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突風なう。

作者: 同心円

 からっと晴れた冬の昼下がり。陽射しはゆるく、僕のズボンのベルトもゆるい。これが世に言う満腹茶釜。暖簾をくぐって外に出る。

 寒いなあ、と僕はニット帽を目深にかぶる。ウィンドブレーカーの前を閉める。そういえば風も強い。なかなか太陽に勝てない北風が駄々をこねてるんだろう。案外駄々っ子な北風だ。俺様キャラだと思ってたのに裏切られた気分だよ。全然信じてなかったけれど。僕ってば寒太郎派だからね。

 風速いくらかな。風力だっけ。今日も天気図は見なかった。今日の気分は能天気。

 落ち葉がひゅるんと飛んでいる。道路を走るバイクに追いついて、からかうように追い越した。順風でバイクの速度も若干上がっているだろうから、時速60キロ弱、秒速16メートルくらいかな。風が? いえいえ、落ち葉が。

 落ち葉なのに落ちてない、飛んでいる。オチがないのは僕の頭も飛んでいるからだけど。みんな並んでフライアウェイ。


 ふと見ると帽子が飛んでいた。黒くて丸いハット。同じ色のリボンが飾りとして巻かれている。それがひゅるんと飛んでいるのだ。風に乗ってギザギザ、とんだアダムスキーだね。現代社会に飛来した黒い来訪者は、僕の頭上をすぎて川の方へとギザギザ滑空していく。きっと魚のサンプルを採りに行ったんだろう。キャトルミューティレーションお魚バージョン。

 ところがところが同じようにギザギザ飛んでいくものがあった。藍色の傘、紳士用。

 あれあれ、今日は降ってないぞ。冬に日傘もなんかおかしい気がするし。あそうだ、昨日降ったんだ。雨の中傘をさして学校に行ったのを思い出す。土曜日に試験とか残酷だよまったく。

 きっと開いて干してあったのがひゅるんと飛ばされたんだろう。もしかすると同じ学校の人の持ち物かもしれない。その傘はまるで恋人を追いかけるかのようにギザギザと、黒いアダムスキーが描いたラインをなぞっていく。


 橋の上は一層風が強い。僕も下手するとひゅるんと飛ばされるかもしれないけれど、食べすぎたせいか割と平気だ。行きつけの蕎麦屋さんの蕎麦が美味しすぎて、それだけで擬似兵器だったからかもしれない。千尋の両親なら豚になるまで食べ続けそうだ。なんて。

 まあ、僕が無事な理由を無理矢理にでも説明しないと納得できない事実が、僕の目の前を文字通りひゅるんと飛んでいるからだけれどね。

 自販機っておい。飛ぶわけないだろ。あれか、群れをはぐれた悲しい自販機か。どのみち飛ばねーよ。

 ゴツンという音が僕の後ろから聞こえた。一瞬遅れて足元に転がったのはミルクココアのスチール缶中身入り。底の一部が大きく凹んでいる。晴れのち風、ところによりスチール缶。天気図見ておけばよかった。今更ながらに後悔する。

 頭上を仰ぐと、前面の開いた自販機が缶やペットボトルを次々投下しながらひゅるん。写真で見た神戸大空襲を思い出し、僕は頭をかばった。だってあれ、雹より致死性あるよ。呆気に取られていると、後ろから誰かが通り過ぎて行った。

 空爆自販機とお揃いのロゴマーク。そのジャンバーを着たお兄さんが、投下されていく飲料を空中でキャッチしながら全力疾走している。こうやって見ていると、補充のアルバイトは身体能力が高くないとできなさそうだ。


 僕もいずれはひゅるんと飛ぶのだろう。あのサラリーマン風のスーツの男性みたいに。

 彼はなんだろう、風に飛ばされたのか。人事部に飛ばされたのか。ずっと左向きに旋回してくるくる回っているあたり、後者かも知れない。これから家族と相談するんだろう。引越しか、単身赴任か。その前に119だね。

 瓦がひゅるんと飛んでいる。うん。流石に思考回路が学習し始めたようで、別段驚きもしなかった。瓦だと文字が一つ余分なくらいだ。わら。河原がひゅるんと飛んだら流石に驚くけれど。


 橋を渡り切ったけれど、僕はついに飛ばされなかった。これは早いところ家に帰った方が良さそうだ。すでにわかっていたはずなのに何故そうしなかったのか疑問なくらい。ほら受験生が凧みたいにひゅるんと飛んでいる。道具も使わずに忍術使ってるよあの受験生。飛ばされながら単語帳のページめくるとか度胸座りすぎだよ。風に乗る彼のデスティネーションが気になるところだ。


 鳥がひゅるんと飛んでいる。いやもちろん普通に飛んでいるんじゃなくて飛ばされてる方。風が強い日は飛ばないように巣にこもったり、あるいは仲間内で固まったりするって聞いたことがあるけれど、どうやらそれでも飛ばされるときは飛ばされるみたいだ。ある意味貴重なシーン。もちろん写メを撮りたいけれど、この場でケータイを取り出すとケータイまで大空へと羽ばたいていってしまいそうだから諦める。面白がる思考も僕の気分ゆえの愚考か。


 突風に吹き飛ばされそうになりながら、ガニ股で踏ん張り踏ん張りなんとか自室の前へ。部屋の鍵を取り出すと、鍵が風に煽られて手を離れ、ひゅるんひゅるんと飛んでいった。

 学習しろよ、僕。取り出せば飛ぶことくらい分かるだろ。

 慌てて階段を降りようとして、ぐらり。傾いたと思ったら僕はアスファルトの上に放り出され、無様に転がった。落ちた時に尻を打ったみたいで、痛みに呻く。僕を路上にポイ捨てした階段は、八部屋のアパートにエスコートされて頭上をダンシング。ひゅるんひゅるんのバックミュージックに乗って空を飛んでいった。

 そんな光景を見ながら、僕はまだ鍵を追いかけることを考えていた。

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