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41話

 木村の姿を目にした瞬間、この機を逃してはならないと俺は瞬時に残り時間を確認した。だが無情にもタイムリミットは近く、俺は残り少ない時間で木村に何を聞き出すか悩み焦る。


「いいよリヒト。僕も話したいと思ってたんだ。昼休みに屋上で一緒にランチしよう」


 解決策を提示してくれたのは、木村の方だった。プレイヤーが会う約束を取り付けようとしても中々成功しないので、正直ありがたい申し出だ。

 木村は弁当だと言うので、授業が終わると同時に購買でパンを買っていく。ここでもし一条に出くわしたら、と淡い期待もしたのだがそれは叶うことはなかった。

 屋上の重い扉を開けると、涼しいが埃っぽい風が顔に当たった。薄汚れた敷居を跨ぎ、コンクリートの床を踏むと、上履きの下で砂がじゃりと硬質な音を立てる。木村はフェンスを背に地べたに座り、俺に気付くとひらひらと片手を振って合図してきた。


「待たせて悪いな。先に食べててくれても良かったんだ」

「それじゃ僕がつまんない。ほらリヒト、いただきます」


 神妙に手を合わせ祈りを捧げる木村に習い、何となくパンに向かって頭を下げてみる。調理パンに頭を下げるのは初体験だ。行為の意味としては間違っていないんだが、何で居心地悪い気分になるんだろう。


「何を言うのリヒト、主の恵みを口にすることに対する感謝の祈りだよ」


 いや、言いたいことは俺もわかるんだが、何だろうな。食前の祈りと違って、日本のそれは少し意味あいが違う気がする。とは言えども自然の恵みや関わった人々、全ての命に感謝することに異存はない。


「リヒトは、理解できなければ動かない?」

「そこまで頑迷ではないつもりだが、無理解の行動は無用のトラブルを引き起こす場合があるからな、事によっては慎重に対応したい」

「石橋を叩いて落ちる、だっけ?」

「石橋を叩いて渡る、な。ロンドンブリッジと混同してないかそれ」

「あはは。そうかも」


 木村が笑いながらフォークを弁当箱の上に置いた。かちりとプラスチックの音が鳴る。フェンス越しの遥か下方から生徒達の楽しげな笑い声が聞こえる。


「ねえリヒト、今日まどかと一緒じゃないのは何故?」

「別に普段から一緒にいる訳じゃない。男同士の方が話しやすいこともあるんじゃないかって思ったんだ。連れてきた方が良かったか?」


 木村が静かに首を振った。珍しくそこにある笑みは小さい。


「まどかは、最近元気がないね」

「木村のせいだろ」

「そうかな。まどかは……僕のことなんて気にせず、忘れてしまえばいいのに」

「強引な言い分だな。自分にできないことを他人に求めているだろう」

「僕は何も人に求めてないよ?」

「だが無視できないから、こうして俺と話をすることになったんだろう。違うのか?」

「……」


 俺は木村が俺と話したがった理由を考える。俺の目的は、木村の殺人事件を止めることだ。そのためにも木村の求めることを正確に知りたい。攻めるか。


「木村、お前は従兄の殺人事件の容疑者として高坂美琴を追っているんだろう。どうやって高坂美琴に辿り着いたかは知らないが、自分の手で捕まえたいという気持ちはわからなくもない」


 高坂美琴の名前と突然の話の展開にぼろを出さないかと木村の様子を注意深く観察するが、ヤツの表情は変わらない。手強い。仕方なく俺は続ける。


「だが捕まえてどうするつもりだ? 木村は武術に優れていると聞いたが、人を殺した相手というのは躊躇がない。返り討ちに遭う危険だってある。少しでも迷いがあるのなら手を出すべきじゃない」

「性急だねリヒト。例えそれが事実だとしてもそれは僕の問題だ。君が口を出すことじゃない」

「悪いがもうお前一人の問題じゃないんだよ。俺の問題であり、藤堂さんの問題でもある」


 木村が薄く笑って首を竦める。珍しく皮肉を含んだ表情だ。


「ねえリヒト、君は僕のクラスメイトを殺人容疑者だと言うけど、そんな証拠がどこにあるの? 確証もないのにそんなこと言っちゃダメだよ」

「わかった。じゃあ誰とは言わず、ただ殺人容疑のかかった相手でいい。お前がそいつを追うのは、もうお前だけの問題じゃない」

「へえ。リヒトがそんな感傷的なことを言うのは意外」

「感傷で言ってる訳じゃない。事実だ」

「どちらにしろ、僕には関係ない。僕は僕のやり方で僕の道を進むだけだ」


 木村の反応は取り付く島がない。仕方なく俺は攻め方を変えることにする。


「断言しよう。お前はヤツに勝てずに新たな被害者となる。そしてそれを知ったお前の祖母は倒れ、祖父やご両親は絶望する。お前の友人は嘆き悲しみ、自分のせいだと責任を感じる。後追い自殺を図る者まで出る始末だ。お前が思っている以上に、お前の影響力は大きい」

「まるで見てきたかのように言うね」

「お前がどう思おうと事実(・・)だ。それを聞いてもなお、お前は躊躇なく進むのか」

「僕は殺されるつもりはないからね。それに万が一僕がどうにかなって例えそれで一時(いっとき)誰かが傷ついたとしても、きっと大丈夫」

「自殺未遂を図る程ダメージを受ける相手もいると言ったはずだが、さらっと薄情なことを言うな」

「うん。それはダメ。だからリヒトが止めてあげて」

「俺には──」


 できない、と言うことはできなかった。それは木村が死んだ後に起こることだが、木村の死だけに原因を求めるのは確かに俺の怠慢かもしれない。


「いや、確かにそれは俺の役目かもしれない。だが藤堂さんは木村に何かあったら耐えられない。そして木村を諦めることもできない。これ以上お前に何かあったら、心身に別状なくとも精神が壊れてしまいかねない」

「……だったら余計、まどかを守ってあげてリヒト」

「俺は彼女のナイトにはなれない。なる気もない。藤堂さんと俺は対等な関係なんだ」

「まどかが壊れるって言ったのはリヒトだよ。それでも守る気はないって、それこそ『薄情』じゃない?」

「そうならないよう最大限の努力はする。だがそれはパートナーとしてであり、庇護対象としてじゃない。俺は藤堂さんの能力を信頼している」

「リヒト、まどかを心配しているのかそうでないのかわかんないよ」


 彼女と俺の関係性をここで木村に詳しく話しても意味がない。


「それよりそういう木村はどうなんだ? 藤堂さんのことになるといつもの八方美人な態度が消えて、妙に突っかかるようになるな。普段の自分を繕えなくなるくらいには気にかけているんだろう。だったら、犯人を追うことを一旦やめて自分の行動を顧みた方がいい。心に引っ掛かりを抱えたまま犯人と対峙して、万が一迷いでもしたら命取りだ。……なあ、一人で突っ走るのをやめることはできないか。誰かに相談しながらであれば、視野も広がる。相手は俺でもいい。犯人を捜索したり追い詰めるのは嫌いじゃない」


 木村が呆れたように俺を見る。


「アブナイって言ったり、巻き込めって言ったり、リヒトが何をしたいのかわからないよ」

「一番危ないお前をどうにかしたいんだ。他人を危険な目に遭わせろと言っている訳じゃない。一人でいたら取り返しのつかないことになるような状況でも、二人いれば変わるだろう」

「今一番アブナイのが僕? ふふ。僕は平気なのに」


 木村が左手でフォークを持ち、肉片を突き刺した。柔らかい肉にフォークの先端がずぶりと埋もれる。


「そうだね。リヒトの言う通りなら、アブナイ僕はまどかに近付いちゃダメだね。代わりにリヒト、まどかを見ていてくれる?」

「その間、お前は犯人を追うって? それじゃあ結局一番危険な木村が野放しだから、意味がない。俺は藤堂さんと協力してでもお前についていくぞ」

「それはダメだよリヒト。アブナイって言ったのはリヒトじゃないか。レディを危険に晒すのは良くない」

「じゃあ藤堂さんを置いて俺が行く」

「リヒトはまどかに隠し通せる? 僕を邪魔せず、まどかを絶対に巻きまないって誓える?」

「──ああ」


 じっと俺を見詰めた木村は、目元を緩めて微笑んだ。これはダメか。


「リヒトは嘘が下手だね。ダメだよ。まどかを危険に晒す可能性があるリヒトと一緒に行動することはできない」


 俺は大きく息を吐いた。そう。俺は木村のことを藤堂さんに隠すつもりはない。むしろ積極的に関わってほしい。何故なら木村を止められるのは俺ではなく彼女だと思うからだ。しかし木村はそれを許さない。

 藤堂さんにうっすら聞いてはいたものの、確かにこいつは難儀だ。


「木村は見た目以上に頑固なんだな。知らなかった」

「そう? まどか程じゃないよきっと」

「藤堂さんも大概だが、お前も大概だ。わかった。お前は俺に藤堂さんを見ていて欲しい、そして自分の行動を止めるつもりはない。しかも自分の行動に藤堂さんをつき合わせるのは論外。つまりそもそも俺がお前についていくことをお前は許容しないんだな」

「そうなるのかな」

「──なら俺以外の誰かに、お前についていかせるのはいいだろう」


 木村がぱちぱちと二度瞬いた。


「誰かって誰? レディは却下だよ」

「わかっている。何とかする。だがお前には行動前に必ず俺に報告するくらいの協力はしてもらう。そして俺の言う相手と一緒に行け」

「誰が来るのか知らないけど、僕についてこれる子がいないからって待たないよ」

「わかっている。早急に何とかする」

「誰かあてがあるの?」

「臨機応変に対応できて、できればある程度腕っぷしがあるヤツがいいだろう。年上が望ましいな。──秋月生徒会長なんか元弓道部と聞いているから体つきもできているだろう。行動力や頭脳は折り紙付きだし、どうだろう」

「どうって何? 僕に選べって言ってる?」

「折角人をつけても撒かれちゃ困るからな。お前の意向は聞くさ。ちなみに俺がつけた相手を撒いたり非協力的な態度を取るようだったら、即俺も行く。藤堂さんを引き連れてでもな」


 木村がどこか疲れたように溜息を吐く。疲れさせているのは俺だが、それはお互い様だ。


「センパイは忙しいし、僕も緊張しちゃうから他の人がいいな」

「──やっぱりそういう回答か」


 無言で俺を見る木村に、肩を竦めて見せる。


「お前は以前も藤堂さんのことを頼む相手から秋月生徒会長の名前を外した。お前が具体的に名差ししたのは俺、立木悠生、鏡教師の三名。俺と立木悠生は、藤堂さんと同学年でちょくちょく一緒にいるからだと考えた。鏡も藤堂さんのクラス担任で学年主任だ。名前が挙がるのは妥当だろう。だがその中に秋月生徒会長の名前が挙がらないのは不思議だった」


 静かに俺を見詰める木村を注意深く眺める。木村は常と変わらず一本筋の通った綺麗な姿勢で俺を見詰めている。ファニーフェイスと身長から来る雰囲気で誤魔化されがちだが、こいつの体つきはかなり良く、立ち振る舞いにも隙がない。武道を嗜んでいるとは聞いているが、見る者が見れば相当な腕の持ち主だとわかるのかもしれない。


「さっきも言った通り秋月生徒会長は頼りになる。そして藤堂さんと仲も良い。お前にとって俺、立木悠生、秋月生徒会長は年上という意味では同条件であり、藤堂さんとの関係もそう変わらないと見えるであろう中で、何故秋月生徒会長だけ外したのか。お前は、何らかの理由で秋月生徒会長を信用に足る存在ではないと考えているな。つまり秋月生徒会長は、藤堂さんを守ってくれない、もしくは藤堂さんより高坂美琴の方を優先させる可能性のある、木村の行動を妨害する可能性のある存在ということだ」

「……違うよ。センパイがまどかにどうこうするなんて思っていない」

「じゃあどういうことだ」


 やっとか(・・・・)。その尻尾を逃すまいと俺は食いつく。


「センパイが今何を一番大切にしているかは僕にはわからないよ。でも万が一にでも僕のことを邪魔する可能性のある人に、近くにいてほしくない」

「生徒会長は高坂美琴と繋がりがある訳ではないのか。じゃあ一体何故生徒会長か邪魔をすると考える?」


 更に詳しく聞き出そうとするも、無言の微笑みで拒絶された。答える気はない、という強い意志を感じる。俺はがりがりと頭を掻く。


「お前は本っ当に普段の様子から考えられんほど頑固だな。お前の考えを少しくらい聞かせてもらえんのか」

「証拠のないことを言う気はないよ。耳にしたら傷付く人がいる言葉は、口にしたくない」

「~~わかった。とにかく秋月生徒会長は候補から外す。元々そのつもりだったからな」

「ありがとう」

「──木村、お前俺が生徒会長をつけるつもりがないことに気付いていただろう」


 半眼で言うと、木村は軽く笑った。


「あはは。リヒトは疑い深いからね。センパイを信用することはないと思った」


 こいつは意外と食えない。何度目かわからない溜息を吐くと、ぬっと拳が差し出された。


「何だ」

「リヒト、僕は僕の邪魔をされない限り君に譲歩する。だから君はまどかを見ていて。目を離さないで。約束して」


 木村が真剣な眼差しを俺に向ける。俺はその拳を見詰めた。確かに藤堂さんは今危険な状態にあると言える。

 だが俺と同じ懸念を(・・・・・・・・・)木村が持つことは(・・・・・・・・)()()()()()。つまりそれは。

 俺は溜息をついて拳を突き出した。


「わかった。約束する」


 木村の拳とあわせると、木村は安心したように笑った。


 今日俺は二つ、木村に疑念を持った。

 だがそれを聞き出す時間はもはやない。

 昼休み終了の3分前に設定したアラームが、俺の太ももに振動を伝えた。







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