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24話

 美琴は最近引っ越してきたばかり。幼馴染ではなかった。

 年下という設定にも関わらず、ゲーム開始当初から親しげに話してきたので、美琴の告げたその関係性に疑問を持つことはなかったが、今の話からするとそういうことだろう。もちろん引っ越しを繰り返し、幼少時に住んでいた場所に戻ってきたという可能性もあるにはある。


『わたし達プレイヤーはNPCから得る情報がほぼ全て。近所と言われたらそのまま受けとめますし、極端なことを言うと『好き』という気持ちさえ相手がそう言っているからそうだろうと判断するだけですから』


 藤堂さんがいつだか言った言葉を思い出す。失敗した。そうだ、NPCは嘘を吐く。ミステリーでは当然のことなのに、このゲームは主旨が違うからと失念していた。俺は事実と思っていたことを改めて疑ってみた方が良いかもしれない。

 窓から夕陽が射し、部屋が橙色に染まる。今日この日に行動できる残ターンは少ない。俺は端末とついでにキルを引っ掴むと、玄関を飛び出した。だが一歩足を踏み出したと同時に人影と衝突しそうになり、慌てて体を押し留める。


「……どうしたの鷹村」


 私服姿の清水だった。ドアホンを押そうとしていたのだろうか。片手を上げた不自然な姿で、不思議そうに俺を見ている。


「悪い清水、俺これから出掛けるんだ。用があるなら後でな」


 さらりと告げて外に出ようとしたが、その瞬間風のように素早く脇を駆け抜けた物が、手に引っ掛けていたキルを連れ去ってしまう。


「!?」

「わー! ナニコレ可愛い! 剣型のチャーム? 鷹村っぽくなーい」

「おいっ! 清水!」


 慌てて取り返そうとするも、流石現役運動部の反射神経と言うべきか、するりと躱されてしまう。


「あのなぁ! 清水──」

「ねえねえ、これどうしたの? どこで買ったの? あ、誰かにもらったとか!?」

「だから──」

「どういう所で売ってるんだろー!? すっごくキラキラしてるっていうか、剣なのに生き物みたいっていうか、何か急に動き出したりしそーおもしろーい!」


 俺は大きく息を吸い、吐くと、苛立ちと共に頭を抑え低く告げた。


「……清水、俺は急ぎの用があるんだ。悪いがお前と遊んでいる暇はない。それを返してくれないか」


 すると清水は、それまでのテンションが嘘のようにぴたりと止まると、キルを胸元に寄せて感情の読めない不思議な瞳で俺を見上げた。


「鷹村、あたしも用があるんだ。でも鷹村があたしの話を聞いてくれないんなら、これは返さない」

「……本気出していいか?」

「鷹村にできる?」


 俺はキルの鎮座する、こんもりと布を押し上げる清水の柔らかそうな胸元を見た。少し触れるくらいならワーニングにも引っ掛からないだろう。


「ヤダ鷹村、視線がエロいよ」

「エ……っ!? は!? って言うかお前が今それを言うか!?」

「だってすごぉくねっとりした視線感じちゃったし」

「ないわ! そこまでじゃない! だろ? ないよな!?」

「隠しきれない欲望が出てたよ?」

「んなもの出す訳ないだろ!?」

「そっか。鷹村、そういう欲望はいつもうまく隠してるもんね」

「当ぜっ──あのなぁ! 元はと言えば、お前が悪いんだろ!? 素直にそれを返せばいいことだろう?」

「あ。誤魔化した」

「どっ──……! ────っ」


 こんなことをしている場合ではない。まともに付き合っていたらダメだ。のらりくらりとした清水の返答に振り回されるなと、頭を振って一歩踏み出す。清水の瞳が揺れる。


「鷹村」

「悪いな清水、お遊びは終わりだ」


 清水の胸元にある小さな刀身に手を伸ばす。すると、指先がそっと温かい掌に包まれた。思わず正面から清水を見ると、濡れて光る瞳に見詰められた。


「鷹村……ホントにあたしとは終わり? あたしを放って誰の所に行くの? あたしの話を少しくらい聞いてほしいって思うのは、あたしのワガママかな」


 緩すぎる拘束では俺の動きを止められない。俺は包まれた指先をそのまま伸べる。


「……ううん。あたし知ってるんだ。鷹村は今目の前にいるのがあたしだろうと誰だろうと関係ない。誰の想いにも耳を傾けないで一人勝手に進んじゃう。それは誰の声も聞く気がないってこと? 鷹村にとっては誰もかれもみんなどうでもいい?」


 先端はもう清水の胸元に触れる寸前だ。だがそこで清水が自虐的にくすりと笑った。


「そう、鷹村は|そうやって前しか見ないんだ《・・・・・・・・・・・・・》」


 時が止まった、気がした。俺は強張らせた顔を清水に向ける。清水の表情は変わらない。だが俺はそれ以上動けない。進めない。


「……お前……」


 何故それを、何故今。

 しばらく無言の時間が続いた後、先に折れたのは俺の方だった。長い長い溜め息を吐くと、清水に向けていた指先を反転させ、家の中を指し示した。


「わかった。話を聞こう。入れ」





 少し迷い、俺は清水を自室に連れ戻った。リビングだと母親が帰宅してきたタイミングで会話が阻害される恐れがある。

 薄いグレーのパーカーに赤のチェックのミニスカート姿の清水は、興味深そうに周囲を見回した。それをテーブルの向こう側にクッションを置いて座らせ、麦茶の入ったコップを出すと、自分はベッドに腰掛けて対面する。


「で。話というのは何だ?」

「へー。鷹村の部屋ってこんな風なんだね。意外と落ち着いてて何か想像と違ったー」

「お前はどんな部屋を想像していたんだ……」

「んーもっと観葉植物とかヴィンテージなインテリアとか飾った、チャラい感じの?」

「そういうのは卒業したからいいんだよ」

「卒業?」

「まあいい。お前が話し始めないなら折角だし俺の方から聞くが、お前最近よく俺に絡んでくるよな。それは何故だ? これから話す件に関係するのか?」


 そう。清水は、というか攻略対象達は、好感度が上がるにつれてプレイヤーへのアプローチのレベルを上げてくる。序盤は自分からはほぼ何もせず、逆にプレイヤーがアプローチ方法を間違えると逃げられたり、軽蔑されることすらある。木村死亡後はゲーム途中からの周回となっているため、一定数好感度がある状態でスタートしているようだが、それでもそのまま俺が陥落したら、最低好感度エンドも到達できる程度だ。なのに清水の態度は解せない。


「関係なくはない、かな」

「なんだそれは」

「ねえ鷹村、あたしからも質問。鷹村はさ、美琴ちゃんを好きになったの?」


 俺は虚をつかれて瞬いた。これははぐらかされている、のだろうか。


「別にそういう訳じゃないが……何でだ?」

「鷹村、前は一条センパイが好きっぽい感じだったよね。でも最近は、センパイを放ったらかして美琴ちゃんのことばかり聞き回ってるじゃん」


 以前藤堂さんに、一条のストーカー呼ばわりされたことを思い出す。ミステリーだと聞き込みはおかしな行動じゃないんだが、やはり目に付くのか。


「何をどう誤解しているか知らんが、俺は美琴に特別な感情を持ったことはない」

「ふうん。じゃあ今でも一条センパイ一筋なのか」

「いやそういう訳じゃなく……なあ、そろそろ話ってヤツをしたいんだが。まさかお前がどうしてもしたかった話って、こんなことなのか?」


 清水か口端を上げて笑う。


こんなこと(・・・・・)、ね。そっか。そだよね。じゃあさ、鷹村にとって今一番大切なことは何?」

「それを答えればお前も俺の聞きたいことに答えてくれるか?」

「最近あたしに付き纏われているって感じるのは鷹村の自意識カジョー。でもいいよ。わかることなら答えたげる」


 俺は短く息を吐く。これで言質は取った。


「なら答える。俺が今一番大切なのは、自分が戻りたいと思う場所に戻ることだ。そのためにもある事件を防ぐことが重要だと考えてる」

「ある事件?」

「それも答えたら二つになるが、お前も二つ答えるか?」

「鷹村、あたしに何か聞きたいことあるの?」


 清水が何やら嬉しそうに顔を綻ばせる。今俺が欲しい情報、その中で清水から聞けそうな物は。

 考え込んだその時、パンツのポケットに入れていた端末が着信音を響かせた。ディスプレイの発信者を見た俺は、それを音声のみの個別通話モードで立ち上げる。これなら相手の声が清水に聞こえることはない。


『鷹村さん、今大丈夫ですか?』

「ああ藤堂さん、問題ない。何だ? 何かわかったか」

『セオのことで一つ気になることがわかりました。彼はどうやら従兄の殺人事件を追っていたようです』

「殺人事件!?」


 興味を引かれるワードに身を乗り出すと、察したのか電話越しに苦笑する気配がした。


『はい。セオは栃木に一つ上の従兄がいました。この少年が一年前の夏、何者かに殺害されています。死因は頸部損傷による失血死。動機、犯人は不明。犯行が起きたのが深夜の繁華街ということから、何らかのトラブルに巻き込まれたと見られています』

「短時間でよく調べたな。それで?」

『かねてより従兄と交流があり、事件にショックを受けたセオは、自ら捜査に動き出したとのことです。また事件の犯人が捕まらず捜査本部が解散された際には警察本部にも抗議しに行き、その後も独自の線で調べていたようです』

「じゃあ妙な時期の転校もその辺が──うわっ!」

『鷹村さん?』

「いや、悪い。続けてくれ。それで?」


 俺は腿を這う手を乱暴に払いのけた。清水の悪戯だ。俺が睨みつけると、うっすら目を細めた彼女が懲りずにまた手を伸ばしてきたので、慌てて掴み押し留める。させるか!

 こちらの静かな攻防の間にも、さらさらと流れる川の音のように藤堂さんの声は続く。


『セオの転校がこの件に関係しているかははっきりしませんが、噂や状況を総合して見る限り、無関係ではないと思われます』


 清水がもう片方の手を伸ばしてきたので、彼女の手を掴んだまま払いのけると、埒が明かないと俺はベッドサイドから立ち上がろうとした。

 だがそれは叶わず、逆に腕を引かれてバランスを崩した俺は、ベッドに背中から倒れ込んでしまう。柔らかなものが背中を受けとめる。


『セオは県立高校への入学が決定していました。しかし六月になってすぐにKK学園に転校しています』


 仰向けになった俺は、腰にのし上がって来た清水と正面から向き合った。スカートの裾から覗く白い太腿が俺の腰を両脇から挟み、下半身に柔らかさと温かさを伝えてくる。

 左手に持った端末から流れる藤堂さんの声が俺の耳から脳髄に響き、清水から香る甘い香りにくらりと眩暈が襲う。


『タイミング的に捜査本部が解散されてすぐにセオは転校準備を始めたと見て良いでしょう』


 藤堂さんの言葉を処理しきる前に、ぱさりと首筋に絹糸のような髪が滑り落ち、くすぐったさと同時にぬめりと濡れた感触が這った。ぞくりと走った震えに俺は慌てて清水の顔を押し退け『や・め・ろ』と大きな口の動きで伝えると、清水は乱れた髪をかき上げ、赤い舌でちろりと唇を舐めた。そしてそのまま俺の胸にそっと手を這わせる。


「──っ!」

『つまりセオは従兄殺人の何らかの手掛かりを求めて転校してきた可能性が──鷹村さん?』

「っ、っ」

『どうかしましたか? ……かけ直した方がいいですか』


 俺は胸の上にへばりついていた柔らかい体と蛇のように肌をまさぐっていた手を渾身の力で引き剥がすと、床に降り立ち急いでベッドから離れた。


「──ッ問題ない! ──大丈夫だ。聞いている。…………木村の、転校の目的は、わかった。が、それと美琴の存在はどう絡んでくる」

『……そこまではわかりません。単純に考えるなら、高坂美琴を容疑者、もしくは証拠を握る人物と捉えていたのでは?』


 背後から衣擦れの音が聞こえ、俺は警戒の目を向けた。藤堂さんにも怪しまれている。これ以上清水に好き勝手させる訳にはいかない。

 予想に反して彼女の態度は静かだった。騒ぐでもなく怒るでもなく、泣くでもなく、無言でベッドから降りると部屋から出て行ってしまう。ちょっと待て! 俺はまだ清水から何の情報も得ていない! やられ損だ!


「おい! 待て!」

『鷹村さん?』


 藤堂さんの声が聞こえた気がするが無視して清水を追うと、ちょうど階段を降りる姿を見つけた。急いでその後を追い、ちょうど階下に降りた所で捕まえる。


「おい、待てって!」


 腕に力を入れると容易く彼女を振り向かせることができた。だがその表情を確認する前に目の前が暗くなり、ふわりと温かいものが俺の唇に触れる。

 呆然とする俺を尻目に、更にもう一度。今度はゆるく唇を吸われ、音を立てて離れる間際にぺろりと下唇を舐められる。

 初心な高校生のように立ち尽くす俺の前で清水は不思議な微笑みを浮かべた。


「ヤられないでね。あたしが言いたかったことはそれだけ。バイバイ鷹村。もっと早く出会いたかったよ」


 表情と乖離した不穏な台詞を残した彼女は、今度こそ本当に玄関の向こうに去っていってしまった。


『あの、鷹村さん? 聞こえてますか、鷹村さん?』


 俺は誰の気配もしなくなった玄関先を眺めたまま、左手に持った端末を持ち上げ囁いた。


「聞いてる。藤堂さん俺は───やっと、少しずつ楽しさを感じ始めたようだ」

『……』


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