11話
※ ※ ※
「鷹村さん、おはようございます」
「ああ。おはよう藤堂さん」
「今日は初っ端からセオラブエンド行くんでよろしくお願いします」
「ああわかった。協力するよ。セオルートのライバルキャラは誰だ?」
「え? 協力してくださるんですか? ホントに?」
「昨日醜態晒してしまったことだしな。効率的に進めてさっさとエンディング数をこなしたい。で誰だ?」
「はあ。では高坂美琴をお願いします」
「……この流れだとそんな気がうっすらしていたが。わかった。やる」
「意地になってません?」
「大丈夫だ。やる。まだ彼女のエンディングは全然網羅していないから丁度いい」
「むしろラッキーと」
「あのな藤堂さん! 誤解のないようにもう一度言っておくが、俺はああいうタイプは好みじゃないからな!?」
「わかってますよー。一条雅タイプなんですよね。彼女の友達に聞きこみしたり、部活を毎日のように覗きに行ったりしてましたもんね」
「ぐっ。それは……」
「女子高生の生足拝める絶好のちゃーんす!」
「違う! ミステリーAVGのくせで、つい探偵のような行動をだな」
「そういや探偵って疑った人間に対してとことんストーキングしますもんね。わたしあれ、リアルでやったら捕まるんじゃないかと常々思ってました」
「リアルではやらないからな! そこだけは本っ当に理解してくれ!」
「はい。わたしだってRPGとリアルを混同するようなことはありません。武器持って人襲ったらそれこそ犯罪者ですから」
「だろう? ……一応聞くが、このゲームで人の机漁ったりしてないよな?」
「ああ~」
「したのか!?」
「鷹村さん知ってます? ゲーム内でプレイヤーが強い衝撃を受けると一瞬痺れて、ケガ判定されるとその場所がうまく動かせなくなるんですよ。更に一定以上の強い衝撃を受けると気絶するんです。どうやら死ぬことはないみたいですが、気絶している間も時間は流れるんで、そこのリスクは注意した方が良いかと」
「気ぜっ──死ッ──はぁ!?!?」
「ちなみに人の机を漁っても、見つかりさえしなければ大丈夫。ついでに教師から逃げ切ればサボってもペナルティは加算されません。攻撃されると気絶するのはNPCも一緒みたいなんでめちゃくちゃ難易度高いですけどやってみる価値はありですねー」
「ちょっと待て。本当に待て。藤堂さんは俺と一緒のゲームやってるんだよな? 知らない内に格闘ゲームとかやってないよな?」
「嫌だなあ。何頓珍漢なこと言い出しているんですか鷹村さん。まだ昨日のショック残ってたりします?」
「そんなものは今ので完全に吹っ飛んだ。全然感謝する気にならないが」
「あらそれは良かったです。では今日も一日頑張りましょうね」
「あ。おい! ~~色々納得いかん!!」
キラキラと光る水面が眩しい。そして公然と輝く肌色も眩しい。ああ高校生活って素晴らしい。
どこかのクラスが水泳授業だったらしい。授業の後の休み時間は、次の授業に差支えなければという条件で自由遊泳となる。金網越しに少年少女の姿が見える。ふりふりと踊る大臀筋、まだ瑞々しい上腕二頭筋、眼福としか言えないありがとうございます。
「あ。まどか! こっちこっちー」
ちょうどプールからあがった少年が、わたしに気付き笑顔で駆け寄ってきた。セオだ。ということはこれは一年生か。道理でまだ幼い筋肉のつき具合だと思ったわ。
「セオ、気持ちよさそうね。でもそろそろ着替えた方がいいんじゃない?」
笑って言うと、濡れた髪の毛を光らせた彼が笑顔で頷いた。左腕につけられた色鮮やかなミサンガからぽたりと滴が落ちる。
「うん! もう終了。まどかも一緒に泳げればいいのに」
「水泳は学年別だからね。──ってちょっと、セオ濡れるからそれやめて!」
「あはは。ゴメンつい。……でもホントまどかと二人で泳ぎに行きたいな」
金網に凭れたセオが掠れた声で呟く。その言葉より間近で見るセオの濡れた肌に気を取られていると、横から「うわっ!」という叫び声が聞こえた。うん。すごく聞いたことがある声だ。
「おいやめろ濡れるわ!」
「理人兄ぃ~! 何焦ってるの可愛い! わたしのボディに魅力を感じてるんだね!? やったー!」
「阿保! 濡れた水着で飛び掛かられれば普通焦るわ! いいからさっさと離せ濡れるっ!!」
「暑いからちょうどいいでしょ? それともわたしにくっつかれて体が熱くなっちゃった? きゃー悩殺成功♪」
「いいから離せ美琴ぉぉぉぉぉぉ!!!!」
わたしはつい吹き出してしまった。高坂美琴もセオと同様に水泳授業だったのだろう。ちょうど着替えに戻る所で、タイミングよく鷹村さんに出くわしたようだ。水着姿の女子高生が、見た目は高校生、中身二十代後半の彼に抱きついている。恋愛ゲームって何かすごい。制服がめちゃくちゃ濡れそうだけど、こんなオイシイ状況リアルでは滅多にないことだろうから、鷹村さんも楽しんでほしいものだ。
「何かまどか、すごくいい笑顔。というか悪い笑顔?」
「くくく……そんなことないわよセオ。ふふっふふふ」
「いいな。僕もまどかに抱きつきたい」
セオの言葉は、全力でスルーしよう。……びしょ濡れじゃない時にお願いできるかしら。
「うりちゃん、セオの情報を教えて」
『了解うり~』
休み時間に空き教室でサポーターを呼び出し言うと、男子生徒のアイコンが並ぶ画面が写し出された。立木悠生、木村セオ、秋月遼、鏡圭司、そして鷹村理人。わたしはセオの可愛らしいアイコンの隣に表示される数字を確認する。数字は百。ラブエンドへの準備は万端だ。
「うりちゃん、エンディングリストを見せて」
『了解うり~』
猪姿のマスコットが、画面に突進する。可愛い。刀のキルちゃんも可愛いけど、やっぱりうちの子が一番ね。人型も興味あるけど、しばらくはこの形態を堪能したいわ。
セオの個別エンドは恐らく五つ。その内ノーマル、友達、ストーカーの三つは制覇している。今回ラブエンドをクリアすれば、残りは一つになるのだが。
「これ未だに条件が見えないのよね。セオの好感度だけだったらこの四つで網羅できちゃうし、個別エンドで他にどんな要素が絡んでくるのやら。うりちゃん、何かヒントくれたりしない?」
『申し訳ないうり。プレイヤーさんが知らない情報はわからないうり』
「そうよねー」
実はこのゲームには難易度というものがある。高中低の三パターン、そして今わたし達がやっているやりこみモードの計四パターンだ。通常ゲーム開始時に選択可能だが、テストプレイだとどうしても最高難易度に挑まされることが多い。
「難易度低だったら、サポーターがもう少しヒントをくれるのかしらね」
『ごめんなさいうり~』
「あ。大丈夫よ。うりちゃんのせいじゃないし」
どちらにしろ木村セオのラブエンドは目の前だ。さっさとクリアしてしまおう。好感度百に到達したセオがどういう攻撃をしてくるのかわからないのが正直少しだけ怖い気もするし、それを鷹村さんに見られるのは全くもって嬉しくないが、せいぜい情けない姿だけは見られないように気を引き締めないと。
「さて。行きますか」
わたしはうりちゃんを鞄に引っ掛け、空き教室を後にした。
廊下では休み時間を堪能する少年少女の姿があふれ、笑いあう少年達がわたしの目の前を走り去っていった。