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36話

「いや。ありえないだろう。もし数日の登校で秋月遼が気付くレベルなら、担任やクラスメイトが先に気付くはずだ」

「確かに彼女達ははとこ同士で、子供の頃の写真から察するによく似ています。生徒達は初登校から数日間は授業もほぼなく早めに帰宅させられますし、教室でも誰とも話さないようにしていれば顔なんて覚えられません。ましてや病気療養で二ヶ月も休んでいるのです。数日しか顔を合わせていないクラスメイトの雰囲気が変わっていてもそんなものだと思ってしまうでしょう」

「そうだ。それは秋月にも当てはまる。誰も入れ替わりに気付いていないからこそ、そのことで学園内に何の騒動も起こっていな──いや」


 俺は未唯の兄、根津基樹の言葉を思い出す。


「根津家は、家族ぐるみで未唯が美琴の代わりに登校していることを知らない態を装っている。よって未唯の家族がわざわざ学園に長期休みの連絡をすることはない。学園側が高坂美琴と根津未唯の入れ替わりに気付いているかどうかは定かではないが、無断長期休みになれば、当然高坂美琴の家族と連絡を取ろうとする。そこで連絡が取れれば『高坂美琴』の存在に不審を抱く。登園しているはずのない『高坂美琴』は不審者でしかないから、恐らく警察に連絡するだろう。逆に高坂家の家族に連絡が取れなければ──どちらにしろ最終的には警察なり何なりへ連絡する。そうか」

「鷹村さん?」


 何を言っているんだと言いたげな藤堂さんを見て苦笑した。


「すまん。誰も入れ替わりに気付いていないは誤りだ。警察は既に連続殺人犯の容疑者、もしくは重要参考人として高坂美琴をマークしているし、学園側も当然その辺の事情を把握している」




「すみませんが、よくわかりません」

「そうだな。まずは高坂美琴に殺人容疑がかかっているかどうかだが、まあ当然かかっていると見ていいだろう。そもそも木村が知っている程度の情報なら警察も把握しているだろうし、何より以前高坂家に侵入した際、警察が即座に俺達を追って室内に来ただろう? そもそも令状を持っていなければあの対応はできない。動きが早かったのも、高坂家を張っていたからだろう」

「そういうものですか」

「ああ。当然警察は、高坂美琴の代わりに登園する根津未唯についてもマークする。加えて学園は高坂美琴絡みで警察とコンタクトを取っているから、何かしらの示唆を得ているだろう。以前学園に来た刑事が意味ありげに理事長の名前も出していたことだしな」

「だったら鏡先生にもう一度探りを入れてみる価値があるかもしれませんね」

「いや、鏡は一教師にしか過ぎない。しかも一年を担当している訳でもないから、情報は持っていないんじゃないか」

「ああ。鷹村さんに言ってませんでしたっけ。鏡はKK学園の現理事長の孫ですよ」

「は?」


 まじまじと藤堂さんの顔を見ると、彼女は首を竦めた。


「普通にリサーチするだけでは得られないシークレットデータですけどね。以前鏡の弱みを握ろうとかなり頑張った時に入手しました。まあ何の役にも立っていませんが」

「シークレットデータなんてものが存在するのか。後で詳細教えてくれ。──だがそうか。であれば鏡をもう一度突いてみる価値はあるかもな。秋月遼とあわせて」

「秋月遼もですか?」

「ああ。あいつの動きはプレイヤーを攪乱することを目的としているように見える。未唯を怪我させたと動揺する一条雅への接近、死亡した木村の家への訪問、そして一条雅の自傷現場へのタイミングの良い遭遇と、プレイヤーへの口撃。木村死亡前後に藤堂さんへの接触が妙に増えてたのも何らかの意図があったのかもしれない」

「──一条雅の、自傷?」


 低く尻上がりのゆっくりした声に、ああ失敗したと俺は内心舌打ちする。意識して避けていた話題だったのに。


「鷹村さん、一条雅がどうしたんですか?」

「大枠には関係ない話だ」

「一条雅が自殺未遂を図った。そこに鷹村さんと秋月遼が居合わせた、とそういうことですか」


 俺は長い溜息を吐いた。


「大した情報ではないから簡潔に言う。未唯が長期休みに入る直前の九月十日、一条は放課後未唯に呼び出された。その場でどういう会話がなされたかは知らないが、この時未唯が頭部に怪我を負う事態となった。一条はそのことを負い目に感じ、長期休みに入っていた未唯の様子を探るために、未唯とよく一緒にいる俺に付き纏って探りを入れてきた」


 ふと藤堂さんが何かを思い出そうとするかのように目を細めた。


「……そういえば、以前鷹村さんと高坂美琴……未唯ちゃんの調査について話している時に、彼女達の反応が妙だなと思った覚えがあります」

「事実を知られるのが怖かったのかもしれないな。──高坂美琴の足取りを追われたくなかった、か」


 藤堂さんが言っている『彼女達』とは、一条雅と清水律か。


「それで? 一条雅はどうしたんですか」


 あくまでも続きを促す藤堂さんに、内心溜息を押し殺す。正直口を開くのも億劫だった。


「根津家の帰りに彼女と偶然会った際、九月十日に起きたことについて確認を取った。彼女は怪我をさせた未唯を放って逃げてしまったことに罪悪感を持っていた。加えて何故か木村の死すらも自分のせいだと感じている節があった。そして自ら腕を切った。俺の前で、俺との会話の最中に」


 藤堂さんが息を飲む。


「一条雅が、鷹村さんの目の前で、自殺未遂を……」

「自殺しようとしていたのかは定かじゃない。ただ俺との会話が引き金になったのは事実だ」

「何でそんな……」

「藤堂さん、そこは理由を求める所じゃない。そういうシナリオだからそうなっただけだ。俺達のやることに変わりはないと言っただろう。木村殺害を止め、事件を解決するまで何度も周回してチャレンジするだけだ」

「──簡単に言いますね」


 藤堂さんが睨みつけるように俺を見た。その目をまっすぐ見て語調を強める。良い機会だ。


「藤堂さん、この際だから言っておく。ここはゲームだ。NPC達はプログラム通りに動くキャラクターだ。だから彼らの行動に理由を求めるのはおかしい。今はありもしない理由を追及するのではなく、冷静に状況を見極め、打開するキーを探すのが適切な行動なんだ」

「──流石鷹村さん、一条雅がどうなろうとも冷静ですね」

「その反応は不適切だな。いいか藤堂さん、聞け。このゲームの演出は確かにリアリティがある。通常ならそれは良いことだ。だがテストプレイではリスクでもある。わかっているだろう? 経過時間と共にプレイヤーはゲームの世界に嵌っていく。リアルとアンリアルの境が曖昧になり、精神汚染と疲労の上昇率は飛躍的に上がるんだ。それがどうなるかわかっているだろう。通常ならは各値が規定値に達する前にログアウトさせる等、プレイヤーは何重もの安全弁により守られている。だがテストプレイには適用されない。つまり俺達はこの世界に嵌まりすぎないよう、自らコントロールしなければならないんだ」

「そんなことはわかっています。セルフコントロールは基本技術者資格の基本中の基本ですから」

「わかっているようなら俺もこんなことは言わない」


 言ってすぐに言い方を間違えたことに気付く。案の定藤堂さんの表情が変わり、薄ら寒い笑顔になった。


「わかっていないのは鷹村さんの方じゃないですか? わたし達がリアルに帰るためにはこの特殊ルートをクリアしなければならないと言ったのは鷹村さんですよ。クリア条件は高坂美琴の殺人を止めること。なのにセオは何度も殺され、未唯ちゃんは姿を消し、今度は一条雅が自殺未遂を図ってフェードアウト。どう考えても事態が好転していると思えません。鷹村さんの言う冷静な対応は、本当にこの状況を打破できるんでしょうか?」

「藤堂さん、突っ掛かるな」

「別に思い付きや反発心でこんなことを言っている訳じゃないです。鷹村さんは今まで通りのやり方で進めようと思っているようですが、それで本当に良いんでしょうか。次々と姿を消すNPC達、まるで学祭のオズの魔法使いみたいですね。じゃあわたし達が倒すべき魔法使いはどこにいるんでしょう? こんなことしていて本当に見付かるんでしょうか」

「藤堂さん、論旨がめちゃくちゃだ。オズの魔法使いは単なる演劇でしかない。今俺達が見付けるべきは解決の糸口(キー)であって、RPGの(ボスキャラ)じゃない」

「──ッだったら鷹村さんは! 一条雅の自傷行為を止められますか!?」


 すぐに言葉を返せずにいると、藤堂さんがくしゃりと顔を歪め、どこか縋るような目で俺を見た。


「鷹村さんは、もし未唯ちゃんがいなくなる前に戻ったら、解決のキーとやらで彼女が消えるのを止められますか?」


『私貴方に期待して──疲れちゃったの』

『君のせいだ』

 彼女達の行為が俺のせいだとしたら、どういう選択をすれば彼女達を止められるのか。


「……今は、難しい。情報が足りない。だからこれからそれを見付けるんだ」

「──高坂美琴になりすましていた根津未唯が、鷹村さんお気に入りの一条雅に嫉妬して呼び出した挙句、返り討ちにあって怪我をしたせいで家族の反対にあってなりすましができなくなり、家出しました。ここに更にどんな情報が欲しいんですか? 従兄の殺害犯を追うセオが、犯人らしき高坂美琴に返り討ちにされました。──更にどんな情報があれば、セオを止められるんですか?」

「……」

「わたし達は事実の欠片を集めてきました。でも何も止められていない。セオは死に続け、事態は悪化の一途を辿っている。わたし達は根津未唯の恐れ、セオの衝動、追い詰められた一条雅の心情、そういった彼らの心を全然知らない。彼らの気持ちが何も──」

「──ッだからその考え方が危険だと言ってる!」


 責めるような彼女の言葉を聞いていられなくて怒鳴りつけてしまう。このやり方はダメだ。わかっている。でも止められない。


「心を知る? 気持ちがわからない? 何をふざけたことを言っているんだ。プログラムに心なんてない。あるのはシナリオだけだ。俺達はパズルのようにそれを解いていけばいい。必要なのは気持ちじゃない。俺達はこの世界と同じ位置に立ち、同じ目線で見てはいけないんだ。それではこの世界の住人と変わらない!」

「それの何が悪いんですか!」

「いい訳ないだろう!」

「でも!」

「六十五─五十五」


 突然俺から数値を突き付けられ口を噤んだ藤堂さんは、しかし瞬時に察したのだろう。その顔からみるみる血の気が引いていく。


「パートナーチェックだ。俺の数値じゃない。藤堂さんは精神汚染度と疲労度が高く、特に汚染度はイエローぎりぎりですぐにでも帰還が必要と判断する」

「鷹村さん」

「汚染度七十以上はログアウト支障リスクが発生し、九十以上になると重度精神障害。最悪の場合廃人になる恐れすらある。一方疲労度が高ければ心神喪失だ。藤堂さんの行動をこのまま放置することはできない」

「鷹村さん」

「最初に言ったな。外部によるプログラム改修を待つ訳にはいかないと。これ以上のダイブは藤堂さんの心身におけるリスクが高すぎる。よって俺の指示の元、早急な帰還を目指す。いいな?」


 有無を言わせず言葉を叩きつけた俺を、藤堂さんは黙って見詰めていた。息苦しい程の沈黙は、時間にすると呼吸三回分くらいだっただろう。彼女の長い睫毛がぱさりと頬を叩くと、絡んでいたお互いの視線がやっとほどけ、萎れた果実のように干からびた唇から細い微かな吐息が漏れた。


「……わかりました」


 小さく呟かれたそれは、酷くかたく無機質に耳に届いた。




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