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20話

 木村セオが死んだ。

 その事実をもっと婉曲的な表現で告げる連絡が学校から届いた時の俺の思考は、一言で言うと「マジか」だった。

 手に収まったシルバーの端末には、学校からの臨時休校を知らせるメッセージが表示されている。直接表記はされていないものの、前後の文脈から察するに他殺だろうと思わせるそれは、しかしそれ以上の詳しい情報を一切伝えてくれない。

 すぐさま端末を操作し、ネットワークに繋ごうとして舌打ちした。『out of signal area』圏外だ。仕方なく藤堂さんの連絡先からメッセージを送る。これで圏内になった時に自動的に藤堂さんに届くはずだ。

 次にキルと端末を手に玄関を出ると、すぐに目の前にキルが表示させた画面が展開された。


『どこへ行くきるか?』


 並ぶアイコンにざっと目を走らせる。商店街、図書館、アミューズメントスポット、公園、それらに比べると少し離れた位置にあるキャラクターアイコンはやや暗い。


「キル、木村セオの家に行きたい」

『残念ながらプレイヤーはエクストラモードきる。対象の家に赴くことはできないですきる』

「一応聞くが、俺がこのまま勝手に木村の家に向かおうとしたらどうなる」

『目的地に辿り着けず、ターンが消費されるきる』


 俺は頭を掻いた後、溜め息をついた。ある程度予想していたとは言え、今の俺は攻略に関わる行動は一切できないようだ。殺人事件という今までと違う要素(ファクター)があったのだから、制限解除等何らかの動きがあるんじゃないかと期待したんだが。くそっ。

 画面が点滅し、表示が変わった。藤堂さんからの返信が届いたようだ。俺は画面に手を滑らせメッセージを表示させる。


『セオの自宅場所はわかりますので、わたしがこれから行ってきます』

『頼む。その後は攻略を進めてもらえると嬉しい』

『わかりました』


 短い返信メッセージを見た後に画面を閉じようとして、ふと止まる。少し考えた後、もう一度送信画面に戻ると藤堂さんへ送った。


『殺人犯に、くれぐれも気を付けて』






 学園からも程近い図書館に俺はやって来た。毛並みの良い黄褐色のカーペットにウォールナット素材の本棚がずらりと立ち並ぶそこは、蔵書量も多いが何より専門書の数が半端なく、利用者は比較的年齢層が高めだ。

 それらの数々には目もくれず、まずはネットワークに繋がっている端末を目指したものの、


「申し訳ありません。只今メンテナンス中でご利用ができません」


と窓口の女性に謝られた。もうここまで来るとキルに聞くまでもない。個人端末も圏外、ここでもダメとなると、ネットから木村の事件情報を得るのは諦めた方がいいだろう。ちなみに藤堂さんとメッセージをやり取りした後すぐにネットワークに繋ごうとしたが、またもや無情な英文字の壁に阻まれた。エクストラモードではネットワーク検索不可と認識していた方が無難だろう。

 俺はニュースペーパーの束に向かう。端末で簡単に情報を入手できる世の中だが、紙への根強い人気は未だに一定数ある。こういった場所や役所のような公共施設には大抵置かれている。

 正直望み薄かとは思ったが、本日発行のペーパーはあったので数あるそれらを一枚一枚めくる。地道な調査は捜査の基本だから苦にはならない。

 ミステリーゲームで操作部分を面倒がるユーザーが一定数いるのも当然理解している。ゲームを企画する側としては調査パートをどう楽しませるかに頭をひねるが、俺はそうやって収集した情報や知識の中から必要な物を取捨選択して論理を組み立てるのは推理物の醍醐味と捉える。

 それよりこういった情報全てを紙で保存する時代があったことを知った時は驚いた。知りたい情報を検索することもできないし、なによりリアルでこんなに薄い物ばかり触れていたら、指先が擦り切れるんじゃないか。昔の人間は皮が厚かったのか?

 やや集中が途切れかけていたその時、それは目に入った。だが、


「たっかむらー」

「うわっ!!」


突然背後に衝撃が届いて目の前が暗くなる。次いでふわりと漂ってくる香り。これは


「清水!?」

「あったりー♪」


機嫌の良さそうな声と同時に、視界が明るくなった。どうやら両目を手でふさがれていたようだ。振り返ると、カジュアルな私服姿の清水が笑顔で立っている。


「突然驚かせるな。何でこんな所にいるんだ?」


 清水は悪戯っぽく笑って人差し指を口元にあてた。


「鷹村、図書館ではしーだよ。お喋りするなら外へ出よ?」


 邪魔するな誰のせいだと言い返したい所だが、確かに少し騒ぎすぎたのは確かだ。周囲の視線が痛い。俺はターンの残り時間が僅かなことを確認すると、先程目にしたペーパー部分を端末に記録させて立ち上がった。


「わかった。外へ出よう」






 結局そのまま休日午前のターンは終わり、今更図書館に戻る気にもなれず俺は商店街にやってきた。何故か清水も付いてくる。


「清水、お前何でついてくるんだ?」

「いいじゃんいいじゃん、たまには女の子と一緒の休日を楽しみなよ」


 折角殺人事件なんてイベントが発生したのだ。一人で色々調査したい俺にとって、正直清水は邪魔でしかない。しかし今までも休日訪れた先で攻略キャラに会うことはあったが、場所を変えても付いてこられるのは初めてで若干戸惑う。やはり何か変化が起きているのだろうか。

 店先には、日本であまり栽培されないカボチャやウィッチドールが随所に飾られていて通りを華やかに彩っている。この先でハロウィンイベントでもあるのか、道行く人々も奇抜な恰好をしている者がちらほら見える。

 さてどこへ行くか。清水を適当にあしらいながら俺は考える。ここから更に向かう場所を選択する必要があるのだが、木村の情報を探るならどこへ行くのが良いか、美琴の件も残ってはいるが……。


「ねえ鷹村、お腹すかない?」


 まあ、まずは飯だな。






 適当に買ったラップサンドを食いながら通りを歩いていると、見知った顔を見つけた。細身で一見ファッションモデルのような上背のある洒落た男と、未完成ながらも引き締まった筋肉質な体つきをした男子生徒だ。

 数学教師の鏡圭司と、藤堂さんのクラスメイトの立木悠生の二人が、スポーツ用品店の入口の前で対峙している。遠くて声は聞こえないが、様子からすると鏡の言葉に対し立木があしらおうとしているがうまくいかず、衝突しているという感じか。


「あ。鏡先生じゃん。おーい」


 清水の遠慮のない呼び声に二人が振り向いた。鏡が俺達を認めて驚いた一瞬の隙に、立木はするりと身を翻してしまう。


「あれ、四組のヤツじゃない」

「逃げられましたね先生」


 揶揄しながら近付くと鏡は苦笑した。


「先生のお説教なんて君達にとってはうるさいだけでしょうから仕方ないです。ところで君達はデートですか?」

「違います」

「はい。いいでしょー」


 鏡の視線が痛い。いや本当に違うぞ。デートなんて、偶然会った暇人がただ引っ付いてくるものじゃないだろ? これは単なる同伴だ付き纏いだ。


「仲良きことは素晴らしいことですが、皆さんには原則自宅待機という連絡が行っていたはずですよー。二人とも今日はすぐに帰りなさい」


 さっさと退散しようと思っていた俺は、その言葉で思い直した。これは情報を得る良い機会かもしれない。


「先生、その自宅待機ですが、連絡には水曜までとなっていました。水曜までに何か変わる保証があるんでしょうか」

「僕はしがない一教師なので、詳しいことは何も言えません。ただ皆さんを長期間拘束する訳にもいきませんので、何らかの対策を立てた上での解除となるでしょう」

「ねー鏡先生ー、何で外に出ちゃダメなの?」


 清水の無邪気な声に鏡が動きを止める。鏡の視線が俺の腕に張り付いた清水に向けられると、彼女が笑った。


「あのさー。あたし達だってバカじゃないんだから、あんな連絡あった後に自宅待機とか言われれば、そりゃ生徒に言えないよーな問題でもあるんだろうなって思うよ? でもなぁんも言わずにただ待ってろって言われたって、大人しく言う通りになんてできないよ。わかるでしょ?」


 流石だ清水。大人の事情やら何やらについ頭が行ってしまう俺には口にできない言葉だ。

 鏡が僅かに目を細める。


「頑なな反発心だけで大人の指示に逆らうような子供っぽさは、今はいらないんですけどねえ」

「だから理由を聞いてるんじゃん。あたし達が知らされたことなんて、同じ学校の一年生が死んじゃったらしいってことだけだよ。それで自宅待機? 意味わからないんだけど」

「全てを把握しきれなくても、とにかく言う通りに行動することが大切ですよ」

「えーそれって『つべこべ言わずに黙って従え』って聞こえるー。感じ悪ぅい」

「貴女は嫌だ嫌だばかりですねえ。では清水さん、貴女は今何をしたいんですか?」


 今正に口を挟もうとしていた俺は、吐息と一緒に漏れかけた言葉を飲み込んだ。話の方向性が微妙に変わった。

 含み笑いが鼓膜を震わせ、俺の腕を掴む力が強まる。重い。


「あたしはいつも通り、鷹村と一緒に楽しいことができればいいよ?」

「楽しいことねえ。では鷹村君、貴方は?」


 首を竦めた鏡に突然水を向けられて驚く。振り仰いだ俺の視線は、上方から向けられる涼やかでまっすぐな視線とぶつかる。何だ?


「清水さんは君と一緒にいられれば良いとおっしゃっています。僕もキーパーソンは君だと思っています。|始まりも終わりも君次第だ《・・・・・・・・・・・・》。鷹村君、今この現状を目の前にして、君はこれからどうするつもりですか?」


 俺は瞠目した。鏡の言葉は表面的に捉えるなら今日一日の行動を聞いているに過ぎない。だがこれはもしかしたら。ゲームという特殊環境における何らかの重要な選択肢だとしたら。


「先生、俺は何でもかんでも反発しようっていう気はない。だけど大人しく状況が変わるのを待っている気もない。正直今の俺に何ができるかわからんし、どこがゴールなのかもわかっていないが、少なくとも気になることがあるし興味も持っている。だから動ける限り俺はやる。先生に何か言われても、例え失敗したとしても、俺はコンティニューし続けるつもりだ」


 仕事だしな、という言葉は胸の奥にしまい鏡を見返す。俺は適切な言葉を選べただろうか。ゲームには正答がある。正答とプログラムに認識された場合、ルートが開けたり何らかのヒントを得られたりする。これがその一つだとすれば鏡の反応が気になる。

 しばらく無言で俺を見詰めていた鏡が、ややして小さく溜息を吐いた。


「……そうですか。では一つだけ先生から助言しましょう。学園に戻りなさい。君達はまだ不完全です。全てを得ていないし出しきってもいない。だからあらゆる意味で一面しか見れていない。心は心でもってでしか開けない。次なるステージへの鍵は君達自身が持っているのです」

「待ってくれ先生。抽象的すぎる。それはどういう──」

「失礼。少し宜しいですかね」


 俺達の会話を遮る形で男の声が割り込んできて、俺は舌打ちする。もう少し詳細なヒントを得たかったのに今度は何だ。

 見れば三十代半ばくらいのがっしりとした体躯を持つ男と、二十代半ばくらいのひょろりとした男が並び、こちらを伺っていた。どことなく闘い慣れた土佐犬と狩猟初心者のバセンジー(中型犬)を想起させる二人組だ。


「お話中すみませんな。君達はKK学園の学生さんとお見受けする。少しお話を伺いたいんだが」


 土佐犬がゆさゆさと体を揺らしながら片手を上げた。好意的な態度を示しているのかもしれないが、ぎょろりと光る目が一挙一動を抜け目なく観察しているようで落ち着かない。


「不躾ですねえ。ご用件は僕が伺いますよ」


 鏡が土佐犬と俺達の間に立つように、やや斜め前に出た。土佐犬の視線が長身の鏡に向けられ、俺は少しだけ息を吐く。妙に圧を感じる相手だが、もしやこいつらは。


「君は彼らとどういう関係かな」

「教師と生徒です。貴方がたは」

「ああ失礼」


 土佐犬と全く同時に背後に立つバセンジーも姿勢を改める。


「警視庁捜査一課の木門と申します。木村セオ殺人事件についてお話を伺いたい」


 ついに警察のお出ましか。新たな局面に俺は軽い高揚感を抱いたが、その耳に無情にも聞きなれた声が届いた。



『プレイヤー藤堂円架、陥落(かんらく)しました』



 賑やかな街並みが、鏡の姿が薄くなる。

 街の喧噪が、警察コンビと鏡の話し声が遠くなる。


 ──っておい! このタイミングで冗談だろ!?


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