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02 今のままで十分幸せなのですが……

 この修道院にきたのは二ケ月半ほど前のことだ。浜辺に打ち上げられていたのを漁師に助けられた。二日ぶりに意識を取り戻したマリアに記憶がないことがわかり、修道院に預けられたのだ。


 すっかり、ここの生活に馴染んでいるので、今更家族が現れたと言われても困る。これから修道女を目指すという時に出鼻をくじかれた気分だ。


 老朽化が進みきしきしとなる廊下を踏み、マリアは複雑な気持ちをいだきながら、院長室へ向かった。



 院長室をノックする。


「マリアです」

「入りなさい」


 落ち着いたアグネスの返事があった。少し緊張しながら扉を開ける。


 院長室の来客用の椅子には二人の男女が座っていた。

 すると客と思しき十八歳くらいの男性が立ちあがる。ハッとするような深く青い瞳。


「ビアンカか?」


 驚きに目を瞠り、なぜか確認するように聞いてくる。


「はい?」


 ビアンカ……覚えのない名前にマリアは首を傾げる。すると艶やかな金茶の髪を揺らし中年女性もたちあがる。


「まあ、ビアンカ……よね?」


 彼女もやはり確認するように聞いてくる。


(なぜ、記憶のない私に名前を確認してくるのだろう?)


 本当に彼らは自分の家族なのだろうか。

 何の親近感もわかず赤の他人のようにしか思えない。しばらく、お互い見入ってしまった。


「私はお前の兄サティアスだ」


 先に、我に返った男性が、自己紹介を始める。


「ああ、ビアンカ良かった無事で」


 と感極まった中年女性が、いきなりガバリとマリアを抱きしめる。どうやら、ビアンカと言うのがマリアの本当の名らしいが、しっくりこない。違和感に鳥肌が立つ。


「さあ、うちに帰りましょう。まあ、ビアンカったら、こんなに痩せて……あら? すこし綺麗になった?」


 今まで泣いて再会を喜んでいた女性が「少し綺麗になった?」とケロリといったので、院長室に微妙な空気が流れる。


「あの、どちら様ですか? 私には記憶がなくてあなたがどなたか分かりません」


 とその隙にマリアが口を挟む。いきなり見覚えのない人たちから家族と言われてもにわかに信じがたい。すると中年女性が再びさめざめと泣き始めた。


「ああ、なんてことかしら。私を見ても思い出してはくれないのね」

「ビアンカ、母上になんという口を利くんだ」


 サティアスが苦い顔をして注意する。自分の名前はビアンカでこの女性は母親らしい。兄は金髪に青い瞳、母は金茶の髪に瞳、あまり似ているとは思えない。


「まあまあ、落ちついてください。マリアはここに来た当初から記憶がないのです。だから戸惑っているのでしょう。もうしばらくゆっくりとここで暮らすというのはどうでしょう?」


 院長が宥める。しかし、母を名乗る女性は首を振る。


「娘の名前はマリアではなく、ビアンカです!

 せっかくのお申し出ですが、こんな田舎に長く滞在したら、お勉強が遅れてしまいます。ただちに家に連れ帰り、学園に復帰させなければなりません。ただでさえこのことが原因で婚約が流れたというのに」


(学園? 婚約? いま、とんでもないことが語られた?)


 マリアはこぼれんばかりに目を見開く。


「私に、婚約者がいたのですか?」

「ええ、でも今回のことで残念ながら破談になったわ」


 実感は湧かない。だが、自分に婚約者がいて、すでに婚約破棄されているという衝撃的な事実。


「母上、その話はビアンカがもう少し落ちついてからでも良いではないですか。自分の名前すら思い出せないのですから、混乱させるだけです」


 もう充分に混乱している。マリアはあわあわしだす。


 それに目の前にいる兄と母にしても家族とは思えない。強いて言えば同じ金髪の兄の方に多少親近感がわく程度だ。しかし、その兄にしても、切れ長の瞳、薄い唇、整い過ぎた顔立ちが冷たい印象を与える。一言でいえば、凄くとっつきにくい。



 これは何かの冗談だろうかとマリアは途方に暮れる。きっと辛すぎて記憶喪失になったのだ。

 迎えに来た家族に対して、早くも逃げ腰で、このまま修道院で暮らしたいと切に祈る。


 

 不思議なことにマリアは、記憶を失っているのに拘わらず過去を思い出したいとは思わなかった。


 婚約が流れたと聞き、「ああ、そういうことなのか」と妙に腑に落ちた。



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