させるしかないだろうな。そう考えると武道に長けた木村が敵として現れないのはありがたいが、体格のいい立木も充分厄介だ。いやあいつも何かやっていたか? まあ遭遇しないことが一番だが……立木には二階以外では遭遇しないという可能性はどのくらいあるんだろうか」


 鷹村さんは一人考え込み、わたしの方を見向きもしない。わたしには鷹村さんを止められない。鷹村さんは、わたしが何を言ってもこのまま行ってしまうのだろう。


「俺の知る立木であれば、藤堂さんを攻撃することはない。であればやりようはある。だがあれ(・・)がバグの影響を受けていないとも限らない。その場合どこまで性質に影響を与えるかだな。なあ藤堂さん、藤堂さんから見てあの立木は、藤堂さんが知る立木悠生だったか?」


 思考の渦から戻ってきた鷹村さんは、流れるように言葉を紡いでいた唇を閉じると、ひとときわたしを見詰めた。


「藤堂さん、どうした」

「わたしは……もしわたしだけが無事だったとしても、鷹村さんを置いて一人先に進むなんて、できないですから」

「──の、ようだな」


 小さく息をついた鷹村さんが、僅かに苦笑のような表情をした。言い方が子供っぽかったのかもしれない。幼子が拗ねているみたいで恥ずかしかったので、身を翻して鷹村さんに背を向け、表情が彼に見えないようにする。


「悠生がいつもと違うがなんてわかりませんでしたよ。鷹村さんは彼がわたしに手を出さないか心配なんですよね。どうせわたしは一人で先に進む気なんてないですし、そんなの考えても無駄です。だからね、鷹村さん一緒に頑張りましょう。折角ここまで一緒にやってきたんですから」

「そうか、藤堂さんがそう言うならそうなんだろう。……そうだな」


 その時わたしは背を向けていたから、鷹村さんがどんな表情をしているかなんて、知りもしなかった。




 外部強制切断まで残りあと15分。


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