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43話

 放課後、すぐに一条雅のクラスに行こうと席を立ったがまたもや清水に捕まる。即座に「後でっ!」と怒鳴りつけて前の休み時間よりは早く抜け出したが、既に三年の教室に一条はいなかった。

 取って返した足でそのままテニスコートに行くが、捕まえた一年生にも首を振られる。どうやら一条は部活を休んだらしい。俺は舌打ちをしたい気分を堪え、すぐに学校を飛び出した。木村の事件が起こった後、一条が前周と同じ行動を取らないとは限らない。その前に話をしたい。

 だが一条の家の前に辿り着くと同時に、通信端末が鳴動する。今度こそ本当に舌打ちをしてディスプレイを見ると、そこに表示されたのは──木村だと?


「もしもし木村!?」

『リヒト。見つけたよ。僕は行く』


 ざわざわと背後に聞こえる騒音と短い息切れに、俺は盛大に眉を寄せる。外を、走っている?


「おい待て木村、お前今どこにいる!?」

『駅前に向かう所。約束通り伝えたよっ!』

「おい! おい木村待てッ!!」


 既に切断された端末に怒鳴りつけるも反応はなく、筐体の冷たい感触のみが俺の掌に返ってくる。


「ふっざけるな早すぎる!」


 俺はすぐさま走り出しながら叫んだ。


「キル! 駅前へ行く!」

『承知きる』


 そのまま筐体を掴むと、親指を滑らせて連絡先を押下する。


「鏡! 先生! 駅前だっ! 俺も今から行く!」

『ちょ、たかむらく──』


 鏡の反応は無視して即座に切断し、次に藤堂さんの連絡先を選ぶ。コール音一回、二回──ダメか!

 俺は録音モードに切り替えて鏡に伝えたのと同じことを吹き込むと、音声データを藤堂さんに送信した。


 徐々に周囲の街並みが変化し、人通りの多い繁華街に入る。陽の落ちかけた通りを少年少女とサラリーマン、お喋りに興じる老婦人の集団が通り過ぎる。この人混みから求める姿を見つけることは容易ではない。

 俺は端末で再度木村に連絡を取ろうとするが、無情なコール音が鳴るばかりで繋がらない。闇雲に探すのは好きではないがしらみ潰しに行くしかない。くそっ! 藤堂さんに木村の行動パターンをもっとよく聞いておくべきだった。


 最も近くにあったカフェに入る。笑顔の店員が「いらっしゃいませ」と声をかけてくるが、無視して店内を奥へ奥へと入り、周囲を見回す。見知った顔はない。次だ。

 「ありがとうございました」と型に嵌った定型文句を背にカフェを出た俺は、街路樹の脇で立ち止まり額の汗を拭った。落ち着け。一つ一つ店を見て行くんじゃ埒が明かない。冷静になって考えろ。木村が今まで殺害されていた場所はどういう所だった? 店内で木村が高坂美琴と大人しく会話しているとは考えにくい。木村があいつを見つけたら黙って見ている訳がない。きっと騒ぎを引き起こす。では少しくらい騒いでも誰も気に留めないような場所はこの近くにあったか?


 行く場所を決めた俺は、人の間を縫って急ぎ足で進んだ。すぐに見つけたガラス張りのそこに一歩足を踏み入れると、膨大な機会音と活気があるがどこかチープな音楽が一気に耳を襲う。入口のすぐ傍には中学生らしき少年達が、円になり低い位置にあるモニターの前に陣取っていた。奥には安物の菓子をクレーンで救い上げるのに必死になっている男子高校生や、甘い香りのする細長い揚げ菓子を立ち食いする女子高校生達の集団、リズム系のゲームに熱中しているスーツ姿の社会人までいる。だが騒ぎになっていそうな気配はない。見知った姿も、ない。外れか。

 ざっと周囲を見回しただけで判断し、外に出た俺はイライラと頭を掻き毟った。どうする。どうすればいい。何となく再び端末を取り出し、連絡が来ていないことを確認するとふいに筐体が震えた。ディスプレイには文字と数字の羅列。未登録の相手だ。誰だ?


「はい」

『四組の立木だ。一組の鷹村か』


 低く落ち着いた声に、俺は端末を身体から離してディスプレイをまじまじと眺めた。立木?


「立木、悠生か? なぜ」

『あんた今どこにいる。合流したい。鏡に頼まれた』

「鏡? お前が?」


 一体どういう流れでそうなったのかと聞きたいのは山々だったが、時間も惜しいためとりあえず現在地を告げると「わかった」という言葉と共に通話が切断された。数分とたたぬ内に人の合間から高校生にしては体つきの良い、立木悠生の姿が現れる。


「お前、本当に鏡に頼まれたのか?」

「ああ。あんたを手伝えと言われた。それで俺は何をすればいい」


 どこか生真面目さを感じさせる喋り方に、何も聞かずに来たのかと驚く。


「一年の木村セオを知っているか。元サッカー部でイギリス系クォーターの。あいつがこの辺にいるはずだ。探してほしい」

「木村?」

「ああ。顔がわかるか」

「わかる。でもあんたが何で」

「訳は後だ。急いでいる」


 驚いた様子の立木を急かすと、立木は少し考え込んだ後俺を止めた。


「ちょっと待ってくれ。連絡したい所がある」


 じゃあ別行動をと言う俺を無視して、立木はどこかに電話をし始めた。さっさと行こうとするのを視線で押し留められる。


「あ。店長。こんにちは。立木っす。──はい、いやあってますよ。はい。ところでセオは今日そっち行ってます? ──わかりました。ありがとうございます」


 靴先を鳴らす俺を尻目に、立木は通話を切った。


「鷹村、木村はこの先のクラブに入ってすぐに出てったらしい。十分以上前だ」

「今のは──いや、それは後回しだ。この辺に来たのは間違いないんだな。行先は」

「わかんねえ。でも駅前で客と揉めていた所を従業員が目撃している」

「それは女か?」

「木村と同年代の女だそうだ。どうする」


 まさか女の方が高坂美琴か? だとしたら二人でどこへ向かう? 木村は何をどうするつもりだ? ──ダメだ。俺は木村のことに詳しくない。


「やっぱり藤堂さんにもう一度連絡取って協力を仰いで──」

「ダメだ」


 人手は多い方が良いと呟いた声に、予想外に鋭い制止の声がかけられた。立木悠生が意志のこもった強い視線で俺を見据えている。


「立木、別に藤堂さんに危険は──」

「させねえ」


 その有無を言わせぬ口調は誰かを彷彿とさせ、俺は溜息を吐く。ったく、どうしてこいつらは。


「わかった。とりあえず十分前ならまだこの辺にいる可能性は高い。藤堂さんは呼ばない代わりに立木には存分に協力してもらうぞ」


 妥協する他なかった。




 あの後二人で行ける限りの店や脇道まで探したが、結局木村も高坂美琴の姿も見付からなかった。

 流石にもうこの辺にはいないだろうと言えてしまうだけの時間が経過し、陽も落ちて高校生が出歩くには差し障りのある時間帯と雰囲気になってきた段階で、俺は諦めて立木に解散を告げた。木村にはとうとう連絡がつかなかった。

 立木には木村に関して何かわかったら連絡をくれとお願いし、家路につく。正直疲れていた。

 玄関を開けると物も言わずに二階へ上がる。自分の部屋に入ると見えるベッドにそのまま倒れこみたい気分だったが踏み止まり、まずはログアウトを試す。

 キルのお決まりの宣言を傍らに聞きながら展開したウィンドウをチェックしていると、流れる文字の洪水にくらりと眩暈を覚えた。いかん。本当に疲れているな。通常ログアウトが失敗し、外部からの連絡の痕跡がないことを確認した上で、更に作成したプログラムを手直しした所で電池が切れた俺は、展開していたウィンドウを全て閉じるとそのまま後ろのベッドに背中から倒れた。

 実際に身体を酷使している訳ではないのに、体中の力が抜けていくような虚脱感がある。脳の疲労を身体の疲れのように錯覚させる仕組みだな、ここまで酷い状態になるとは知らなかった。


『一日目を終了するきる?』


 いつもの定型文を書いたボードがふよふよと俺の視界の端から飛んできた。読むのも億劫なそれに答えようとして、ふと俺は思いついたことをキルに告げた。ウィンドウが切り替わって新たな文字を刻む。


『承知きる。明日から対応するきる』






 翌日。木村は学校に来なかった。

 二時間目の終了時に、国語教師と入れ替わるように入ってきた担任が難しい顔で告げた。

 半分予想していたように思う。だが覚悟の方が半端だったらしい。

 駅から少し離れたホテル付近の路地裏で、二人の高校生の死体が発見された。

 木村と、一年の佐久間楓という少女だった。


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