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58話

 俺達は、どこか歪な姿形の生徒達に追われ走っていた。


「さっきの電話はっ、何だったんですか!?」


 息を切らして聞くことでもないと思うが、赤い顔をした女子高生に聞かれて答えない訳にはいくまい。


「さっきのは警察への情報提供だ」


 肩に掛かった誰かの手を引きはがして振り払いながら言うと、女子とは思えない力の持ち主がよろめき、後ろにいた男子生徒を巻き添えに倒れた。同じ赤でも、こっちは遠慮したいな。制服の肩に付着した赤色の汚れを眉を顰めて見遣ると、少し先で待つ藤堂さんの後を追う。


「情報提供って一体何を。刃物とおしゃっていましたが」


 意外とすばしこい藤堂さんは、ほとんど汚れていない。追いすがる腕をかいくぐり、ひたすら走り続けている。これだけ動いていればそりゃ息もきれるだろう。


「高坂美琴の居場所だ。──次の教室に入るぞ!」

「──ッ!? は、はい」


 口を開く入口に滑り込み、藤堂さんが入ると同時に扉を閉める。鍵をかける彼女の脇を走り過ぎ、前の入口も閉める。


「──これで、しばらくは邪魔されないな」


 大きく息を吐いた俺を、藤堂さんが恨めしそうに見てきた。


「閉じこもってどうするんですか……。ここに何かあると?」


 俺達が入ったのは一年六組の教室、一階の端にあるため他よりやや横長ではあるものの、内装等は変わらず特に妙な点はない。人が一人もいないことを除けば。


「やっぱり廊下にいたのはここの生徒達なんですよね……」


 指先で近くにあった机を撫でながら藤堂さんがぽつりと呟く。机上には今しがたまで誰かがいたかのように、教科書が乱雑に置かれている。端末が置かれた机もあれば、まるで座る誰かが後ろを振り向いた時のように、無造作にひかれた椅子もある。人の姿がないことが妙に不自然だ。まるで授業中に人だけが前触れなく消失してしまったかのように。

 俺はつい先程まで俺達に纏わりついてきた生徒達の姿を思い出した。どこかしら損なわれ、無言で血を流す彼ら。不気味ではあるものの危害を加えてくる訳ではないので、こちらが心を落ち着けていれば対応に困る程ではない。

 だがついさっきまで彼らがここで日常生活を送っていたことを思うと、苦いものが胸をよぎる。俺達が来なければ、彼らは今でもいつも通りの生活をおくれていたのではないか。無用な血を流すこともなかったのでは、と。

 意味のない感傷だと頭を振ると、俺は教壇の周囲を調べ始めた。


「鷹村さん?」

「七不思議の手懸かりがないか探る。人体実験の行われる地下室、存在しない九組に繋がるもの、そうでなくても不審な様子があれば教えてくれ」

「わかりました」


 教室の後方でしゃがんだ藤堂さんを見遣り、俺も再び教壇の四隅を調べ始めた。教壇をずらしても何もない、か。


「それで鷹村さん、高坂美琴はどこにいたんですか?」

「ああ。清水の家だ」

「清水さん、ですか?」


 不自然な床板がないかと一つずつ触りながら、俺は頷く。


「バレー部の遠征の日、木村が祖父に試合だと言って出掛けたと言っていただろう。それを聞いて俺は日村──サポートキャラに清水の家を張らせた。すると面白いことがわかった」

「清水さんの家で高坂美琴を見つけたんですか!?」

「いや」

「は!?」


 じゃあどういうことだと問い詰める視線を背中に感じ、俺は笑う。


「高坂美琴は日村に姿を見られるようなヘマはしない。だが他のヤツなら別だ」


 平日夕方以降と休日、日村に清水の家を張らせ、変化があったら報告するように伝えた。

 依頼してすぐに、夜清水が家を抜け出したという報告が届いた。まるで誰かを探すような素振りだったと言う。

 清水の尾行を追加指示した数日後の夜、彼女は突然迷うことなくどこかへ向かい始めたと言う。探していた何かを見つけたと考えるのが自然だが、実際の所はわからない。残念ながら日村は途中で清水を見失い、その相手を目にすることはできなかった。


 日村からそれを聞いた時、俺はまず清水の家族構成と家に出入りする者を確認した。彼女の家は共働きの両親と清水の三人暮らし、他に出入りする者はいないと言う。


「家族構成? 何故そんなことを確認したんですか」

「思い出したことがあるんだ」


 随分前のことのように思うが、清水の家で勉強会をした時のことだ。誰かが入ってきた音がしたのに、見に行った清水は気のせいだと戻ってきた。そして誰もいるはずのない二階から、一度だけ物音がした。そう。気のせいじゃなく実際に誰かがいたのだ。共働きの両親以外の誰かが。


「それが高坂美琴だと言うんですか?」

「明確な証拠も根拠もない。ただ状況のいくつかがその可能性を示唆していた」


『怪我した美琴ちゃんが心配なのはわかるけど左腕ばーっか気にしてるし、愛しの一条センパイには避けられてるみだいだし?』


 いつだったかの清水の台詞だ。未唯が怪我をしたことを知っているのは、一条と秋月、そして未唯の家族だけ。だからその時俺は、清水が未唯と繋がっている可能性を考えた。だが未唯と繋がっていなくとも、高坂美琴と繋がってさえいれば未唯のことを間接的に知ることはできる。


 俺は他にも日村に二つ指示を出した。清水を見失った場所付近のとある少女の目撃情報の捜索、そして清水の家の継続監視と、もし家族以外の人物の出入りがあった場合即座に通報すること。

 目撃情報は少し前に得られた。

 場所は清水の歩いていた雑踏ではなく、そこからやや離れた寂れた裏通り。

 そこで高坂美琴らしき人物が目撃されていた。

 その日は、木村と佐久間楓が殺害された日だった。


 周回のスタート地点が最初の──学祭前の時点に戻された後も、サポートキャラへの指示は継続される。

 だが清水の家を監視する日村から、高坂美琴が出入りしたという情報はついに得られなかった。高坂美琴がいつ清水に接触したのか、どの時点で清水の家に足を踏み入れたのかわからない。

 後は直接清水に問いただすしかなかった。


『鷹村の会いたい(・・・・)人はウチにはいないよ』


 清水は、俺が高坂美琴に会いたいとは考えていないだろう、つまりそういうことだ。


 根拠が乏しいため気乗りしないが、仕方なく説明しようと口を開いたその時、突如何か硬い物がぶつかる音が教室に響き渡った。と同時に、入口に嵌められた明かりとりにヒビが入る。

 ぴしり。がん、がん。呆然とする俺達の前で二度三度と重い物を叩き付けるような音が鳴り響いた後、ついにそこは蜘蛛の巣のような網目模様となった。仕上げとばかりにもう一度振り下ろされた何かにより窓が割れる。ぽかりと口を開けたそこからぬっと赤黒い腕が現れ、ひらひらと揺れた。それがふいに止まる。そろりそろりと下に伸びたそれは──かちり、鍵を開けた。

 現れた時と同様、無造作に引き抜かれた腕は、割れた窓の破片で新たな傷が作られることにも頓着せず、窓枠に残った破片に赤黒い塊がこびりつく。

 ゆっくりと扉が開く。

 現れたのは、





「──また始めから、ですね」


 嘆息と共に吐き出されたそれに我に返る。そこは学園の前、気付くと俺はまたスタート地点に戻されていた。教室に現れた生徒達に動揺した俺達はスタート地点に戻され、その後も何度か生徒達に阻まれ周回してしまった。

 今、何周目だったか。流石に頭が疲れてきているようだ。藤堂さんが嘆息する。


「もう少し慣れるかと思ったんですが、中々難しいですね。あと数回リトライすれば少しはマシになるんでしょうか」


 動揺は抑えられるようになるだろう。実際に周回までの時間は延びてきている。だがこんなことを何度も繰り返していていいのか。本当に一階から順に探していくのが正解か。そもそも学園外から攻める方法を取った方が良かったのではないか。

 悠長にしている余裕は俺達にない。思わず舌打ちした俺は、ふと左手で襟元に触れた。


「鏡から現れるドッペルゲンガー、か」

「鷹村さん?」


 見上げる藤堂さんを薄目で見下ろし、尋ねる。


「なあ藤堂さん、今この状況下で武器を手に入れるとしたらどこで何を調達する? できれば持ち運びしやすい鈍器辺りだとありがたい」




 大きな音と共にキラキラと七色の輝きが宙に舞う。小さな宝石のようなそれらは床に落ちるとその輝きを失い、白く濁ったその身を重ねる。

 細いモップの柄を握りしめた俺は、破壊の衝撃が腕から抜けぬまま周囲にゆっくり首を巡らせた。酷く静かだ。人の声も、気配もない。


「消え、ました?」


 危ないからと離れた位置にいてもらった藤堂さんの声が背後から届く。彼女の顔も若干青い。鏡を壊すと同時に、周囲にいた生気のない生徒達が崩れるように消えていった光景にショックを受けているのかもしれない。人の体が、血も肉も何もかもそのまま破片となって砕けるという光景は、現実味はないが酷くシュールだった。


「ああ。七不思議の元になっている鏡はもうない。ドッペルゲンガーはもう現れないだろう」


 鏡に叩きつけたためだろう。ちょうど繊維の束を括り付けた部分が折れ曲がったモップを見て、そのまま手放そうとして思い留まった。折れ曲がっている部分に左手を添えて力を加えると、僅かに繋がっているだけだった接合部が完全に折れ、繊維と柄が簡単に分離できる。

 繊維部分を捨てた俺は、長い柄だけを持ち軽く振った。長さは両腕を広げたくらい、太さは傘の柄くらいか、丈夫そうだから今のように折れることはそうそうないだろう。

 折れてささくれ立っている方を長めに持ち、手で触れないようにする。流石に刺さったら痛いだけじゃ済まなさそうな方を人に向ける気にはなれない。いくらゲーム上の、更に人かどうかもわからない存在だとしても、だ。


「そのまま持っていくんですか?」

「ああ。藤堂さんの言うように野球部か剣道部の部室で武器を調達した方が良かったかもれしれないが、一応な」

「今から部室に行ってみますか?」

「いや、時間が惜しい。このまま進んで他に何か良さそうな物があれば交換すればいい」


 俺は薄く笑う。


「そうだ。もうドッペルゲンガーは現れない。何度も何度もスタート地点に戻されるのはおしまいだ。これはバグによる妨害、つまり俺達はバグにとって嬉しくない──正しい方向に進んでいる。そうだろう?」

「……鷹村さん?」


 俺は笑う。傷つく一条に迎えられ、血を流す生徒達に何度も何度も追われている内に、知らず疲労し空回っていた頭が冷え、腹の奥が熱くなってくる。


「さて、次はどんな妨害をしてくる? 何でもかんでも掌の上で転がせると思うなよ。システムを作るのは人間様だ。自由にできるのは──この時限りだ」







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