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35話

『理人、別れましょう』

『────……突然、だな』

『突然じゃない。私は貴方と心が擦れ違っていることに以前から気付いてた。何度も話そうともしたわ。でも貴方は、何も気付かなかったのね』

『はっきり言ってくれれば──俺だって何とかしたさ』

『そうね。何も言わなかった私も悪いの。でもダメ。私疲れちゃった。ずっと理人といたかった。でも理人は私がいてもいなくても変わらなくて……だから見えなくなってしまったの。貴方の気持ちがどこにあるのか、もう私にはわからない』

『俺が仕事にかまけていたのが悪いのか』

『……理人はいつも真っすぐ前を向いて進む。そんな理人が私は好きだった。でも私と会えない日が続いても、私が不安になる程会話をしない日々が続いても、貴方は変わらなかった。変わらず前だけを見て、隣にいる私のことなんて見向きもしない。それが辛くて辛くて、苦しかった』

『俺は、どうすれば良かった』

『貴方だけのせいじゃない。私が勝手に貴方に期待して失望したの。理人は理人でしかないのに。私だけが擦れ違っていることに気付いていながら、口にしなければと思いながら、貴方にわかってほしいと勝手な願いを抱いてしまった。そして期待して期待して……もういいかなって思ってしまったの』

『全部過去形、なんだな』

『ごめんなさい』

『俺は、今でもお前と一緒にいたい。だがお前が決めたことなら……俺は、何も言えない』

『──理人、私達長く一緒に居過ぎたんだと思うの。お互い空気みたいな存在で、当たり前になり過ぎてお互いが見えなくなってしまった。貴方は……私がいなくても前へ進んでいける。一度離れましょう』




『鷹村さん! チームリーダーを任せて頂いてありがとうございます! 俺頑張ります!』

『プロジェクトマネージャーとして俺も見ているからな。あまり気を張りすぎるなよ』

『はい! あ、昨日までの進捗状況とスケジュール持ってきました。確認お願いします!』

『ああ。線表通りだな。特に現時点で問題ないか』

『はい。あ、あの……』

『何だ?』

『いえ。大丈夫です! 頑張ります!』

『ああ』


『鷹村、今回のプロジェクト、企画チームと開発チームの連携がうまくいっていないと聞いたが』

『把握しています。開発チームのリーダーと話し、手戻りも含めたスケジュール遅延、影響を算出していますので、今日明日にはご報告します』

『早いな。そういや企画のリーダーはお前の後輩だったよな。あいつがここまでやれたのか。手際良いじゃないか』

『いえ、彼からの報告はまだ来ておりませんが、開発側から直接私に上がってきましたので、一旦取りまとめておきました。企画側には改めて話す予定です』

『そうか。あいつは初めてのチームリーダーなんだから、うまくコミュニケーションとってやれよ』


『鷹村さん……今回の件、鷹村さんが開発や委託先とも調整して下さったと聞きました。お手間をおかけしてすみませんでした』

『大したことはしていない。立ち話で向こうのリーダーと話す時があったから、その時少し相談に乗っただけだ』

『でも鷹村さんに動いて頂かなければ、発売開始時期はきっと遅れてしまっていた。俺は……取り返しのつかないことをする所でした』

『いや。初めてにしては充分頑張ったと思う』

『いえ、俺は……リーダーとして、失格です。折角鷹村さんが任せてくれたのに結果が出せなかった。やっぱり俺はまだまだ力不足だ。こんなことになるなら最初から鷹村さんにお任せしてれば皆にも迷惑をかけなかった、のに……!』

『リーダーはお前だ。だからお前の裁量で決めていい。勿論そうでない部分もあるが、その辺の判断は経験を積めば自ずと見えてくる』

『でも……鷹村さんは、俺には荷が重いと思ったから、今回裏で手を回してくれたんですよね』

『お前の報告が来てから動けば良かったんだが、スケジュールの都合で手を出した。勝手なことをして悪かった』

『いえ。俺が悪いんです。ちゃんと相談していれば……すみません、こんなこと言っているからダメなんですよね。出直します』

『もう謝るな。……次に向けた具体的な改善策を考えよう』

『……はい』


『鷹村』

『はい。わかっています。彼がチームリーダーとして失格だと言うなら、私がプロジェクトリーダーとして失格ということです。彼が報連相を怠ったというのなら、私がそうならないよう体制作りをすべきだった』

『全てお前が手を回してやる必要はないさ。コミュニケーションも不足していた訳じゃない。あいつもお前もよくやっている。だがお前は少し、相手に見えない壁を感じさせてしまう部分があるのかもな。部下が報告しやすい環境や人間関係を形成し、本音や新たな能力を引き出すことができるようになれば、お前自身もっとレベルアップするだろう』

『……はい、ありがとうございます』




『兄貴はさ、細かいことまで口うるさい割りに、意外と踏み込んでいかないんだよね。放置系というか』

『放置っていうのは、俺らの両親のようなことを言うんだろう。俺は違わないか』

『うん。我が家は放任主義だから確かに俺は助かってる。だけどさ、兄貴の場合は敢えて踏み込まないように自制している部分ない?』

『お前昔、俺のことを五月蠅がった挙げ句家出したじゃないか』

『ああそれそれ。兄貴の性格形成に俺のことが影響与えているんじゃないかなって若干責任感じてるんだよね。そのせいで彼女さんと別れたっぽいし』

『五月蠅い。お前とは関係ないわ』

『うん。昔のことは置いておいて、兄貴は俺のこと尊重してくれてるってのはわかる。だから何か察しても踏み込んでこない。兄貴といると皆居心地いいだろうなって思うよ。でもさ。わかっていても踏み込む一歩が欲しい時ってあると思うんだ。親しくなればなるほど。だからさ、兄貴も相手が求めているようだったらもう少し突っ込んでいくというか、いっそのこと望んでないかもしれないけど何かやってあげるとか、してみてもいいんじゃないかな』

『……お前の言っていることは抽象的過ぎる。もう少し具体的に言え。結局お前は俺に何をしてほしいんだ』

『そっちの意図じゃなかったんだけど、折角聞いてくれるなら言うよ。実はさ────』




 そう、俺はいつも人の声を取りこぼす。恋人、仕事仲間、家族でも。

 俺にはいつも何かが足りない。そして何かが欠けた俺が良かれと思って動くと、ふとした時に相手を傷つける。

 だからあいつは離れていった。

 だからあいつは腕を切った。

 俺はどうすればいい。

 どこまで踏み込んでいいのか、俺にはわからない。

 教えてくれ。お前達は俺にどうしてほしい。

 俺はもうこれ以上──俺のせいで傷つくお前達を、見たくない。






 鈍いアラート音が室内の空気を震わせ、俺は思わず舌打ちをした。


「これもダメか! もう少し内部プレイヤーに権限与えろよ。ったく」


 叩きつけるようにパネルを消すと、顔を上げた俺の視界の端に所在なげな女子高生の姿が映った。らしくなく目線をあちこちにうろつかせ、顔色も悪い。


「何だ。藤堂さん来てたのか」

「はい。少し前にお母様に入れて頂きました。一応ご挨拶したんですけど」

「悪い。集中していて気付かなかった」


 俺は目の前に展開していたいくつものモニタを改めて眺めて溜息を吐いた。個別モードにしているため、藤堂さんには空中に向かって独り言を言っているようにしか見えなかっただろう。


「それで、何かわかりましたか」


 隠しきれない震えの滲む声に、俺は彼女の顔をちらりと見遣った。緊張か不安か、その表情は固い。口にする言葉は慎重に選ぶべきだな、と俺は唇を湿らせる。


「結論から言うと、開発者画面から帰還プログラムを作動させることはできなかった。よって俺達が帰還するためには、外部からの排出(ログアウト)を待つか自動ログアウトに通じるエンディングに乗るしかない」


 藤堂さんの顔が失望に染まる。だがある程度予想はしていたのだろう。青白い顔のまま頷き、俺を見返した。


「プレイヤーの……手動ログアウトはやはりできないんでしょうか」

「手動ログアウトは今ストーリーロックがかかっている。ストーリーロックは知っているか? ミステリーADVなんかではよくあるが、ある一定のルートに入った場合、決められた部分まで進めないと帰還できないようログアウトを一時的にロックすることがあるんだ。プレイヤーにその世界にどっぷり浸ってもらうためで、大抵ストーリーの佳境部、ミステリーAVGなら殺人パート、解決パートなんかでよく利用される。このルートに入ると大抵選択肢もほぼなく、それほど時間もかからずにロックが解除される地点まで行き着く」

「強制シナリオに入った時と同じですね。ボス戦やその後の仲間の裏切りといった一番の見せ所をあますことなく体験させるために、開発者が執行する特権で、長引けば長引く程逆にプレイヤーを興覚めさせる諸刃の剣という理解です」

「いや、まあ。確かに作り手側にとって都合の良い強権機能であることは否定しないが……それは一旦置いておこう。とにかく、このロックがかかっているのが現状だ」

「ではストーリーが進めば自然とロックが解除されるということですか?」


 俺は顔を顰めた。


「いや、今確認してみたがロックを解除するキーが見当たらない。解除キーを受け取り、手動ログアウトが復活するプログラムは組まれているのに、キーそのものが見当たらないんだ」

「バグですか。かなり初歩的ですが」

「そうだ。こんな初歩的なバグを見落とすか甚だ疑問だが、実際バグにしか見えない。初期テストの段階で拾えそうなものだが」

「では外への報告は」

「プログラム上にコメントを入れておいた。内部から修正は不可能だから、後は戻ってからだな」

「じゃあ修正されれば帰還できるんですね」


 次の言葉を続けるべきかやや迷った俺は、藤堂さんの表情を探った。そこに未だ安堵の色はない。であればここで適当に流すのではなく、告げてしまった方が良いだろう。


「いや。プログラムの修正をただ待っていたくはない。別の手も講じる必要がある。とりあえずは自動ログアウトに通じるエンディングへの到達だ」

「さっきも聞きましたが、それは何ですか?」


 藤堂さんが食いついてくれたことに内心ほっとしながら、俺は目の前に展開されたままだったモニタを共有モードにして見せた。これで藤堂さんも同じものが見えるはず。


「各エンドが決定した後、周回するまでに猶予があったりするだろう。最高好感度に到達した後なんかがそれだな。そのタイミングでログアウトするかゲームを続行するか選択できるパターンが二つあった。一つはプレイヤー同士の好感度が最大で到達するエンディングだ」

「プレイヤー同士、ですか?」

「実は一度到達している。高坂家に侵入して刑事に見付かって強引に周回した時だ」

「あれですか?」


 微妙に口にしづらい内容だったので、藤堂さんがそれ以上この件を口にする前に話を進める。


「あの時、周回直前に俺の元に木村が現れて何やら不可解な質問をしてきた。俺が適当に答えると木村は『やり直し』だと告げてきた。恐らくここで適切な回答をすればログアウトできたんだろう」

「──セオ。彼は何と言ってきたんですか?」


 極力抑えてはいるものの、かなり前のめりになっていることがわかる。やはり木村の名前を出すのは良くなかったか。


「確か藤堂さんのことが好きか、というような内容だった」

「ああ……」


 吐息のような声をそっと出し、藤堂さんは目を伏せた。


「そんな、ことを」

「藤堂さん」


 この話題を続けることは良くないと判断した俺は、やや強めの口調で彼女の名を呼んだ。


「さっき二つあると言ったが、残りのもう一つが今俺達が進めているこのルートだ。つまり俺達はこのルート独自のエンディングまで辿り着ければ、晴れてリアルに帰還できる」

「……ではわたし達は当初の予定通り行動するということですね」

「そうだ。外部からの助けが先であれば良し、それよりも先にルートエンディングに辿り着いて自動ログアウトできれば万々歳だ」

「はい」


 自動ログアウトすらできないのではないか、という不安は敢えて口にしない。藤堂さんもわかっているのだろう。微笑を形作ろうと上げた口端が引き攣っている。それはそうだ。本来ならルートエンディングなんて悠長なことをやっている時間はない。ここでの滞在時間が延びれば延びる程、リスクが大きいことを俺達は知っている。


「とりあえず藤堂さんにやってほしいことは木村が殺されるのを止めることだ」

「高坂美琴を見つければ、そこで終わるのではないでしょうか」

「だが高坂美琴に辿り着くには手掛かりが少なすぎる。唯一接点があるのは根津未唯だが彼女すら行方不明という状況では、とっかかりが難しい。だから藤堂さんには木村の件に集中してほしい。高坂美琴と未唯の捜索はこちらでやる」

「……わたしは、何をすれば良いでしょう」

「藤堂さんには木村殺害前後の変化を探るのと、対木村への切り札──例えば心の拠り所のようなものでもいいが、そういった要素を集めてほしい。既にわかっていることはあるか?」

「セオが最も気にかけていたのは、彼の祖父母です。変化が気になるのは……そうですね三人。未唯ちゃんの休みと同時期に鷹村さんに付きまとい始め、セオ殺害直後に離れた清水律、一条雅。そしてそのタイミングで一条雅に接近した秋月遼です。ちなみに鷹村さん秋月遼の特技をご存知ですか?」

「いや、知らない」

「彼は全校生徒の顔と名前を覚えるのが特技だそうです。初めて会った時にも名前を当てられました。しかも悠生と同じクラスの、と」

「それは──」

「根津未唯は六月から高坂美琴として学園に来るようになったと言っていましたよね。サポートキャラの調べによると高坂美琴は入学後、数日は登校していました。ということはそれは高坂美琴本人だったということです。秋月遼が生徒の顔と名前を覚えるタイミングは知りませんが、それが入学式前後だとしたら」


 藤堂さんが壁の向こうの何かを読み取ろうとでもいうように目を細める。

 先が読めた俺は、思わず顔を険しくする。


「もしかしたら秋月遼は、高坂美琴が消え、根津未唯に変わったことに気付いているのかもしれません」




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