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3話

 わたしと鷹村さんは、とあるゲーム会社の別部署に所属している。そのわたし達が今回テストプレイを命じられたのが開発中のラブワゲーム【私立KK学園ラブライフ】だ。

【私立KK学園ラブライフ】は簡単に言うと恋愛ゲームで、男女それぞれに割り当てられた複数の攻略対象の好感度を上げていって、エンディングを目指す。特徴的なのはプレイヤー側にも各攻略対象に対する好感度があり、それがマックスになった時点で攻略対象側の好感度との兼ね合いでエンディングが変わる点だ。


「例えば少女Aに対する鷹村さんの好感度が百になった時点で、少女Aの鷹村さんに対する好感度も同様なら晴れて両想いのラブエンド、少女Aの好感度がゼロだったら『近寄らないでこの××××野郎』と蔑まれるストーカーエンドということですね」


 鷹村さんが凄く嫌そうな顔をした。


「その例えで肯定するのは物凄く抵抗があるが、おおよそその通りだろう。プレイヤーの好感度は心拍数や体温といったバイタルデータで判断される。プレイヤーのリアルな感情や状況とリンクさせる仕組みは、ラブワのプラットフォームを利用したゲームに共通する特徴だな」

「で、鷹村さんはゲーム開始早々、一人の女生徒に落とされた、と」

「あのな藤堂さん」

「ああすみません、言い方が良くなかったですね。NPCの行動プログラムに見事に嵌まって、好感度マックスと判断されるほどドキドキしてしまったと」

「……」


 今現在プレイヤーは鷹村さんとわたしの二人しかいない。よって相手はNPC、つまりプログラムされた架空のキャラクターであるはずだ。

 鷹村さんは眉間に思い切り皺を寄せた。


「とにかく! 俺はゲームオーバーになったにも関わらず、こうやって動けている。状況を確認したい」

『承知きる。プレイヤー鷹村理人のステータスを表示するきる』


 キルちゃんの指す……刺す? ボードが光り、数字や文字、アイコンが映し出される。


「プレイヤー名、クラス……あ、鷹村さん二年一組なんですね、わたし四組です。休み時間一、これは今この時のことかな。可愛いアイコンがあるけど、これは誰だろう」

「見た感じ、先程話した高坂美琴(こうさかみこと)のように見えるな」


 鷹村さんが通信端末を取り出し、画像を展開した。正門を挟む並木の下に笑顔で立つ可愛らしい感じの女の子と、それに腕を取られた不本意そうな鷹村さんが映し出される。


「これが噂の美琴ちゃんですか。流石鷹村さん行動早いですね。童顔というか色々幼い感じの相手ですか。あ、こんな写真を撮って後生大事に持っているってことは鷹村さん実はロリの気が?」

「違うっ! これはあいつに無理矢理! というか重要人物の写真データは持っておいた方が良いと思っただけだっ。──そうだサポーター、周を廻った場合通信端末のデータはどうなる?」

『一部を除いて持ち越されるきる。その写真データなら問題なく保存されるきる』

「持ち越されない一部とは何だ」

『攻略対象の情報は、その時点での好感度に依存するきる』

「具体的には」

『攻略対象の連絡先、住所等がそれきる』

「承知した。高坂美琴らしきアイコンの隣に数字が二つあるな。恐らくこれは……」

「赤色が彼女の鷹村さんへの好感度で、青色が鷹村さんからこの子への好感度ですよね。──ふっ」


 つい込み上げた笑いが圧し殺しきれずに漏れる。青色の数字は百、赤色は十。どう見ても一方通行! 完全な片思い! 見た目は高校生、中身は二十代後半のいい年した大人がプログラミングされた架空の女子高生に翻弄された数値的証明っ。もうこれは笑うしかない。


「……藤堂さん、全部口に出てるからな」

「あら失礼。わたし鷹村さんのことはあまり存じ上げませんが、とても有能な先輩だと認識しておりますので……ぶふっ!」


 あ。鷹村さんが無表情になった。やり過ぎたか。


「サポーター、俺はゲームオーバーになったんだよな?」

『その通りきる。プレイヤーは現在、高坂美琴エンドクリア後のエクストラモードですきる』

「それはどこで判断できる?」

『ステータス画面に記載されるきる。エンディングの対象となったキャラクターのアイコンは他より明るくなるきる』


 キルちゃんがタンッと机で跳ねると表示が切り替わる。


『なお一度でも到達したエンディングは、こちらの画面に記載されるきる』


 ぽっかりと空白の目立つ画面には、左下辺りに一つだけ白く文字が浮かんでいる。


『エンド9 高坂美琴ストーカーエンド』


 あ、ダメだ。咄嗟にわたしはその場にしゃがみこみ、両膝に顔を埋めた。ひくひくと痙攣するお腹を押さえても、肩の震えまでは隠せない。ダメダメダメ。ツボに入った。だってホントにストーカーエンドだったなんて! 開始直後にストーカーって! 大の大人が一体何をしたのかと!

 とにかくこれ以上鷹村さんの機嫌を損ねないようにと、何とか声が漏れないよう努力しながら笑いの波が収まるのを待っていると、何やらサポーターと話し終えた鷹村さんがこちらにやってきた。音声がないから、画面を見ていないとどんな会話をしているのかわからない。


「藤堂さん、もう話しても良いかな?」


 マズイ。声が冷たい。わたしは急いで立ち上がるとにっこり笑顔を浮かべた。


「はい、もちろん。ご不明な点はクリアになりましたでしょうか?」


 鷹村さんはわたしの顔を見て一瞬黙った後、何やら疲れたような溜め息をついた。


「俺達はテストプレイが目的だから、ある程度エンディングを網羅する必要がある。どうやらバイタルデータが感情の揺れと判断される規定値に到達すると、プレイヤー側の好感度も加算されるらしい。例えば」


 鷹村さんの両手が突然、わたしの目前で大きな音を立てて打ち鳴らされた。──びっくりした。


「こうやって驚きで上昇した心拍数も、好感度として蓄積されるということだ。契機や上昇値、継続性をどこまで見ているかわからないが、自分ではコントロールしにくいバイタルも、やり方次第ではうまく調整できるかもしれない」

「どちらにしろバイタルデータだとフルコントロールは難しいですから、ある程度やってみてから考えればいいんじゃないですか。それよりサポーターのキルちゃんにわたしも聞かせて頂いて良いですか?」

「キルちゃん?」


 鷹村さんが一瞬呆れた顔をしたが、目線で促してくれたので続ける。


「授業で実施されたテストの結果は、攻略にどのように影響を与えるんですか?」


 キルちゃんの柄頭が机を叩いた。良かった。わたしが相手でも答えてくれるのは嬉しい。


『攻略難易度に影響を与えますきる。科目ごとに対象が決まってて、正解すると対応する対象の攻略難易度に補正が入るきる。好感度を上昇させやすくなるきるが、具体的な数値は非公開きる』

「NPC側だけなんですね」

「まあ終了契機はプレイヤー側の値で決まると言っても、エンディングにはNPCの好感度が重要になるから補正して損はないんじゃないか」

「確かにエンディング色々試そうと思ったら、鷹村さんが動揺でゲームオーバーになる前に、NPCの好感度を上げる必要がありますもんね」

「あのな、藤堂さん……」

「ところでわたし、もう一つ聞きたいことがあるんですけど」


 と言いかけた所で鐘の音が鳴り響いた。休み時間終了の合図だろう。のんびり話しすぎたか。


「休み時間ってどのくらいなんですかと聞こうとしたんですけど、遅かったですね。わたし一旦教室に戻ります。鷹村さんどうします?」

「既にゲーム攻略には直接関われないようだから、今の内に情報収集する。コンタクトを取りたくなったらそっちの教室へ行く」

「でもわたしも動きますし、タイミング難しいですよね。一応鞄にあった端末持ってきたんですけど、使えるんでしょうか」


 落ち着いたライトコーラルの端末を取り出して起動してみる。通信・通話機能を押下すると、先程ステータス画面で見たようなアイコンを見つけた。デフォルメされてるけど、これは絶対鷹村さんだ。


「鷹村さんの方にもわたしのアイコンあるんですね? 何ですかその微妙な顔は。とにかくこれで連絡とれるなら使って……」


と通信アイコンを押しながら言いかけた時、教室の扉が大きな音を立てて開いた。


「えっ!?」

「──藤堂さん? 授業をサボるとはいいご身分ですねえ」


 担任教師の……えーと名前なんだっけ。とにかく教室で見た先生が扉に手をかけて立ち、わたしを見下ろしていた。上背があるから近くで見上げるとやや首が痛い。

 教師は徐にわたしの腕を掴んだ。ナニ!? 今日は皆して何なの!?


「先生、離して下さい」

「授業をサボる、学校内で端末を使う、違反ニです。残念ながら規則ですから担任として指導しなければなりません」

「なにそれ聞いてない! わたしの持ち物をわたしが使って何が悪いのよ!」

「生徒手帳にも書いてあるので、良い機会ですから再読してみて下さい。僕もこんなことに時間を費やされるのは、ひっじょーに不本意なんです」

「不本意ならやめればいいじゃない!」

「残念ながらそういう訳にはいきません。規則ですから。さあ生徒指導室にレッツゴーです」


 やる気の感じられない掛け声を皮切りにずるずると引っ張られて教室を出てしまうと、開きっぱなしの入口から、目を見開いた鷹村さんの姿が見えた。


「ちょっと! わたしだけなんておかしいです! 鷹村さん! このデカブツ教師何とかして下さい!」


 だけど鷹村さんは少し眉を上げただけでその場からぴくりとも動かず、わたしに向かって笑顔で手を上げた。助けてくれる気はないらしい。

 どこからともなく流れだしたドナドナの曲をBGMに、わたしは廊下を引きずられながら毒づいた。

 ──鷹村さん。この仕打ち、ぜーっったい忘れませんからねっ!!!

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