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21話

 次の周。学園の赤い外壁をバックに、いつもの正門前で藤堂さんが俺を待っていた。


「おはようございます。鷹村さん」


 やや疲れた様子の彼女が、日課のようにちらりと俺の脇を見遣ったことで、俺は妙にすーすーする軽い左腕に気付かされる。

 立ち止まる俺達の隣を同じ制服を着た生徒達が追い抜いていく。見慣れたその光景に特に変化は、ない。


「藤堂さん、とりあえず行こう。1時間目の休み時間にいつもの空き教室で」

「はい」


 彼女の背を軽く押して促してやると、何の抵抗もなくふわりと前へと踏み出した。それは妙に重さを感じさせない、非現実的な感触に思われた。






「さて藤堂さん。ここからが本番だ」


 いつもの空き教室にやってきた藤堂さんに向けて宣告すると、彼女はゆるく首を傾げた。外の賑やかな喧騒から閉ざされた室内で、声は自分で思うよりよく響く。


「本番、ですか?」

「ああ。今現在のゲーム内日時を確認したか? そう。10月の文化祭直後、美琴が長期休みを続け、木村が殺される前だ。──キル」

『プレイヤーの言うことに間違いないきる』


 白い刀身を煌めかせた掌サイズのマスコットが、机の木目を叩く。頷いた俺は、ウィンドウに表示された文字列を見詰める藤堂さんの白い横顔に目を向けた。


「俺達の当初の目的は、可能な限り多くのエンディングを迎えること、そのための手段がNPCを陥落させることだった。目的は変わっていない。だが手段は考え直すタイミングだと考える」


 窓から射す陽光が藤堂さんの横顔を照らし、影を作る。その表情は煌めく水面のように透明で静かだ。俺は構わず続けた。


「俺達は新たなエンディングを迎えるために、目の前にある事件を解決するべきだ。周が巡っても今までのようにNPC達との出会いの時点に戻されないことが転換期であることを示している。わかるか? 解決すべき事件が目前にある。つまり今やることは現場検証、聞き込み、情報整理、推理。そうやっと。やっとそういうステージになったんだ!」


 藤堂さんの瞳がふと俺を捉えた。


「鷹村さんやけにやる気ですね」

「当然だろう? 俺は元々ミステリーADV畑の人間だ。本領発揮する場面を前にして、浮足立って何が悪い」

「浮き足立つのはやめましょう。というか鷹村さんキャラ変わってませんか」

「今までは本来の俺じゃない。俺は恋愛ゲームの人心掌握とか落とすとか、そういうのは得意じゃない」

「そんな外見で」

「待てどんなだ」

「チャラい。軽い。モテることがステータス」

「……おい」

「まあそれは冗談ですが、清楚な巨乳好きで一条雅みたいなのがタイプと言いながら、栗城先生にも目移りする気の多い方のようだと認識しましたので、何だかんだこのゲームを満喫してらしたのかと」

「あ・の・なぁっ!」

「──ふっ」


 藤堂さんの漏らした笑いに、続けようとした言葉が口の中で消える。藤堂さんが口元に手を当て、笑いを堪えるように肩を震わせていた。やけに静かな笑いだった。

 彼女はひとしきり笑った後、俺に微笑みかけた。


「すみません。茶化し過ぎました。わざとですが」

「……」

「そうですね。これはゲームですもんね。わたし達のやるべきことをやらなきゃですね」

「ああ、そうだ」


 静かな問いを首肯すると、藤堂さんは一旦目を細めた後、口許を引き結んで俺を見た。


「わかりました。この件を解決して新たなエンディングに到達しましょう」






 鷹村さんと今後の方針を簡単に相談して授業に戻ったわたしは、教壇に立つ鏡先生を眺めていた。いつも通りきちっとスーツを着こなした長身の彼は、よく通る声で淡々と解説を続けている。

 彼の話は生徒全員がわかるようにという配慮からか、非常に丁寧だ。わたしなんかはそんな細かな部分まで説明しなくても、と思ってしまうのだが、体系立てて説明してくれるので生徒達にはわかりやすいと好評だ。


『何か知ってそうな鏡とサポートキャラをフルに利用して早急に情報を収集しよう。美琴の件も気にはなるが、木村の事件を防ぐ(・・)方は明確なタイムリミットがあるから、優先させる。可能なら直接本人から聞き出すのでも構わない。但し木村の件に美琴の件が無関係と言えない以上、全く調べないという訳にはいかない』


 鷹村さんはそう言ったが、高坂美琴長期休みの件はともかく、まだ何も起こっていないこのタイミングでセオと何を話せばいいかわからない。裏表のありそうな胡散臭い担任からどんな情報が引き出せるのかというのもだ。だが鷹村さんはそれでも構わないのだと言う。


『前周の様子から判断するに、鏡は恐らく何か俺達が知らない情報を持っている。木村死亡後の学園の初動が素早く、動揺が少なすぎるのも気になる。とにかく俺達に必要なのは何より情報だ。例えば藤堂さんが対応に失敗して木村が激昂したり、あるいは鏡が何らかの妨害をしてきたとしても、それすらある意味情報となる。そして俺達の最大の強みは失敗しても次があることだ。だったら遠慮なく派手に動き回った方がいい。──まあ本当に同じ()があるかわからんから、できるだけ周回しない方が得策だがな』


 結局わたしの方はセオの友人関係と最近の行動を、鷹村さんは高坂美琴の長期休みに入るまでの動きとセオとの関係性を洗い直すこととなった。

 高坂美琴の件を放っておくのも気になるし、まあ妥当な線だろうと頷き苦笑する。結局鷹村さんはわたしに、前回どんな契機で周回したのか一言も尋ねて来なかった。様子がおかしいとは思われていたようなので、敢えてああいう言動を取ったんだろう。彼はあまり心の機微に聡い方ではないと思っていたが、単に気付いても触れないタイプなだけらしい。一人の対等な相手としてわたしの判断を尊重してくれている、ということだろうか。

 もしかして恋人に対してもそのスタンスだったりするのかしら、と益体もないことを思う。女性というのは往々にして恋人に頼りたい、弱音を受け止めてほしいと思っても直接そうは言わず、態度で匂わせるに留めるタイプが多い。その時今の鷹村さんのように触れてもくれなかったら心が離れていきそうだけど。


「ま、大好きな推理物に突入したせいで浮わついて、こっちのことなんでどうでも良くなってるだけかもしれないけど」


 どちらにしろ、今のわたしにはありがたい。ブンと鈍い音をたてて表示させたウィンドウに人影を見た時、ふと脳裏に聞き覚えのある声が甦った。


『君のせいだ』


 ブルーのウィンドウに、遺影に揺らめく蝋燭の灯を幻視する。


『君のせいで、木村セオは死んだ』


 わたしは半眼を閉じてその声を受け止める。

 大丈夫。今はまだ。






「紗枝ちゃん、調べて欲しいことがあるの」

「なあに? 円架ちゃん」


 喧噪渦巻く食堂のテーブルでお昼をとりながら、紗枝ちゃんにいくつかお願いする。彼女は瞳をくりっと回すと笑顔で快諾してくれた。変わらぬ彼女の笑顔に、僅かながら肩の力が抜けるのを感じる。

 左右に揺れる紗枝ちゃんの背中を見送ると、昼食を早々に片付けた。次はセオの教室へ向かわなければならない。前の周と同じであれば、猶予は残り三日間。明後日セオと別れたらそこで……終わりだ。

 わたしは自然と遅くなる歩みを叱咤しながら、何とか階下の教室に辿り着く。後ろの入口からやや離れた位置から中を伺う。昼休みということで生徒の姿はまばらだが、その中にセオの姿は見えない。校庭か屋上辺りだろうか。


「ごめんなさい。ちょっといいかしら?」

「はいはい。オレっすか?」


 ちょうど教室へ入ろうとしていた少年を捕まえる。中肉中背でこれといった特徴のない外見をしているが、愛嬌のあるどこか憎めない雰囲気の少年だ。ん。特に意図した訳じゃないんだけれど、趣味嗜好が出ちゃったかしら。


「このクラスにいる木村セオと仲が良いお友達今いるかしら? 確か『アラタ』とかそんな名前だったと思うんだけど」

「? どんな用件っすか? センパイです、よね?」


 微妙な表情で首を傾げるのはやめてほしい。年上に見えないなんて言わないわよね。


「最近のセオのことで聞きたいことがあるの。プライバシーに関わることだから、これ以上は直接話すわ。申し訳ないけど呼んでもらえるかしら」

「はあ。ちなみにセンパイはどちら様っすか?」

「あら失礼。わたしは二年の藤堂円架。セオの友人よ」


 少年は何が楽しいのか子犬のような瞳を細めて笑った。


「オレは及川(あらた)です。話聞きますよ藤堂センパイ」






「セオのことって言われても、オレの知ってることなんて皆知ってるんじゃないかな。あいつ裏表ないし。最近? んー何か悩みでもあんのかなって思ったことはありますけど、あいつから何も言ってこないんで突っ込んだりしてないっすね」


 教室から少し離れた階段脇で及川新が答える。少し奥まった場所にあり、人が来ることが少ないそこは、だからこそ仮想物(アンリアル)の特徴を色濃く映し出している。忘れられた区画特有の埃っぽさがない。人を拒む淀んだ冷気がない。ただ見た目だけを模した無機質な空間。

 彼は年上のわたしに緊張した様子もなく、階上に伸びる柱に凭れた。わたしの背後を生徒達の笑い声が通り過ぎる。


「悩んでんのかって思ったきっかけっすか? はっきり覚えてないですけど、本格的に変だなって感じたのはある人を追いかけているのを何度も見た時かなー。別に誰とでも仲良くなるヤツなんで普段だったら何とも思わないんすけど、何からしくなく怖い顔して迫ってて、あいつが誰かに本気を見せるなんてありえないって言うか……って、あっ! スミマセン! えっとそうじゃなくてオレが言いたいのは」


 何を気にしたのか慌てた及川少年に続きを促してやる。


「あ! そう。会話! オレが聞いたのはですね。確かあいつ『自分のことだけ見てほしい』とか女子の名前、とかそーいう……あれ、いや、だからそれも別によくある、何かほら。大した意味のない会話なんじゃないかなーと……」


 尻窄みに小さくなる言葉に片眉を上げてやると、面白いくらいに肩を震わせた。嫌だ何この子可愛い。スゴく虐めたくなる。

 わたしは内心を綺麗に押し隠した笑顔を浮かべ、助け舟を出してあげることにした。


「セオって、以前もクラスで一悶着起こしたわよね。確か六月頃だったかしら。あの時だって結構な剣幕で周囲を驚かせたと聞いたけど」

「! よく知ってるんすね。……でも、あれとは違うと思います。あんなどうしょうもない、どこにもぶつけられない、八つ当たりのような感じじゃなくて。この間のはもっと必死で──いや必死なのは一緒だけど、なんて言うか……自分のことじゃなくて、相手のためにどうにかしたいって言う感じでしたから」

「ふうん。六月の時は、彼女に感情をぶつけるような謂れはないと少なくともセオは思っていて、それでもぶつけざるを得なかったと。今回はそれとは違って、自分とは違う誰かのために何かを為そうという真剣さがあった、という所かしら?」


 今度は慌てず、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。


「曖昧ですみません。少なくともオレはそう感じました」

「もう少し具体的な台詞や行動を教えてもらって良いかしら?」

「そうっすね……」


 記憶を呼び覚ますかのような遠い目をすると、幼い顔立ちが不思議と大人びたものに映る。

 背後をまた、見知らぬ生徒が足早に通り過ぎる。


「六月は、まだあいつ来たばっかりだったけどすぐクラスに馴染んでて、めちゃイイ奴って皆思ってて……それが久々に登校した、ほぼ初対面の女子に急に飛び掛かったから皆びっくりしたんすよ。流石に胸倉掴むまではしなかったけど、高坂の両肩掴んで、顔覗き込んで『何故だ』って、『違う、どうして』って泣きそうな顔で」


 彼は一旦言葉を止めると、僅かに苦笑した。まるでそれ以外の表情を思い付かなかったとでも言うように。

 わたしはふと眉を顰める。


「結局オレ達でセオ止めたんですけど、あいつ呆然としちゃって抱えてやらないと立つことすらできなくなってて。まるで自分が必死に積み上げてきた何かが壊れちゃったかのような。……でもこの間のはそうじゃない。」


 そして真剣な表情をわたしに向ける。


「『何を隠してるんだ』って、『自分を見てくれ』って。高坂の名前も出てたんで痴話喧嘩かなとも思ったんです。でも違う。『()()()()()()()()()()()()()()。どうにかしなきゃ』って。セオ、めちゃめちゃ青い顔して言ってたんで」

「──ちょっと待って! 一旦待って! 色々整理したいから少しだけ待って」


 食い違いに気付き、慌てて彼の言を止める。

 わたしは右の掌を少年に向け、左手の指先を額に当てた。


「高坂美琴と衝突したのは六月よね?」

「はい」


 突然遮られたことに気を悪くした様子も見せず少年は答えた。そのきょとんとした表情を可愛いと愛でる余裕は、今のわたしにはない。


「その時『来たばかり』って、どういうこと? セオがどこから来たって?」


 彼はぱちくりと瞬いた後、ああと納得したように頷いた。


「もしかして知らなかったんすか? セオは県立からの転校生っすよ。六月っていう中途半端な時期に来たんでけっこー噂になったと思うんですけど」


 知らなかった。紗枝ちゃん(サポートキャラ)から基本情報はあらかた入手したと思っていたのに。

 わたしは舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、更に質問を重ねる。


「変な時期に転校してきた理由は?」

「さあ。噂では誰かを追ってきたとか、失恋相手を諦められなかったとか聞いてますけど、本人に聞いたことないんで」


 気になることがもう一つ。


「最近セオがよく話していたのは高坂美琴ではなく、彼女以外の女生徒(・・・・・・・・)なのね?」

「そうっす」

「二人は高坂美琴のことを話していた……それは、一体誰なの?」


 ともすれば尋問のようにも捉えかねない鋭い問いかけに、少年は気負う様子もなく答えようとして、中途半端に開きかけた口を止める。そして両手を制服のポケットに入れてから少しだけばつが悪そうに笑った。

 わたしを通り越した彼の視線を追う。


「──三年の一条雅センパイっす」


 わたしの背後、陽光のかかる廊下の白壁に凭れてセオが笑顔で立っていた。

 セオと視線が絡む。彼との間にそれほど距離はないのに、見えない壁がわたし達の間を隔てているかのように、彼から伝わるものはない。

 わたしはそっと目を伏せると、身を翻した。どこからか吹き込んだ風が微かにわたしのスカートを揺らす。

 セオに引き留められることはなかった。


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