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10話

「ったく。わたしに協力を求めておきながら、何をやってるんだって感じよね。まあわたしも子供じゃないんだし、理解はしてますけど。でもねー」


 二日目ダイブして早々鷹村さんと栗城先生の濡れ場に出くわしてしまった後、わたしはたまたま廊下を歩いていた立木悠生を捕まえて空き教室に連れ込んだ。

 そのまま机に突っ伏して、居心地悪そうに立つ彼にぐじぐじ愚痴り続けて早……どのくらいだろう?

 彼には悪いが、余計な慰めも文句も言わず、干渉してくることもなく、しかし立ち去りもしないでいてくれる彼のスタンスは愚痴るのに都合が……んにゃ、とても居心地がいいのだ。


「ホントはねー。キャー高校生男児カワイイ腕の筋肉かぶりつきたい細い腰回り抱きつきたいーって欲望のまま暴れ回りたい自分もいるのよ」


 あ。少したじろいだ気配がした。それでもわたしは気にせず続ける。


「でもわたしは理性ある大人ですし? いくら上から理不尽な叱責や下から自由な期待を受けても頑張って今の地位を確立してきたことを考えれば、ちゃんと自分を制してやることやれますし、このくらいの困難なんて大したことじゃないんですけどねー」


 いや、このくらい困難ですらない。鷹村さんの独断暴走なんて予測可能な出来事の一つだ。単にわたしの心の準備が足りなかっただけ。


「でもそーやって大変な日々を乗り越えさあ今日も頑張るぞって時に、ああやって出鼻挫かれるとねー。心が折れるって言うか」

「……そんなに大変なのか」

「え?」


 五周目にして初めて返ってきた小さな反応に、わたしは驚いて彼の方を見る。今まで誰をターゲットにしてても、何だかんだ言って立木悠生には話しかけていたけれど、ほぼ個人的な反応がなかったのだ。こちらの反応が遅れもする。

 彼は高校生にしてはがたいが良く、人に威圧感を与えがちだ。加えて目線が鋭いため、クラスの一部女子には恐れられていると聞く。そんな彼に真っ直ぐな視線を向けられ、わたしは笑ってしまった。本当に、こんなに真っ直ぐな子のどこを怖がると言うんだろう。


「そうね。リアルはそりゃ大変なこといっぱいよ。でも貴方達だって自分達のリアルで頑張ってるでしょ? 結局誰でもどこでも一緒なのよ。わかってる。単なる憂さ晴らし」


 少しだけ困惑の表情を浮かべた立木悠生に軽く笑って立ち上がる。うん。元気出た。


「さーて。鷹村さんは堕ちちゃったけど、勿体ないからわたしはこのままクリアしちゃうかー。頑張ってきまーす」


 そしてひらりと手を振る。


「話聞いてくれてありがと。じゃあね悠生」






「藤堂さん、おはよう」

「おはようございます鷹村さん……と高坂さん」


 五周目が終わり六周目の始まりの朝、いつもの校門前、いつもの場所で鷹村さんと会う。そしていつものように彼の腕に引っ付いている高坂美琴をちらりと見ると、鷹村さんは目に見えてたじろいだ。別にそこまでビビらなくても怒ってないのに。


「えーと、藤堂さんはあの後どう、したんだ?」

「あの後って、鷹村さんがご自分で協力要請された一条先輩でなく、何故か養護教諭の先生を襲っている所に出くわした後のことですか? 鷹村さんが先生に堕ちた後のことですよね?」

「う。。」


 前言撤回。まだほんの少しだけ苛つきが残っているようだ。わたしは溜め息と共に感情の残滓を吐き出す。


「そのままセオとお友達になりましたよ。前の一段階上のルートでしたが、数値的にはもう一つ上でもおかしくないレベルだったかと」

「いくつだったんだ?」

「最終的には恐らく八十前後です」


 今まで気まずげだった鷹村さんの表情が真剣なものになる。ズルい。これは格好いいわ。普段チャラい雰囲気が前面に出てるから、こういうギャップにヤられる女子って多いのよね。


「エンディングナンバーから予想される個別エンドが五、好感度最大値が百だから、確かにその値なら上から二番目くらいでもおかしくない。でも今まで最低値でも下から二番目のエンドだったことを考えると、まだ見えていない個別パターンがあるということか」


 並んで歩きながら肩を竦める。


「総エンディング数から考えるに、個別とは別に二桁くらい特殊パターンがありそうですね。とっとと個別片付けないと、いつまでたってもリアルに帰れませんよ」

「俺は二週で終わらせて帰るつもりでいる」

「であれば、遊んだり重複させている余裕はないですね」

「わかっている。今回は失敗しない」

「じゃあわたしは引き続きセオでいいですね。感触的に後二、三回でマックス到達しそうですよ」

「問題ない。頼む」


 そのまま正門を潜ろうとした所、不安気な細い声に引き止められた。


「ねえ理人兄、何のことを話してるの? 襲ったって……嘘だよね。セオってわたしのクラスの木村セオのこと? エンディングとか好感度とか二人は何を言ってるの……?」


 振り向くと、困惑の表情を浮かべた少女が、縋るように背の高い鷹村さんを見上げている。確かに彼女には何のことかわからないだろう。

 ただ可哀想だけどNPC(・・・)が何をどう捉えようとも、攻略には影響ない。

 鷹村さんが微笑む。


「ああ。お前が不安に思うようなことは何もないよ美琴。気にするな大丈夫だ」


 頭に手を乗せ安心させるように告げた言葉は、結局少女の顔を晴らすことはできなかった。








 ※ ※ ※

 頬に影を落とす長い睫毛、すっきり通った鼻筋、濡れたように艶やかな薄桃色の唇。

 俺は目の前に立つ一条雅のさらりとした黒髪に手を這わせ、どこかアイリスの花を思わせる耳にかけてやった。

 一条雅の目は伏せられたまま、動かない。ただ待っている。俺は彼女の耳に手をかけたまま、ゆっくりと顔を寄せた。

 薄い唇が僅かに開き、漏れ出た細い吐息が俺の唇を撫でる。

 触れた唇は仄かに温かく、柔らかかった。



「ふふ。鷹村君、大好きよ」


 夕暮れの茜差す教室で、俺を見上げる一条雅が赤く頬を染めてはにかんだように笑う。俺の左手に自らの右手を合わせた彼女は、そのまま俺の手に頬をすり寄せた。


「大きい手。温かい」

「……そうか?」

「うん。私ね。初めて見た時から鷹村君の手好きだなーって思ってたの。テニスやってたって聞いて、ああやっぱりって思っちゃった」

「……スポーツやっている男が好きなのか?」

「そういう訳じゃないよ。鷹村君の手が好きなだけ」


 彼女はするりと俺に体を寄せた。爽やかで甘い香りと温かな柔らかさが俺を誘う。

 幸せそうに彼女が笑う。


「私の高校生活は後一年もないけど、一緒に楽しい毎日を重ねていこうね。私、鷹村君のこと精一杯幸せにするわ」

「そんなに頑張らなくていい」


 苦笑して言うと、顔を上げた彼女が驚いたように目を見開き、ふわりと笑った。


「そうね。どんな鷹村君だろうと私は大好きだもの。鷹村君の目を見て、鷹村君の声を聞いて、こうしてただ一緒にいるだけで私は幸せ……鷹村君も同じように感じてくれる?」

「一緒にいるだけで幸せ、か……」


 舌の上で転がした言葉に胸の奥がちくりと痛みを訴えた時、木戸を叩く音が鳴り響いた。


「すみません。そろそろ宜しいですかね?」


 一条雅が小さな悲鳴をあげて俺から離れる。教室の入口に立っていたのは藤堂さんだ。

 藤堂さんは腕を組むと、感情の読めない綺麗な笑顔を浮かべた。


「仲睦まじい所をお邪魔するのは本当に心苦しいのですが、そろそろ授業になりますよ」

「嫌だ私気付かなくて。教えてくれてありがとう。鷹村君、また後でね」

「……ああ」


 一条雅が笑顔で去っていく。その後ろ姿が消えると同時に、藤堂さんがあまりやる気の感じられない拍手をした。


「やーっとラブエンド到達しましたね鷹村さんおめでとうございます。クリア後にイチャつきエンディングありで、しかもそこにもう一人のプレイヤーが居合わせる仕様になってるなんて思ってもみませんでしたけどっ! あー居心地悪かった!」


 流れるように吐き出した彼女に、不思議に思い目を向ける。


「そうなのか?」


 藤堂さんが眉を上げる。


「居合わせが仕様かってことですか? わかりませんけど、いつものアナウンスが流れたと思ったら急に鷹村さんと一条雅の甘ったるい会話が聞こえてくるようになったんで、音の出所まで来ざるを得なかったんです。そう考えるとまあ仕様でしょうね。普通他人のイチャイチャ会話なんてずっと聞いていたくないでしょうし!」

「そうか。次は俺もそうなるかな」

「セオルートは攻略方法掴んだんで、次ラブエンド到達させます。覚悟しておいて下さいね」

「ああ」


 藤堂さんは俺をまじまじと見詰めた後、大きく溜め息を吐いた。


「で。鷹村さんは何をそんなに落ち込んでるんですか?」

「俺が落ち込んでいるように見えるか?」

「ええ。わかりやすく」

「そうか」


 俺は、落ち込んでいるのか。答えず窓の外に目を向けると、空の色が薄くなってきているのに気付いた。廊下のざわめきも減り始めている。

 そろそろエクストラモードが終了するのだろう。


「……一条雅は、誰かに似てたんですか?」


 周囲の光景が色を失い始める頃、静かな声音で藤堂さんが言った。

 口にするべきか一瞬迷って、俺はもう一度廊下の向こうに目を向けた。


「あいつに似てると思ったんだよな。でもそれは見た目だけだ。わかってた。なのに俺はショックを受けてる、のか。それなら……」


 人の気配が消える。彼女の痕跡が消える。

 全てが白で埋め尽くされる。


「結局何だかんだ言いつつ俺は、一条雅を通して、あいつとやり直ししている気分になっていたのかもしれない……無様だな」

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