27話
『………』
『────ト』
『ねえ、リヒト』
「……誰だ……」
『リヒトはまどかのこと、一番に好き?』
「いや……別に。──って、お前木村か!? おい何だここは!? 何も見えない」
『……バカリヒト』
「お前今めちゃくちゃ呆れたような溜息吐いたな。それより木村、本当に木村なんだな!? ここはどこだ。お前は知ってるのか。それにお前は一体いつの──」
『アホリヒト。残念だけど【やり直し】だよ。頑張って』
「おいっ! 何だ一体どういうことだ!」
『じゃあねリヒト! ったく|完全無欠なお人形さん《a complete muppet》っ!』
「おい待て木村っ!!」
『────────』
「木村っ!!」
『───────────────────……ねえ、まどかを』
周回後最初の平日の休み時間、俺は空き教室で藤堂さんと向き合っていた。
「で?」
「あれ。鷹村さんが用事あるんじゃないですか。休み時間に教室来てここまで引っ張ってきたのは鷹村さんの方でしょう」
「後で説明すると藤堂さんは言った。なのに昨日はやることがあるからと言って後回しにしたのは藤堂さんの方だろう」
周回の直接原因となった彼女の行動に平静でいられるほど枯れていないが、ここで素直に動揺を出してやるほど初心じゃない。そんな格好悪いことしてやるかという想いもあって、口調が自然と刺々しくなる。
「うーん。実はまだうまく考えが纏まらないんで、先に鷹村さんの考えを聞かせてもらえませんか。あそこまで強引に高坂家に侵入したんですから、何らかの意図と成果はありますよね。ほら本領発揮ですよっ」
「俺もまだ自分の考えに確信がない」
「そういう所慎重ですよね。でもほら鷹村さんの考えを聞けばわたしも新たな発見があるかもしれないんで」
「あのなあ、証拠も何もない推論しか話せないぞ?」
「わかってます。構いません」
俺は溜息を吐いた。このままだと話が進まないのだから仕方ない。
「じゃあ話すが、確証がある訳じゃないから俺の意見に影響されないようにしてくれ。──そうだな。どこから話そうか。ああ高坂家だったな。藤堂さんも奇妙だとは思っただろう。過剰なセキュリティ、ほとんど使われた形跡のない洗面所、窓のほぼない子供部屋。室内にあった複数のカメラと鍵を覚えているな?」
「はい。二階の方が鍵のかかる扉が多かったですね」
「俺は、あれは子供部屋にいる誰か──つまり美琴を閉じ込め、監視するためのものだと感じた。あの家にいる大人は、美琴が外に出ることを異様に恐れている」
夫婦の寝室にあった通報ボタンと催涙スプレー、警棒。あれらは全て閉じ込めた子供が万が一部屋から出てしまった場合の準備だったのではないか。
「恐れ、ですか」
「ああ。監視カメラの位置は明らかに外ではなく内部を監視するためのものだった。鍵の付け方も内にいる誰かを逃がさないためのもの。そして子供部屋に置かれている物についても先の尖った物等、危険物を極力廃しているように見えた」
「そういえば子供部屋に武器になりそうな物はなかったですね」
「流石見ているな」
「使えるアイテムを探すのは単なる癖です」
「リアルではその癖引っ込めろよ。あの家にあった郵送物からわかるように高坂家は以前栃木にいた。栃木は木村の従兄の事件があった場所だ。俺はあそこにいるはずの人物こそが、木村の従兄殺害犯でないかと考えた。それを補強する材料はこれだ」
端末からデータを展開する。表示されたのは新聞記事の一部だ。見出しには独特な文字で『連続殺人事件か!? 殺害された少年と一年前の事件の共通点から犯人像をプロファイリング!』とある。
「これは?」
「図書館で見つけた一年前の記事だ。木村の従兄の事件を聞いた時に調べた。デコイかとも思ったが、案外真実かもしれないな。プロファイリングされた犯人像が美琴と一致する。また早すぎる警官の到達も、奴らが殺人容疑を疑い高坂家を監視していたからと考えれば合点がいく」
藤堂さんから木村のことを聞いた時、そのことを考えなかった訳じゃない。だが信じられなかった。俺がここで出会い、接してきた高坂美琴は、そんなことをする人物のように思えなかった。だが彼女が述べる言葉は偽りにまみれていた。俺に対する態度も言動も全て偽りだった、つまりそういうことだろう。
「栃木で木村の従兄を殺害した者──恐らく高坂美琴は、証拠不十分か何かで逮捕されることなく上京し、KK学園に入学した。しかしその後何かが起こり──もしかしたら他の殺人でも発覚したのかもしれないが、両親は美琴を家の中に閉じ込め監視する方針に転じた。これにより美琴は長期休暇の扱いとなった。美琴の存在を何らかの手段で掴んだ木村は、美琴を追って途中入学してきたが、彼女を追う内に返り討ちにあった」
深々と溜息を吐く。限られた情報から推論を導き出すのは好きだが、それを口に出すのはあまり得意じゃない。
「最初に言った通り証拠はない。美琴やその家族が実際今どこで何をしているのかもわからない。だが刑事が張っているんだし、俺達が何もしなくてもそう遠くない未来に美琴は捕まるんじゃないかと考えている」
「待って下さい。鷹村さんの考えはわかりましたが、今度はわたしの話を聞いて下さい」
俺を制した藤堂さんが端末に手を滑らせて画像データを宙に展開した。大自然の中に立つ母娘の姿、そう美琴の家にあった写真だ。今更この写真がどうしたと言うのか。
「高坂家からわたしはこの写真を入手しました。さっさと周回させたのも、刑事に捕まり万が一にでもこのデータが奪われるのを避けるためです。この娘の方を経年シミュレーションで十六歳に成長させました。画質が悪くて成功判定が中々出ませんでしたが、昨夜やっと出た結果がこちらです」
続けて二枚目の画像を表示させる。栗色の長い髪を靡かせた、黒目がちな少女の硬質な表情のアップが映し出される。それは美琴に似ていて、どこか違う。
「所詮シミュレーションだから完全に一致しないのは仕方ない。それで?」
「はい。成功判定が出たとは言え、元のデータも低画質でしたし、このくらいの乖離は想定範囲です。ですからもう一枚の画像データを使い相互人物判定プログラムにかけました。人物の経年シミュレーションの精度は、相互判定プログラムには影響ありません」
更に展開される三枚目。見覚えのあるそれに俺は瞠目する。以前美琴に無理矢理撮られた、並木の下に立つ美琴と俺の写真だ。そういえば藤堂さんに送ったな。
「結果、類似度は高いものの同一人物ではない、と判定されました」
『out of synchronization』と表示されたワーディングに眉を寄せた俺の前で、藤堂さんが淡々と続ける。落ち着いた声音が耳から脳裏に響き染み渡る。
「あの家に入った時、わたしの感じた違和感は二点です。一つは鷹村さんのご指摘通り、もう一つは甘さのかけらもない子供部屋の備品の数々です。わたしは美琴ちゃんの趣味嗜好を知りませんが、彼女の持ち物なら少し見たことがあります。あそこにある物はどう見ても、彼女の趣味とは思えなかった」
「閉じ込められた子供だぞ? 親が買い与えた物だから子供の趣味とは違うんじゃないか」
「だとしても、学園に持参した文具等とあそこにある物は趣向が違いすぎます。鷹村さん、美琴ちゃんと休日会った時、高坂家のクローゼットにあったような格好をしていましたか?」
クローゼットで確認できたのは黒のジャケットやカーゴパンツくらいだったが、確かに美琴の趣味とは思えない。休日に会った時の美琴のミニスカート姿を思い出しながら俺は考える。
「いや、確かにもっと可愛い格好してたな」
「思い出して下さい。六月に転入してきたセオが、美琴ちゃんに初めて会った時に何て言ったかを」
「『何故』『違う』だったか」
「はい。わたしはこう考えます。セオの従兄を殺害した高坂美琴と、わたし達の出逢った『美琴ちゃん』は別人だと」
木村が三度目の死を迎えたのは、その翌日。俺の家から徒歩数分先の空き家で、刺殺体で発見された。




