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23話

「作戦会議だ。藤堂さん」


 周が巡ってすぐに俺は電話で藤堂さんを家に呼び寄せた。時は学祭の翌日の振替休日。木村セオの死体に直面した俺達は、動揺を抑えきれず二人ほぼ同時に周を跨いでしまった。幸いなことに前回とほぼ同様の状況からスタートしているようだが、予断を持たない方がいいだろう。


「作戦会議、何の、ですか?」


 グレーを基調とした俺の部屋で、床にぺたりと座った白いシャツ姿の藤堂さんは、どこか周囲から浮いて見えて現実味が薄い。


「木村セオの事件を防ぎ、エンディングクリアするための作戦だ」


 言い切ると、俺をぽかんと見返した藤堂さんが、ふっと息を吐き目を伏せた。


「防ぐ……そう、でしたね。防げるん、ですよね」

「当然だ」


 彼女の気力を奮い立たせるように断言する。こういった殺人事件の起こるゲームに慣れている俺ですら、木村セオの死亡現場を見て動揺を抑えきれなかった。多分藤堂さんの動揺は俺以上だろう。

 俺達は作る方に関してはプロだ。転じてプレイする方に関しても一般のユーザーよりは長けている。

 だがそれはラブワから精神疲労や精神汚染を受けない、という訳ではない。自らの状態を知り、ゲームとリアルの境を常に意識し、切り替えることが大切なのだ。ああいうシーンに俺程慣れていない彼女が精神疲労を感じるのは無理ないとは思う。だからこそ俺がリアルの目的を思い出させる必要がある。


「さあ藤堂さん。俺達の目的のために、お互いの持っている情報を開示して整理しよう」

「……わかりました」


 ただ──と頷いた藤堂さんを見て俺はひっそり思う。もう一度周を跨いだら、一旦リアルに戻ることを検討した方が良いかもしれない。

 彼女の精神が本当に疲弊する前に。




「まず木村が殺害される前後の出来事を時系列で並べてみる」


 タブレットに指を走らせ、空間に文字を投影する。

 十月一日~三日 学祭

 十月四日振替休日

 十月五日~八日 登校

 十月X日 木村殺害(日付前後)


「最初に木村の死を確認したのが十月七日。前回が五日。何らかの条件があるのか、どんどん早くなっていくのかわからないが、Xデーは固定されていないと見える」

「鷹村さん……セオが誰かに殺害された、というのは確定なんでしょうか」


 俺は一旦彼女の顔を見てから頷いた。


「少なくとも二回目の死は状況から見て他殺だった。初回だけ異なるというのは考えにくい」

「……そうですか」


 次にその後ろに文字列を追加する。

 X+一日 臨時休校。刑事来訪。


「刑事?」

「ああ。木村の事件を調べる二人組の刑事と街で遭遇した。藤堂さんの方はどうだ? 木村の家で何か収穫はあったか」

「……いえ。お祖父さんとお会いしたくらいで、特に目新しいことは」

「そうか」


 彼女の瞳が陰ったのに気付いたが、追及はしない。俺は藤堂さんを信用している。例えどんな感情を伴おうとも、必要だと判断すれば彼女から話すだろう。


「木村の行動は藤堂さんの方が詳しい。ここからは任せる」


 彼女は頷くと自らのタブレットに細く白い指を這わせた。

 六月 セオKK学園へ転入

    セオ長期休みから復帰した高坂美琴と衝突

    セオサッカー部入部

 九月上旬 セオ一条雅に接近(高坂美琴絡み?)

    下旬 一条雅休みがちになる

 俺は彼女の動きを止めるため片手を上げた。


「藤堂さん、一旦ストップだ」

「はい」

「二点確認させてくれ。木村が一条雅に接近したとは何か。そして一条達単独の動きまで入れる理由は?」


 藤堂さんは落ち着いた様子でカーソルを動かした。


「セオは妙な時期の転入生です。しかも転入してきてすぐに高坂美琴と衝突しています。また九月には一条雅にも接触し、どうやら高坂美琴絡みの話をしていたと聞きました。セオ、一条雅、高坂美琴にはわたし達の知らないバックグラウンドがあると見るべきでしょう」

「美琴と木村が噂になっていることは把握していたが、一条も関連してくるとは思わなかったな」


 藤堂さんが目を細めて微笑を浮かべた。


「一条雅を攻略する際のライバルキャラがセオです。一条雅が関わってくるのは自明でしょう」

「ああ……確かに、そうだな」

「ではわたしが調べた高坂美琴の情報をここに加えます」


 四月 高坂美琴、入学式後すぐに体調不良で長期休みへ


 表示されたウィンドウを見て、藤堂さんは俺を振り返った。


「一旦こんな所でしょうか。他の攻略対象の行動は、現時点でセオへの関わりが薄そうなため記載してません。補足等あればお願いします」

「そうだな。敢えて入れるとすれば──」


 九月下旬 一条雅と秋月遼接近


 藤堂さんが眉を(ひそ)める。


「秋月遼まで入れますか」

「美琴を攻略する時のライバルキャラが秋月だ。自明だろう?」

「──わかりました」


 言うと藤堂さんが更に追加修正し、俺もそれに加筆していく。


 四月 高坂美琴、入学式後すぐに体調不良で長期休みへ

 六月 セオKK学園へ転入(失恋相手を追って?)

    セオ長期休みから復帰した高坂美琴と衝突

    セオサッカー部入部

    ゲーム初回/周回スタート地点①

 八月下旬 学祭準備本格化

    高坂美琴、鷹村さんと一緒の登下校から個別へ

    →周囲に不満を漏らす(一条の名前も)

 九月上旬 セオ一条雅に接近(高坂美琴絡み?)

   十三日 高坂美琴長期休み開始

    下旬 一条雅、部活を休みがちになる

       一条雅と秋月遼接近(通常仕様?)

 十月一日~三日 学祭(セオ、一条雅、清水律、悠生出席確認済)

 十月四日 振替休日。周回スタート地点②

 十月五日~八日 登校

 十月X日 木村殺害(五~七日 日付前後可能性あり)

       一条雅が発見?

 十月X+一日 臨時休校。刑事来訪。

        セオ家に秋月遼出現(ランダム?)


「こうやって見ると、セオが死亡した原因がもし学園内にあるのだとすれば、それは学祭直後か下手するとそれより前にありそうですね」

「かもしれない。だが俺達は今学祭後からしかスタートできない。殺害に繋がる原因をなかったことにすることはできなくても、何らかの形で事件を止めることはできるんだと思う」

「ということはわたし達は過去からセオ殺害に繋がる原因を見つけ、未来のセオ殺害を食い止める方法を掴み取らなければならないということですね」

「そういうことになるな。となるとやはり一条と美琴、木村の繋がりが気になるが」

「美琴ちゃん視点で見るなら、鷹村さんが一条雅にばかりかまけてるから嫉妬したとかも考えられませんか」

「いや……まあどうやらそれもあるらしいが」


 確かに美琴が消える直前にそういう言葉を友人に漏らしていたらしいので、否定はできない。俺が言葉を濁すと、藤堂さんがくすりと笑った。


「わかってますよ。その場合セオが何故、一条雅と高坂美琴の話をしたのか説明がつかない」

「そう、そこだ。秋月があちこちに出没してるのも気になるが、こっちは攻略NPCの通常行動とも取れる微妙なラインだな」

「世話焼きな性格のようですからね。生徒会長という肩書もありますし、理解の及ぶ範囲かと思いますが」

「現時点で判断するのは早計だろう。まあどちらにしろ、そこから攻めるより一条や木村本人から話を聞くのが確実だ。藤堂さん、木村に直接聞けるか?」


 藤堂さんが微笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「一条雅と、何を話したかについて聞けば良いですか?」

「そして高坂美琴の何を掴んでいるのか、そもそも何を目的として転入してきたのか、可能であれば最近の行動の目的も」

「盛り沢山ですね。やってみますが、揺さぶる材料がないので期待しないで下さい。鷹村さんは一条雅に聞き込みですか?」


 俺は腕組みをして唸った。


「本当は木村の死体を発見した時のことを聞きたいんだがな。周を跨いでしまった今の一条(・・・・)にそれを聞くことができないのが残念だ」

「聞いてみればいいじゃないですか。学祭後の初登校日の行動予定について」

「木村の殺害される日が固定されていない以上、あまり意味がないと思うが、まあやってみよう。ところで藤堂さん」

「何でしょう?」


 彼女の落ち着いた柔らかい声が鼓膜を震わせ脳髄に響く。事務的な会話とは裏腹に僅かに腹の下で燻る熱を感じながら、俺は意図的に唇だけで言葉を紡ぐ。


「その私服姿ヤバい。リアル十代の俺の部屋だったら今頃──ってわかった! すまん。謝る。謝るからその目はやめてくれ」


 ある意味予想通りの反応なんだが、実際に藤堂さんに汚物を見るような蔑んだ目で見られるとな。予想以上に堪えるんだ。






 このまま木村の家に行く、という藤堂さんを送り出し、俺は美琴の家に向かった。最初の頃のスタート地点と違い、このスタート地点では攻略対象の住所を把握済の前提なのが助かる。キルに行先を告げて外を歩くと、白いのっぺりとした民家の並ぶ道をまっすぐ進んだ左手に、一つだけブラウンの屋根にクリーム色の外壁を持った家が見えてきた。あれが美琴の家だろう。

 ちなみにどこをどう曲がろうと、キルに告げた目的地に自動的に辿り着く仕様になっている。各家の位置関係や地図を把握する必要がないのは楽で良いが、面白味がない。以前プレイした船上の殺人事件のゲームは、容疑者の部屋の位置把握が特に重要だったな。あれがプレイヤーへのトリックにもなっていて各自に配られたマップが……いや、そんなこと今はどうでもいい。


 正面には高坂と表札のかけられたこじんまりとした玄関があり、その左手はリビングだろうか。掃出し窓があるが、カーテンがかかっており内部は伺えない。二階の西側には腰窓が一つあり、東側は小窓が二つ並んでいて、晴天にも関わらず全て閉め切っている。綺麗な新築だが、あまり人の気配という物が感じられない。

 俺は玄関横に据えられた無機質なグレーのドアホンを押した。音が鳴っているのはわかるが屋内で反応する音はない。不在だろうか。

 ポケットから通信端末を取り出し、美琴の名前をタップする。美琴が長期休みに入ってから通じた試しはないが……やはり通じない。恐らくメッセージもまた読まれないだろうが、一応送っておく。


 俺は玄関を離れ、掃出し窓に何気なく近付いた。やはり室内は見えないが、何だろう。遠くにうっすら光のような物が見える気がする。テレビ画面か何かに陽光が反射しているのだろうか。

 不審に思われて警察でも呼ばれたら面倒なので、早々に窓から離れる。もう一度ドアホンを鳴らしても反応がないことを確認すると、俺は高坂家の玄関を後にした。さてどうしようか。

 立ち止まったちょうどその時、隣家から五十代くらいの女性が出てきた。買物にでも行くのだろうか。高坂家の前に立つ俺の方をちらりと見て少し首を傾げた後、にこりと笑顔を向けて来る。


「あら。美琴ちゃんのお友達かしら?」


 こういった女性は情報の宝庫だ。そう判断した俺は、営業用の笑顔を貼り付けて会釈した。


「こんにちは。美琴さんと同じ学校の友人です。美琴さんとご家族はご不在でしょうか?」

「そうねえ……」


 女性は宙に目を遣った後、探るように俺の姿をじろりと見た。俺の笑顔は崩れない。ここはもしや制服で来た方が良かったか?

 それでも流石にどう見ても高校生かそこらの子供を怪しむことはないと判断したんだろう。単に自分が話したかっただけかもしれないが、女性は口を開いてくれた。


「美琴ちゃんのお父様は遅くまでお仕事で、休日もほとんど姿を見かけることはないわね。お母様はねぇ。ほらあれでしょ? 今入院していらっしゃるみたいだし」

「入院ですか。そんなに酷いんですか」

「酷いんじゃないのお。倒れて救急車呼んでたもの。でも体が悪いんじゃないんですって。心の病気。それでも倒れたり救急車呼んだりするのねえ」

「それほどショックなことがあったんでしょう」


 女性は口元に手を当てて首を傾げた。


「そうなのかしら。私にもよくわからないのよねぇ。美琴ちゃんのご家族が引っ越してきたのが三月くらいでしょ。お母様が倒れられたのが六月くらいだったから、お付き合いもまだ浅くて。でも引っ越しのご挨拶もちゃんといらしたし、確かにちょっと不健康そうな感じではあったけど変な方ではなかったわよ。しっかりとした方だったわ」


 知らず、眉が寄る。


「美琴さん達は、近場から引っ越されてきいたんですか?」

「あら。そんなことはないと思うわよ。確か手土産に湯葉を頂いたもの。遠方からいらしたから、お父様より先にお母様と美琴ちゃんだけが引っ越してきたんじゃなかったかしら」

「そう、ですか」


 女性ははたと気付いたように両手を合わせた。


「嫌だわ。私こんなことしている場合じゃなかった。ごめんなさいね。もう行かなきゃ」

「あ! すみません。美琴さんを最近見かけましたか?」


 一番肝心なことを聞き逃す訳にはいかないと、バタバタと慌てだした女性を引き留める。


「そうね。ここの所ずっと姿を見かけてないわ。ご両親がいないから、多分親戚のお宅にでも行っているのではないかしら」

「親戚のお宅とは」

「ごめんなさい。わからないわ」

「ありがとうございます。あともう一つだけ! 最近他にも誰か美琴さんを訪ねてきませんでしたか」

「そうねえ」


 既にこの場から意識が離れていた女性が、ふと思い出すかのように動作を止めた。


「そういえば、少し前に同じように貴方と同じくらいの外人の男の子と話したわね。それに最近この辺を不審な二人組の男がうろついてたって聞いたけど、何か関係あるのかしら」



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