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47話

「先日、一年の木村君と佐久間さんの二人が死体で発見されました。警察は殺人事件とみて捜査を行っています。この木村君ですが、実はとある事件の犯人を追ってこの学園に転園してきました。彼が転園当初にクラスで揉め事を起こしたのはご存知でしょうか。その相手こそ、彼が目をつけていた人物だと思われます。そして彼は被害に遭う前に俺に『見つけた』と電話をかけてきて──そして殺された。恐らく追っていた相手に返り討ちにあったと見られます」

「君はッ ──君はあの子が木村君を殺したとでも言うのかい!? 証拠もないのに馬鹿げたことを」

「証拠はなくても状況から推察は可能です。しかし殺人事件の犯人を追ってきた木村君こそ確たる証拠がなかったのではないでしょうか。だから高坂美琴(・・・・)に突っ掛かった後もそれ以上追及することはせず、現場を抑えるために様子を伺う方を選んだ。しかし犯人に気付かれ、殺された」


 秋月の上擦った声に反比例するように、低く冷たい声を意識して出す。秋月に届きやすいように。秋月の心を逆撫でするように。

 秋月がふらりと後退り、背中が鈍色の手すりにぶつかる。片手で額を押さえた秋月は、まるで自らを支えるかのようにもう一方の手で背後の手すりを掴む。


「暴論だ……勝手な憶測で人を貶めるようなことを言わないでくれ。あの子はそんなことをしない。する理由なんてない」

「理由? 木村君は学校が終わった後も彼女の動向を探っていたそうです。部活を辞めたのもそのためだとか。学内でも外でも追い回され、逐一監視されれば存在が疎ましくなってもおかしくない。理由などそれで充分でしょう」

「だからって──彼女がそんなことするはずがない。そんな必要がないんだ!」

「必要がない?」


 言い方に引っ掛かり反芻すると、僅かに顔をあげた秋月が、前髪の隙間から虚ろな目で俺を覗いた。


「必要ないとは奇妙な言い方ですね。先輩の言いようはまるで、殺害する以外の効果的な手段が彼女にあるかのように聞こえます。一介の、年下の女生徒にどんな手段があると貴方は言うんでしょう」


 しばらく茫と俺を眺めていた秋月は、大きく息をついて肩を落とした後、心底鬱陶しいとでも言うように片手を振った。


「……言葉遊びは御免だ鷹村君。君の言うような意図はこめてない」

「では質問を変えましょう。彼女が木村君達を殺害した証拠がない、と貴方は言いますが、逆に貴方は彼女が殺害していない(・・・・・・・)証拠を持っていますか。俺は確実な証拠こそご提示していないが、疑わしい状況証拠は示しました。動機もしかりです。しかし秋月先輩、貴方は感情的に否定するばかりで何の根拠も論旨も提示して下さらない。それではまるで、貴方がただ彼女をかばっているだけのように見えてしまう」

「かばってなんかいないよ。でも……証拠なんてものもない」


 消極的事実の証明、というヤツだな。何かをしていないことを証明することは、何かをしたことを証明するより難しい。秋月先輩が「未唯が殺人を犯していない」証明をしたいのなら、未唯のアリバイを証明するしかない。だが木村が殺害される直前から未唯は行方を眩ませている。もし秋月が未唯のアリバイを示すために彼女の居所を吐いてくれるなら万々歳だ。

 疲れたように白いコンクリを眺めていた秋月は、額から手を離したかと思うとぎらつく視線を俺に向けてきた。


「ねえ鷹村君、君は未唯さんが木村君達を殺害したと本気で思っているのかい」

「そうですね。何らかの関与があるのではないかと疑っています」

「まだるっこしい言い方はやめてくれ。君の率直な考えを聞きたい」

「考えですか」


 俺は視線を斜め上に上げて考えた。そろそろ空が茜色に染まる頃だ。どこからか間の抜けた鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 秋月との会話では、途中から意図して「根津未唯」と「高坂美琴」を曖昧にした話し方をしてきたが、木村が追ってきたのは栃木に住んでいた高坂美琴の方だ。その流れで考えるなら木村の殺人事件も高坂美琴が犯人とするのが自然だ。

 だが気になることがない訳じゃない。木村の未唯に対しての言動、一条への警告、消えた未唯、時期をおかずに殺害された木村。これらが全て高坂美琴を指示していると考えるのは無理がある。いくつもの状況が高坂美琴に続く一本の線とは別に、二本目の可能性を示唆してくる。

 そこまで考えて、俺は目を伏せて吐息を漏らした。それはここで秋月に言うべき言葉ではない。


「さっき俺が話した殺害動機は、先輩にご指摘頂いた通り動機になりうるには薄いかもしれません。でも実際に未唯は消え、直後に木村君達が殺された。それが偶然だと俺は思えない。また一条先輩に突き飛ばされて怪我をしたという未唯ですが、それが真実なら逆に言えばそれだけの力を持って一条先輩に掴みかかったということです。当時一条先輩の腕には鋭利なものでつけられたような傷跡がありました。彼女は口にしませんでしたが、あれは未唯につけられた傷ではないかと俺は睨んでいる。であれば未唯は一条先輩に害をなそうと思って刃物か何かを持参していたとなる。その害意は明らかであり、木村に対する害意もまた何かの折に膨れ上がり一条に対する時以上に攻撃的になったという可能性も否定できない」


 一条の怪我のことを耳にした秋月に反応はない。ということは既に知っていたのだろう。未唯が、一条に何をしたかを。


「それでも……殺人へのハードルは、高いよ」

「そうでしょうか」


 秋月の意見に俺は同意できない。


「人は誰かを殺そうと思っても、いざその場に立った時に躊躇することは確かにありえます。しかし逆に感情的になって突発的に殺害してしまうことは意外と多い。そういった衝動殺人の契機になりうる主な感情は、想像を超えた大金(メリット)への欲、身を脅かす程の恐怖、そして愛憎」


 俺はミステリーゲームを数多く作り、プレイしてきた。中にはプレイヤー自身を犯人に仕立てあげるようなゲームを作ったこともある。生身の人間に意図して殺人を起こさせるのは意外と困難だ。その際にはリアルさを最大限に排除し、その上「これはゲーム進行の上で仕方ない、指示された行動だ」と納得させる必要がある。「このボタンを押すことにより殺人犯としての貴方のロールプレイが始まります」そう書かれたボタンすらも、人によっては押すことを躊躇ってしまう。

 だが追い詰められた状況下──例えば鉈を持ち仮面をかぶった大男に追われているとしよう。大男から逃げようのない状況にまで追い詰められた時、手の届く範囲に武器になる物があった場合、人は躊躇せずそれを使う。当然だ。そうでもしないと自分が殺されるという恐怖の前で他のことを思う猶予はない。だがその武器は人を殺すための道具だ。通常下では「相手を殺すかもしれない」と恐れ慎重に扱うはずの物が、そういった感情は取り払われ、いとも簡単に使用される。


「未唯は転校してきた木村に対し、当初淡い恋心を抱いていたと聞いています。だが木村は藤堂さんに好意を寄せ、未唯に対しては警戒を見せていた。木村への気持ちは何かのきっかけにより愛憎に繋がりうると考えます」

「……藤堂さんは君とも仲が良い」

「否定はしません。ああ、そういうことですか。わかりました」


 俺は睨みつけるような秋月の視線を真っ向から受け止めて淡々と告げる。


「先輩は、藤堂さんが未唯の害意の標的になることを防ぎたいんですね」




 かさついた風が俺達の間を走り抜ける。砂塵が小さく渦をかいて巻きあがる。


「──俺は君の態度について何度か苦言を呈してきた。改めるよう言ってきたつもりだ。なのに君は変わろうとせず、彼女達を蔑ろにし、周囲の人を傷つけてきた。今目の前にある現実は、その結果でしかない」


 いつも笑みの形を象る目元が怒りに歪み、醜悪な表情を見せる秋月が、ただただ苦々しく吐き出す。


「そうやって傷ついた彼女達が、どういう行動を取るのか、君は考えたことがあるのかい? 彼女達の目が、傷ついた心が、いつも君だけに向かうと思う? 違うだろう。傷つき疲れ、行き場を失った気持ちは自らに向かい、それでも受けとめきれなかった想いは溢れ、次第に他人に、そう周囲の全てに向かってしまうのが必然だ。そうなってしまったら、もう誰にも止められない。君にも、俺にも手が及ばない」


 秋月が深く長く息を吐く。張りつめていた雰囲気が和らぐと、今度は諦めが色濃く滲んだ深い疲労が現れる。


「──だから、君の言うことの真偽は知らないが、未唯さんにあるという害意が藤堂さんに及ぶことは想像に難くない」

「おっしゃることのいくつかには、まあ同意します」


 俺の行動が誠実さを欠いていたのはもう自覚している。そのせいで未唯は姿を消し、一条は血の海に落ちた。それはどれだけ痛くても認めなければならない。

 そして秋月だが、やはりこの男が動く時は必ず未唯か、藤堂さんの存在がある。一条と俺の接触を止めようとしたのは、彼女が未唯とのトラブルの話を俺にすることで、未唯のことに注意を向けさせないため。彼女から未唯の話が出て、俺が彼女への興味を膨らませるのを回避したかったのだろう。


「清水に口入れしたのも先輩ですね?」

「どういう意味だい」


 誤魔化すというより、ただ確認するというような感じで微笑み秋月が言う。


「クラスメイトの清水は、一条先輩と同じく未唯が休みに入ったタイミングで行動が変わった。具体的には俺が高坂美琴について調べること、そして一条先輩と接触することに対する妨害。そんな彼女は何故か未唯(あいつ)の怪我のことを知っていた」

『怪我した美琴ちゃんが心配なのはわかるけど左腕ばーっか気にしてるし、愛しの一条センパイには避けられてるみだいだし?』


「一条先輩が話すと思えないから話したのは貴方でしょう。そこにあるのは俺と未唯を近付けたくないという貴方の意図」


 秋月は特に否定も肯定もせず、ただ暮れ始めた空を見上げて目を細めた。


「君の言う通りだとしたら、俺は未唯さんの入れ替わりに気付きながら彼女をかばい、一条さんや清水さんを利用し、挙句の果てには木村君達の殺害まで黙認したとても酷い男になるね。そんな男に君はこれ以上どんな用があると言うんだい?」

「貴方が殺人まで容認していたとは思いません。俺の聞きたいことは最初から変わっていない。未唯の居場所に関する手掛かり、そして──可能なら彼女の考えていることを」

「考え? 君らしくない曖昧な言葉だね。どうしたんだい」


 俺の脳裡に、耳慣れた心地よい声が響く。

『鷹村さんは、未唯ちゃんがいなくなる前に戻ったら、解決のキーとやらで彼女が消えるのを止められますか? わたし達は彼らの気持ちが、何もわかってない──』


「……藤堂さんに叱られました。事実ばかり拾っていて根底にある感情を見ないと、何も変えることはできないと」

「ああ。確かに、藤堂さんなら言いそうだね」


 秋月が淡く微笑む。今まで見たことのないような、柔らかな微笑みだった。空気が変わる。ふわりと心地よい風が耳元を擦り抜ける。


「未唯さんの居場所について俺が口にできることない。俺は言えない(・・・・)。だが君が会いたいと願い、彼女もまたそう望めば、近い内に会うことはできるだろう。その時には君が、直接彼女の想いを受けとめてあげてほしい。例えそれが望まぬ形だったとしても」

「? それはどういう──」

「鷹村さん、秋月先輩」


 そこに落ち着いたトーンの声がするりと割り込んだ。屋上の入口に、いつの間にか藤堂さんが立っていた。


「お話し中すみません。たまたま近くを通りかかったのですが、そろそろ部活動終了時間になりますので一応声をかけた方がいいかなと思いまして」


 見ると、確かにそんな時間だ。毎日最終ターンは家でログアウトの試行錯誤を行っているから、そろそろ帰らないとならないだろう。秋月を見ると、気付いたヤツが肩を竦めた。


「俺から話せることはもうないよ。君が更に何か聞きたいというのであれば、明日以降またいつでも教室か生徒会室へどうぞ」

「わかりました。今日は帰ります。お邪魔しました」

「秋月先輩、また明日」

「藤堂さん」


 秋月が俺と連れだって去ろうとする彼女を静かな声で引き留めた。冷たい空気の中響き渡った声に、ゆっくりと藤堂さんが振り返る。秋月と真正面から視線が絡み合う。


「何でしょう」


 秋月遼が藤堂さんの瞳を覗き込み、どこか辛そうな、やるせない表情でぽつりと告げた。


「君は──君の望むように」


 それに対し藤堂さんは不思議そうに首を傾げたが、ややして頷いた。


「はい。ありがとうございます」


 秋月遼が静かに目を伏せた。それ以上、言葉はなかった。


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