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40話

 白い天井が見える。寝起きのような気怠い微睡みの中、しばし俺は目を閉じる。ここは二つ目のゲーム開始地点。今はもう心地良さすら感じさせる、俺の部屋。

 俺は意識がはっきりするとすぐさま起き上がり、端末を取り出した。連絡先は残っている。一つ目はコール音に反応なし。二つ目は──。


『はい』

「基樹さんですか!? 俺未唯さんの幼馴染の鷹村理人です。あの、未唯さんはいらっしゃいますか?」


 反応が返ってくるまでに間が開く。彼にとっては幼い頃会ったきりの年下の男から、朝早く突然連絡がかかってきたという状況だろう。戸惑うのも無理はない。


『えっと、理人君? 鷹村理人君かな? 久しぶりだね。未唯はいないよ。突然どうしたんだい?』


 やはりと思いながらも、徒労感は否めない。


「そうですか。未唯さんに連絡を取りたいので、彼女から連絡があったら俺に連絡頂けますか」


 戸惑いながらも快諾してくれた基樹に礼を言って切断する。ほどなくして基樹からメッセージの受信があったが、特に目新しい情報は得られなかった。


「未唯は三日に家を出たと言っていた。それは周回で変わっていない」


 であれば、未唯がいなくなった後の状態から全てを解決しなければならないということだ。周回直前の爽子の言葉を思い出す。彼女は何と言っていただろうか。三件目をコールするが、こちらも不発。さてどうしようか。俺はしばらく悩んだ後、今までかけたことのない四件目の連絡先を指先で叩いた。




 しばらく後、俺は大きな一軒家の門の前に立っていた。目の前には数奇屋門と呼ばれる木製の門が立ちはだかっており、狭間から見える庭は広い。庭に生える木々の向こうに見える母屋には大きなガラス戸が見え、全体的にモダンな雰囲気を醸し出している。今時珍しい古来日本の建築様式を取り入れた家屋だ。最近では国の文化財か余程の金持ちの家にしか見られない。

 そこは一条財閥の本邸、一条雅が住む家だった。電話が繋がらなかったので直接家に足を運んだものの、一条邸のあまりの豪邸っぷりに若干気後れを感じてしまっているのは否めない。木村の事件が発生していない今、一条に会えるチャンスであるはず、と考えたのだが。


『お嬢様はおられません』


 インターホンから淡々とした返事が返ってくる。話しっぷりからして家族ではない。所謂お手伝いというやつだろうか。金持ちの世界は俺にはわからない。


「どこにお出かけでしょうか。行き先がわかれば教えて頂けるとありがたいです」

『大変申し訳ありませんが、私の一存では申し上げられません』


 慇懃無礼という言葉がぴったりな態度で断られた。取り付く島もないとはこのことだ。一条は電話にもメッセージにも反応がない。これで出かけた場所もわからないとなると、運頼みで街に繰り出すしか方法はないが……仕方ないと覚悟を決め始めたその時、横から少女に声をかけられた。


「あれ? お兄さん誰? ウチに何か用?」


 中学生くらいの少女がきょとんとした表情で立っていた。癖のある柔らかそうな茶髪を揺らし、くるくる良く動く丸い目で面白そうに俺を見ている。背は低く、全体的な雰囲気はまるで異なるが鼻筋から口元のラインが一条に似ている。


「一条雅の妹か?」

「あ、お姉の知り合いか。お姉に会いに来たの? 入らないの?」

「今家にいないと言われた所だ」

「いない? あれでも──」


 小首を傾げた少女は、何事か考えた様子を見せた後、にやっと笑った。


「そかそか。うん。それでお兄さん誰? お姉の彼氏?」

「いや。学園の単なる後輩だ」

「じゃあ来年は先輩じゃん。よろしく先輩」


 見た目と同様、随分姉と性格が異なるようだ。そういえば一条が以前妹のことを「何でもできる器用で可愛い子』という言い方をしていた。確かコンプレックスがあるようなことも匂わせていたように思う。


「まー何があったかは知らないけどさ。お姉はちょっと面倒くさい所あるけど、優しくて押しに弱いから、喧嘩しても気にせずガンガン行けばすぐに折れて会ってくれると思うよー。めげずに頑張ってね先輩」


 偉そうな言葉を告げた彼女は、通り抜け際にポンと俺の背中を叩くと、「ただいま~」と言って家に入っていった。


「あー……」


 つまりあれだ。一条は家にいて俺に会いたくないと言っていると。未唯を怪我させてしまったことがバレることを恐れている状況か。この分だと明日も一条には避けられるかもしれない。


「確かに……面倒くさいな」


 周回直後から一条に会えない事態は想定していなかった俺は、前途多難を感じて大きく息を吐いた。




 学祭の振替休日が過ぎれば、翌日は通常通りの登校日だ。以前だったら学祭後の寂寥感を抱いた光景も、今や見慣れた一風景でしかない。

 行き交う生徒達の中に求める姿を探しながら、俺は学園までの道を歩いていた。そこへ後ろから声をかけられる。


「おはようございます。鷹村さん」

「──ああ、藤堂さんか。おはよう」


 横に並んで学園への道を歩く。揺れる黒髪が彼女の白い頬に影を作る。


「昨日は電話すまなかったな。あの後特にメッセージも来なかったが、何もなかったのか?」

「はい。特に追加で連絡するようなことはなかったんで、大丈夫です。お気に障ったなら申し訳ありません」

「いや。藤堂さんは今日何をする?」

「まだ決めてません。鷹村さんはどうするんですか?」

「そうだな。事件前に木村、一条には接触しておきたい。昨日の内に接触できなかったからな」

「今更一条雅に会ってどうするんですか」

「確かに一条が未唯と最後に会った時の行動は、おおよそわかった。だが本人の口から確実なことを聞きたい」

「それだけですか?」


 俺は足を止めて藤堂さんを見下ろす。俺を見詰める彼女の表情は動かない。生徒達が一人二人と俺達の横を通り過ぎていく。


「藤堂さん、言ったはずだ。俺達に今必要なのは帰還手段とクリアするための情報(データ)だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 強い意志を示して見せると、彼女はふっと短く息を吐き、目を伏せた。


「……そうですね」




「たっかむらー」

「うわっ!」


 一時間目終了のチャイムが鳴ると同時に席を立ったが、背後から清水に飛びつかれ教室を出るのを阻止される。


「清水! 俺は忙しいんだ! 頼むから離れてくれ」

「え~。何に忙しいの? 学祭終わったんだから久々にクラスメイトとの親睦を深めようよぉ」

「それは俺以外と深めててくれ。俺はやることがある」

「鷹村が一緒じゃなきゃ嫌ー」


 清水の柔らかい腕が俺の腰にするりと周る。


「ええい纏わりつくな。お前初登場時はそんなキャラじゃなかっただろ!?」

「何言ってんの鷹村。クラスメイトになったばかりの男にくっついてたら、単なる痴女じゃない」

「痴女だと自覚があるならやめろ! 何で俺の周りは次から次へとこういう女ばっかり現れるんだ」


 力任せに腕を引きはがすと、案外あっさりと外れた。拍子抜けしてつい振り向いてしまうと、清水が不思議な色をした瞳で俺を見ていた。何だ?


「しみ──」

「だぁって鷹村が淋しいかなーって思ったんだもん。怪我した美琴ちゃんが心配なのはわかるけど左腕ばーっか気にしてるし、愛しの一条センパイには避けられてるみだいだし? 仕方ないから可愛い律ちゃんがそのココロの隙間を埋めてあげようかなーって思ったんです」

「はあ?」


 きゃらきゃらと笑う清水を見て深々と溜息を吐いた俺は、ちらりとクラスメイトの一人に目をやった。俺の視線に気付いたヤツが首を振る。まだか。


「とにかく、俺は今本気で忙しい。お前の訳わからん気遣いも不要だ。だが清水がどうしても俺と話したいって言うなら、後で時間をくれ。聞きたいことがある」

「鷹村があたしに? ふうん」


 含んだように言うと、清水は真っ赤な花がほころぶように艶やかに、蠱惑的に笑った。


「わかった。楽しみにしてる」




「一条さんならいないよ」


 やっぱり間に合わなかったか。何とか清水から逃げて三年の教室に辿り着いたが、二組の生徒にあっさり一条雅の不在を言われた。


「秋月君と一緒に出て行ったみたい」


 しかも秋月遼と一緒ということはこの休み時間に一条と話すことは諦めた方がいいだろう。一日の内、攻略対象に会いに行ける休み時間は三回、そして相手が帰宅しない場合に限り放課後もチャンスがある。いつ木村の事件が発生するかわからないのに、この休み時間に一条に会えなかったのは痛い。清水にあそこで捕まらなければと悔やまれる。

 若干の苛立ちを息と共に吐き出し、一条の不在を教えてくれた生徒に礼を言って去ろうとしたその時、廊下の端に立ちこちらを観察する生徒に気付いた。


「残念だったねリヒト。ミヤビはセンパイに攫われちゃった」


 今この時点で最もその身に危険が迫っているはずの、木村だった。


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