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死弾のロゼ 〜VRロボゲーでランク1位の少女は、運営からチーター退治の依頼を引き受ける。〜

作者: 山々連次郎

 ゲームにおいてその楽しみ方は人それぞれである。誰よりも強くあろうとする者、自分の理想を追い求める者、誰かとの繋がりを求める者、ただ楽しく遊ぶことだけ考えている者。ゲームの自由度が高ければ高いほど、その楽しみ方は指数的に増加するだろう。

 では、私にとってゲームとはなにか。その問いの答えは“人生”そのものかもしれない。


 0と1で構築された電子世界。それこそが私――零ヶ崎アンジュの唯一の居場所だった。幼い頃からフルダイブVRの名を冠したゲームを幾多と攻略し、気がつけば10年と少しの年月が過ぎ去っていた。そして、数日前に女子高生などという立派な社会的称号を手に入れたにもかかわらず、今日も仮想空間の中で電子遊戯にふけっている。いやはや、習慣とはときに恐ろしいものだ。


『あ、次の角を右に』

「あいさー」


 別に現実から逃げているわけではない。ただ単純に、現実世界は私にとって少しばかり生きづらい世界であり、電子世界こそ私が私らしく生きられる快適な世界だったというだけだ。人は太古から“快適”を求めて生活してきたわけだから、私の行動もそれに準じて考えてみれば、そこまで大きな間違いでもないはずなのだ。


『正面の隔壁は強行突破でおっけー』

「らじゃー」


 とはいえ現実では引きこもりの負け組扱い、ゲーム世界ではヒキニート廃人ゲーマーというロクでもない扱いを受ければ、自分では納得して選んだ道でもなぜか邪道を進んでいるような錯覚に陥る。


『右前方から敵2機が接近中。ちょうど角でぶつかるよ』

「がってんしょうち」

『それは流石に古すぎるでしょ……』


 だから私は考えるのをやめた。他人の評価など気にせず、やりたいように生き、やりたいことをする。誰かに後ろ指を指されようとも関係ない。むしろ、そいつらは私より後ろで生きているということだ。ならば、前を進む私に後ろめたいことなど何もなく、ただひたすらに胸を張って生きてゆこうではないか。そんな決意を胸中に秘めて、私はこの戦場ゲームを駆けていくのだ。人型ロボット兵器《エグザギア》とともに――。


『3,2,1……会敵エンゲージ!』


 その声と同時に右前方の曲がり角から2機のエグザギアが姿を晒す。両エグザギアともに大型のアサルトライフルを装備していた。それも高レアリティの、滅多にお目にかかれない代物を抱えていた。


 友人オペレータから事前に聞かされていたため、先手は私がとった。数的不利もあるため、できることなら敵の攻撃準備が整う前に片方だけでも落としたいところだ。


『侵入者ッ! もうこんなところまで!』


 という敵の狼狽を聞きながら、私は操縦桿のトリガーを絞る。すると、自機が手にしていたハンドガンの銃口から弾丸が勢いよく飛び出した。


 狙った攻撃箇所は胸部の排気ダクト。低威力のハンドガンで敵を仕留めるには、弱点を狙うのが手っ取り早いからだ。例えばダクトの近辺は装甲が薄く、ダメージが通りやすい上に跳弾の心配もしなくていい。それにジェネレータ付近の内部回路をズタズタに引き裂かれれば、どんな機械であっても動きが止まるため、ひと目見たときから、そのポイントに照準を合わせていたのだ。


 その目論見通り、弾は寸分違わず排気ダクトの中へと侵攻し、敵は各部からスパークを散らしながら膝をついた。


 続いて2機目に照準を合わせる。その一方で敵はというと、膝をついたエグザギアが邪魔となってアサルトライフルを構えるのが遅れているようだった。


 敵の武器は確かに高火力のレア武器だが、それは適切に扱えた場合の話であって、横幅10メートルもない細い通路で扱う武器じゃない。それこそ、小型携行のショットガンやハンドキャノンの類を持ってこれば、もう少し善戦できただろうに。


 私は再度トリガーを絞り、数発の弾丸をお見舞いする。そして、排気ダクトや各関節部にダメージを与えたことで2機目も防衛の責務を果たすことなく、その場で活動を停止した。


『お見事。さすが《死弾のロゼ》と言われるだけあるねぇ』

「いやいや、敵が弱すぎるんだって」


 ロゼというのは私のプレイヤーネームだ。そして、このゲーム《デストラクション・ワールドウォーズ》におけるネームドランカーの一人でもある。戦場に降りれば必ず勝利をもたらす切り札ジョーカー、射撃命中率100%の怪物、そもそも強すぎることからNPCなんじゃないか、などといった有象無象のウワサが囁かれ、今や“死弾”という物騒な二つ名まで付けられている。物騒とはいったものの実の本音では、強者として認識されていることを単純に嬉しく思ってしまうのは、ゲーマーのさがだろうか。


 倒した敵の横を抜けて、友人の指示に従いながら通路のさらに奥へと進んでいくと、ほどなくして大きな隔壁の前に出た。その壁は、これまで私たちを阻んできた薄い隔壁なんかではなく、何か重要な物を守っているかのような、重厚かつ堅牢な造りだった。


「爆薬セット完了。いつでもどうぞ」

『了解。派手に吹っ飛ばすよー』


 だが、これも想定の範囲内。敵基地の最重要区画に無理やり立ち入るのだから、破壊用の爆薬くらい準備済みである。


『――爆破!』


 その声とともに通路の奥から激しい振動と爆発による轟音が伝播する。揺れがおさまってから硝煙の中を進み、爆発源を調べると、そこにはエクザギア1機が通り抜けられるほどの大穴があいていた。


「ソナーに感なし。んじゃ突入しますか」


 部屋の中の索敵を終え、安全を確認したうえで、いよいよ内部へと踏み込む。果たして、これだけ厳重な守りが必要な部屋には何が置かれているのだろうか。できれば面倒ごとは勘弁して欲しい。そんな思いで、広い空間を隅々まで見渡していく。


 四方を囲む金属の壁。天井は遥か高くにあるのか、暗くて全貌が見えない。床には光の筋がいくつも描かれ、部屋の奥に置かれた大きな機械に向かって流れていた。


「ん、あれは」


 その機械の名は《機体パーツ製造機》。ごく普通の製造設備だが、一見しただけで、その設備に隠された違和感を把握することができた。


 製造ラインにずらりと並ぶレア武器――大型アサルトライフル《BK9》。本来、製造不可の武器が並ぶその様子はまさに異様とも取れる光景だったからだ。


「ラン、不正の証拠を確認した。そっちの映像でも確認できる?」

『あー、これは間違いなくBK9の不正製造だね。確かに強い武器だけど、チート使ってまで量産したいかねぇ。ビルダースキル極めれば、もっと良い武器作れるってのに』


 まあ、楽して強くなりたい気持ちはわからなくもない。このゲームにはリアルマネーを注ぎ込むような課金システムは存在しないため、膨大な時間をかけてプレイヤースキルとエクザギアを育てていくしか、強くなる方法はない。しかし、一度エグザギアが大破すれば、全パーツを失うという鬼畜仕様のおかげで、強い機体を作ることすら純粋に難しいのである。


 また、課金とは逆にゲーム内通貨《ダル》をリアルマネーに換金できることから、なるべくダルを使わずに強くなりたいと考えるプレイヤーにとって、簡単に強くなれるチート行為は魅力的に映るものなのかもしれない。とはいえ、いかなる理由があれど不正は不正である。そこに与えられる慈悲はない。


 不正製造のログを保存し、私は目の前にある大きな設備に照準を定める。冷めた眼差しを向けて、操縦桿のトリガーを引き絞ろうとしたその時、友人の慌てた声が無線機から、響いた。


『ッ直上より敵接近! 避けて!』


 反射的にレバーを引き寄せ、機体を後方へと動かす。すると、私が元いた場所に別のエグザギアが勢いよく降ってきた。


 巻き上がった塵の中から黄色い双眸がこちらを睨みつける。これまでの量産機とは一味違う雰囲気を漂わせ、その機体は静かに佇んでいた。


「やっぱそう簡単には終わらないよね」


 口から自然と感想が溢れる。それに応えるよう、敵のパイロットも外部通信を始めた。


『チッ。死弾のロゼが相手とは厄介なことになっちまったな』

「悪かったね、私が相手で。でも、貴方にもう逃げ場はないから。おとなしく投降したほうが良いんじゃない?」

『ふん、運営の犬がなにを偉そうに。お前らみたいなランカーがいるせいで、弱小の俺たちはチートを使うハメになってんだろうが』

「知らないって、そんなの。貴方たちが勝手にバカしただけっしょ」

『格下の奴らのことなんて気にもしてもねぇか。なら、わからせてやるよ。強者の圧倒的な力の前に蹂躙される、弱者の気持ちってヤツをよ』


 明確な殺意とともに、敵は背負っていた二つの大型コンテナを展開し、その中から合計4丁のBK9を覗かせる。サブアームを連結させ肩越しに構えたその武器の照準は、もちろん私に向けられていた。


 少なくとも相手に投降の意思はないらしい。となれば、武力行使でわからせるしかない。


「殺れるもんなら、どうぞご自由に。お得意のチートも使ってさ」

『ああ、言われなくても、ここをお前の墓場にしてやるよ!!』


 私の安い挑発に合わせて、敵のBK9が一斉に火を吹いた。


 高精度のアサルトライフルなだけあって、弾はほとんど散ることなく点線となって迫りくる。流石に全弾回避は不可能のようだ。ある程度の被弾は覚悟しなければならない。


 私はホバーブースターを起動し、左右に機体を振りながら後方に下がった。


 射線が装甲を掠める。弾をなるべく装甲の厚い部分に当て、被弾によるダメージを最小限に抑えて敵との距離をとる。敵が元気なうちは下手に近づくよりも、長期戦を見据えて温存するほうがローリスクで戦えるからだ。


 敵は依然、猛り声をあげながらBK9の連射を続けている。おそらく、私の作戦とは逆に短期決戦で一気にかたをつけるつもりだろう。でなければ、こんな残弾を気にしない戦い方なんて普通はしない。


 BK9の装弾数は30発の10マガジン、発射レートは300発/分。つまり、このまま撃ち続ければちょうど1分で弾切れになる。掃射開始からこの十数秒で受けたダメージがごく僅かであることから、このまま持久戦を続けても特に問題はない。


 いや、待てよ。いくらなんでも愚策すぎないか。敵は不正の証拠を掴んだ私を何としても倒したいはずだ。であれば、もっと利口な戦い方をしてもおかしくない。


 思考はそのまま、10秒が経過する。依然、敵の真意は見えてこない。何かを企んでいる。そんな予感だけが時間の経過とともに大きくなっていく。


 さらに20秒が経過。今すぐにでも攻めに転じたい気持ちだが、それは不安からくる焦り以外の何者でもない。だから、私は懸命にその気持ちを抑え込んだ。


 最後の10秒。敵は必ず何かを仕掛けてくる。全神経を集中させ、敵の動きを待った。


 そして、時はやってくる。


 BK9からの銃声が止んだ。それも発射からちょうど1分の時間で。敵の動きを固唾を飲んで見守る。


 数瞬の駆け引き。しかし、敵に動く気配は一切見られない。新たな武器を取り出す様子もなく、逃げる様子もない。


 まさか、本当に残弾を気にしていなかったのか。いや、そんなはずは――。攻めか、守りか。その判断に一瞬足を止める時間こそが、敵の仕掛けた罠だった。


『へへ、食らいやがれ! クソランカー!』


 敵の声は勝利を確信した咆哮だった。そして、同時に私も敵の企みを完全に理解した。


 これまで気にしていなかった頭上を見ると、暗くてよく見えなかった天井が明るく照らされていた。今ならはっきりと見える。天井に備え付けられた防衛兵器、その砲塔の先端で白く渦巻く光の奔流が。


「なっ――」


 その光は避ける時間を与えることなく、私に向かって放たれた。コクピットモニターが白一色に染まる。戦場に降りてから一度も体験したことのない初めての出来事に、私はほんの少しだけ感情の昂ぶりを感じた。







 奇跡というものの存在を私は信じていない。あるのは偶然か必然のどちらか。しかし、結果がそのどちらであったとしても、他人から見て起こり得ないと思った出来事が起これば、それは奇跡と呼ばれてしまうものだ。


『嘘、だろ……。直撃だったはずなのに、まだ動けるだと……。そんなこと、あり得ん』


 例えば、高出力レーザーを受けてなお、立ち上がろうとする私のエグザギア。この出来事は、実は必然であるが、そのカラクリを一切知らない相手から見れば、まるで奇跡を起こしたかのように見えることだろう。激しく動揺する敵の姿こそが何よりの証明だ。


「……こんなわかりやすい時間稼ぎに引っかかるなんて、私もまだまだみたいだね」


 気を引き締めて、敵にゆっくりと近づいていく。ハンドガンの有効射程に入ってからは、敵の四肢関節部やサブアームに素早く銃弾を放ち、無抵抗状態を作り上げる。


『くっ、なにがどうなってやがる!』

「うーん、特別に教えてあげる。私の機体には、瀕死時に射撃ダメージを無効化するアビリティが載ってるの」

『む、無効化だと? そんなチートアビリティ、聞いたことねぇぞ』

「そりゃ、孤高のビルダー様が作った一点ものだからね。もちろんチートでも何でもないんだけど」


 実際、発動回数が一回だけのくせに積載コストがやたらと重いお荷物アビリティと言っても良い。ただ、今回の件で多少は評価を見直すべきかもしれない。もしこのアビリティがなければ、私も今頃は手塩にかけた愛機を失い、強制転送されたプレイヤーロビーにて発狂の声を上げていたことだろう。


『ははは、つまりなんだぁ? 近接武器を持たねぇ俺に勝ち目はなかったわけか……』


 意気消沈し、片膝をついた敵機に銃口を突きつけて、声を返す。


「そういうこと。でも、貴方の作戦は面白かった。それは誇ってもいいと思うよ」


 外敵からクラン施設を守るための防衛砲を、施設の中に設置しているなんて思いもしなかった。彼はパイロットとしての技量や機体レベルこそ未熟だが、防衛戦などの頭脳が必要になる場面では、充分に活躍できるだけの才を持っているだろう。つまり、心からの称賛だった。


『……ふん。煽りやがって、これだからランカーは嫌いなんだ』


 と言うものの、そこまで嫌っているようにも感じ取れない。むしろ、どこか清々したような、そんな口調のようにも聞こえた。


『…………とっとと殺せよ』

「言われなくても」


 トリガーを3回引く。至近距離で放たれた計3発の弾丸は、胴体のコクピットに風穴を開けた。その後、機体が完全に停止したのを確認してから、私は製造設備にも風穴を開けて踵を返した。


 もうこの施設で動くものは何もない。誰かと遭遇することもない。敵対していたパイロットたちは敗北によって機体を失い、ロビーへと強制送還されたからだ。そんな、静かな通路をただただ引き返していくと、突入時にも通った正面出入口が見えてきた。


『依頼達成、おつかれさーん。いやー今回も大変だったねー』

「…………」

『ちょっとロゼっち聞いてる?ねぇってばー』

「あ、ごめんごめん。聞いてるよ、うん」


 私は、もちろん聞いてなかった。他の事を考えていたからだ。その考え事について、彼女にも意見を聞いてみようと思い、絶対聞いてなかったな、と指摘を続ける友人の言葉を遮った。


「ねぇ、今回の依頼の件なんだけど」

『急に真面目になるなって、ビビるわ。で、依頼がどうしたって?』

「運営にはチート製造だけ報告しようと思うんだけど、どう?」


 今回のチーターが犯した罪は二つある。一つは製造不可武器をチートで製造したこと。もう一つはそれをわかっていながら不正製造した武器を使ったことだ。


 一つ目に関してはシステムの脆弱性を突いたもので、すぐにでも運営が対応すべき案件だ。しかし、二つ目に関しては、運営に報告したところでどうにかできるものではない。だから、チートを行った彼を決して庇うわけではないが、情けくらいはかけてやろうと思ったのだ。


『ロゼっちはチーターに対して甘すぎるよ。まあ、ウチとしても別にその報告で構わないんだけどさ。報酬が変わるわけでもないし、今回は例のアビリティの実験もできて満足だし』

「さすが、ランちゃん。いつもありがと」

『よせよせ、ウチらは相棒みたいなもんやろ』


 その言葉に笑って返す。私の中で、彼女が頼れる友人から相棒にランクアップした瞬間だった。


「そだね。んじゃ、そんな感じで報告ヨロシク」

『って、報告書作るのウチかい!』


 西日に照らされた荒野を一機のエグザギアが進む。背後に黒煙を上げた、クラン基地を残して。


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