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44話

 俺はすぐに詳細を聞くために鏡の元に向かうことにした。だがその前に四組の入口を叩く。


「藤堂さん!」


 力加減を気にする余裕はなかったため大きな音が響き、ざわめく生徒達がぴたりとお喋りをやめて一斉に俺の方を向いた。だがそんなものはいい。

 気にせず教室をざっと見回すと、すぐに藤堂さんの姿は見つかった。椅子に座ってライトコーラルの端末を両手で抱え、きょとんと俺の方を見ている。

 普段だったら入りづらい他組の教室だが、構わずズカズカと歩を進める。ざわめく生徒達が一人、二人と道を開ける。俺は藤堂さんの前に立つと、彼女の頭を見下ろした。


「どうしました鷹村さん?」

「藤堂さん、木村のことを聞いたか」

「はい。……また起こってしまいましたね」


 静かに目を伏せる彼女の机に、ついかっとして平手を叩きつける。今度は直前に力を加減したが、それでも大きな音を出してしまった。


「藤堂さん、起こってしまったことは仕方ない。だが昨日は何をしていた? 俺の連絡は届いたのか。俺は確かに深入りするなと言ったが、それは精神面のことだ。もう少し危機感を持って──」

「鷹村」


 言い募る俺の肩を、誰かが抑えた。大きい手、高校生にしては作り上げられた太い腕、肩、どこかまだ幼さの残る精悍な顔立ちに少しつり気味の鋭い瞳。


「立木。これは俺達の問題だ。邪魔するな」


 ぴしゃりと跳ねのけたが、立木は全く気にする風もなく静かに答えた。


「鷹村、俺は鏡の所へ行く。あんたはどうする?」

「それは──俺も同じだ。だが──」


 再び藤堂さんの方を向こうとしたが、立木が俺の肩を抑えた手に力を込めて留めた。静かな、だが有無を言わせぬ瞳が俺を見る。


「行かねえのか」


 するりと手を外した立木は、俺に背を向けるとゆっくりと教室の入口の方へ歩き出した。固唾をのんで様子を見守っていた生徒達が、先程と同じようにどこか戸惑いながら立木に道を開ける。


「鷹村さん、昨日はすみませんでした。わたしも一緒に行きましょうか?」


 藤堂さんの淡々とした声音に、何故か俺の感情がささくれ立つ。落ち着け。距離を置けと言ったのは俺自身なのに、俺が感情的になってどうする。

 俺は握りしめた拳から、意識して力を抜いた。指を一本一本引き離す。かさついた唇を無理矢理動かし、言葉を紡ぐ。


「いや……何でもない。藤堂さんは引き続き木村を説得する材料を探してくれ」

「わかりました」


 静かな彼女の返答に、振り向いて表情を確認することはできなかった。




 鏡から得られた情報は、想像以上に少なくなかった。木村はホテルの一室で、ナイフで脇腹を刺されて失血死の状態で発見された。発見者はホテルの従業員。死亡推定時刻は夜七時~十時。俺と立木が昨日街を探していた頃、木村はまだ生きていたことになる。

 そしてホテルからそう遠くない薄暗い路地裏で発見されたのは木村と同じクラスの佐久間楓。死因、死亡推定時刻は木村とほぼ同様。発見者は同じくホテルの従業員で、朝掃除とゴミ捨てのために外へ出た従業員が見つけたらしい。彼女は散乱するごみの中に、何の工夫もなく、ただ無造作に使い古された紙屑か何かのように粗末に捨てられていたらしい。それを聞いてしまった俺は、流石に遣る瀬無い思いを抱く。


「鷹村君、君はこうなることを予想していたんですか」


 隠しきれない悔恨を滲ませた鏡の問いに、俺は激しく首を振った。毎回場所も時間も状況も違う。人数まで変わってしまった。せめて場所か時間だけでも一緒であればもう少し対策の立てようもあるのに!

 鏡が恐らく明日は休校になると告げる。わかっていると頷き、無言の立木に背を叩かれ、俺は教室に戻った。妙に重い体をひきずり、机につくとサポートキャラの日村が走り寄ってくる。


「鷹村君、良かった。待ってたんだ」

「日村悪い、疲れてるんだ。調査結果なら後にしてもらっていいか」

「わかったよ。でも一つだけ。さっき三年の一条先輩が倒れた」

「!?」


 疲れていると言ったことを忘れて反射的に立ち上がると、日村が困ったように眉をㇵの字に下げた。


「落ち着いて鷹村君」

「それでどうした」

「先輩は保健室へ行った。大事ないけどこの授業は休むみたいだよ」

「そうか」


 ひとまず安心する。だがもし万が一このまま一条が早退することになれば。万が一一条が前周と同じ行動を取ってしまったら。


「早退するかどうかはこの授業の間休んだ後の様子次第らしいから一旦は大丈夫。それよりもうすぐ授業が始まる。教室を出たら確実に違反カウントされちゃうよ」


 俺は一条の元に赴くか逡巡した。この周の違反はまだない。一度くらいカウントされても許容範囲と言えるが、授業をさぼって保健室に行った所で一条に会わせてもらえるだろうか、という懸念がよぎった。

 迷ったのは数秒のことだが選択肢は既になかった。チャイムが鳴り、教室に入ってきた文学教師が教壇に立つ。促されるまま着席した俺は、焦燥に駆られながらも今は静かに授業を聞くしか道はなかった。




 じりじりとした時間を過ごし、授業終了と同時に席を立った俺はすぐに教室を飛び出した。今度は清水にも捕まる訳にはいかない。だが早足で辿り着いた保健室には、入口横で壁を背に立つ長身の姿があった。秋月遼(じゃまもの)だ。


「やあ鷹村君、慌ただしいご登場だね」


 にこやかに、しかし温度のない笑顔を向ける秋月に、俺は息を切らせながら返事をする。


「先輩、授業、終わったばかりですよ。少し、早すぎじゃないですか」

「クラスメイトを早退させるお手伝いをしていたからね」


 やはり一条はこのまま早退するらしい。このまま帰られたら、と考えて唇を噛み締める。

 鋭利な光を放つ刃と赤く汚れた一条の体、血の気を失った横顔。例え何度やり直しができようとも、もう二度と俺の目の前であんなことさせやしない。


「先輩、俺は保健室に用があるんです。通してもらえませんか」

「鷹村君はとても元気そうだけど?」

「俺が具合が悪いんじゃありません。保健室にいる生徒に用があるんです」

「騒ぎ立てそうな様子の君を通すのは、気が咎める」

「先輩、貴方の行為は時間稼ぎにすぎません。入ったらいつかは必ず出てくるでしょう」

「そうなっても君に会わせる気はないよ」


 面倒だな強行突破するか、という考えがちらりと浮かぶ。ここ最近のストレスで攻撃的な思考に傾いているのは自覚している。


「いくら生徒会長とは言え、先輩にそんな権利があるとは思えません。引退前に横暴生徒会長という不名誉な呼称を授かりたいんですか」

「横暴? 独断的だね。俺が本人の意思を尊重している、とは考えないのかい」

「本人から直接言われていないことを俺は信じません」

「会うことすら嫌な相手に、何かを直接伝えろとは傲慢だね」

「他人の言葉で友人への態度を変えることの方が不誠実でしょう」


 既に苛立ちが隠せなくなってきていた俺は、言い放つと同時に保健室の扉に手をかけようとした。だがその腕を秋月に掴んで止められる。弓道をやっていたというだけあって握力もかなり強い。何故か脳裡に「やっぱり攻撃力に全振りした方が攻略が楽ですよ!」と力説する藤堂さんの姿が浮かぶ。うるさい。これはそういうゲームじゃない。


「勝手なことをしてはいけないよ」

「貴方のしていることの方が勝手なんじゃないですか」

「少し冷静になった方がいいんじゃない?」

「先輩こそ頭から水でもかぶってきたらどうですか。水も滴るいい男になれますよ」


 お互いに譲らず鼻を突き合わせて睨みあっていると、突然、前触れなく、あっさりと保健室の扉が開いた。俺達のやり取りを至極簡単に意味のないものにした主は、意表を突かれた俺達を見て首を傾げた。


「あら不純異性……同性交遊?」

「「違います」」


 流石に聞き流せず反射的に否定すると、秋月と思いっきりかぶる。決まり悪く奴と一瞬だけ視線を交わすと「お似合いなのに~」と寒気のするような台詞を呟きながら、栗城爽子教諭がうきうきと保健室の扉を全開させた。薬品と刺激臭の混じったような独特の匂いが廊下に流れてくる。

 すぐに立て直し先手を打ったのは秋月の方だった。


「栗城先生、帰宅準備は完了しています。ご家族の方に連絡した所、すぐにでもお迎えがいらっしゃるとのことでしたので、彼女を外へお連れしても宜しいでしょうか」

「早いわね。ホント助かります。でも体調悪い子を急かしちゃ良くないわ。ちょっと待ってね。──ところで鷹村君も一条さんのお見舞い?」


 振り返った先生が優しい微笑みで俺に水を向ける。その微笑みを見た俺の胸がちくりと痛みを訴える。何だ?


「はい。一条先輩が早退される前にどうしてもお話したいことがあります。宜しいでしょうか」

「病人に無理をさせるべきじゃないよ鷹村君」


 生徒会長がすぐに制止の声を上げたが、栗城先生は立てた人差し指を顎にあてて俺のことをじっと見詰めた。困った。栗城先生を見ていると妙な気分になる。いや胸がデカいとか白衣エロいとか黒子ってオプションとして最適だとかそういう方向の気分じゃなくてだな。って俺は誰に言い訳をしているんだ。


「そうねぇ。一条さんに無理をさせない?」

「はい」

「栗城先生!」


 生徒会長が非難の声を上げたが、何しろここは保健室、栗城先生の居城だ。彼女に勝てる者はいない。栗城先生に宥め留められる秋月を尻目に、俺はようやく保健室に足を踏み入れることができた。

 白いカーテン、白いテーブル、白い床。どこまでも白いその部屋の奥まった壁際、並ぶ白いベッドの一つに一条は腰掛けていた。窓から入る光を受け一枚の絵画のようなその光景は、美しく、ともするとぱりんと砕けてしまいそうに儚く見えた。

 そこに描かれたたった一つの生物である少女は、俺に気付くと金糸のように細く長い黒髪を揺らめかせ、精巧なビスクドールのように整った美しい相貌を微笑みに変えて言った。


「久しぶりね、鷹村君」





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