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誕生祭 18


整えてくれる人間がいなくなった庭は、雑草に埋まり荒れていた。どれが栽培していた植物で、どれが雑草なのか判別するのに苦労するくらいだ。


俺はぐるりと辺りを見回して、首飾りに彫られた葉がないことを確認した。



「やはり貯蔵根彩花はないぞ。当たり前だろうがな。あったら、俺が欲しいくらいだ」


「えー…じゃあ手掛かりなしで、この中から探すの?」


「歌ではどうしていたんだ?」


「主人公は最後に、その植物を掘り起こしていたわよ。なら、きっとどれかの根を辺りを掘れってことだと思うんだけど」



俺たちは雑草まみれの庭に視線を戻す。ここから探せと?



「アリス」


「私の勘、いらない」



アリスに頼ろうかと思えば、彼女はまた先ほどと同じ言葉を言った。これも自分たちで考えろと…。



「あ、レオ君。あの植物って、僕の家にもあったやつですよね。レオ君が食べれるって教えてくれた」



アーラはそう言って、庭の隅を指差した。言われてみればアーラが言う通り、食べるものがないと言っていた彼に食用だと俺が教えてやったものだ。


確かあれは…葉や花の他に、根も…。そこまで考えて、俺は「よくやった!」とアーラに言った。忘れかけていたけれど、確かあの植物は貯蔵根を持っていたはずだ。根に水分や栄養を多く蓄える性質を持つ。



「へ?」


「貯蔵根彩花ではないが、あれも同じ仲間に入る。見た限り庭にある植物の中で、共通点があるのはあれくらいだろう」


「ってことは! あそこを掘ればいいわけね!」


「え、マジっすか。本当に偶然目に入っただけなんですけど…」



エヴィは嬉々として、スコップを持ってきて庭の隅を掘り始めた。出てきたのは金属の箱だった。腐りやすい素材の箱を使っていないとうことは、かなり長く埋められた場合も想定していたのだろう。


重さを見るに、また紙だけのヒントという訳ではなさそうだ。これが探していた宝ということなのか。


エヴィが恐る恐る蓋を開けて、俺たちは中を覗き込む。


大きな瓶が一つ。それだけだった。



「何かしら、これ?」



エヴィが瓶を持ち上げる。そして、うわ、と顔をしかめた。




「…虫の死骸とかじゃないわよね? 気持ち悪いんだけど」



縦に長く、太さのある何かが液体に浸けられていた。それは、先になるにつれ触手のように更に枝分かれしており、赤茶色に黒い斑点が浮かんでいる。エヴィが言うように、一見すると毒を持った昆虫のようにも見える。


…が。想像していたものとは違う宝の外見に落胆する周りとは反対に、俺は目を輝かせた。この色、形、間違いない!


俺はエヴィの肩を掴んで言った。



「売れ」


「は?」


「今すぐ。俺に。これを、売れ。言い値で買う」


「目力つっよ…。え、怖いわよ。どうしたっていうの?」


「売れ」


「怖いってば!!」


「売れ」


「だから、何で?!」


「売れ」


「大丈夫?! 頭、ついにイカれた?!」


「売れ」


「怖いってばぁ…。ちょっとぉ、誰か翻訳して…」



この宝は貯蔵根彩花の根だ。大きさを見るに根の端の辺りなのだろうが、貴重な貯蔵根彩花の根であることは間違いない。


本で読んだ時から、是非とも見てみたいものだと思っていたけれど、そもそも本当に現存するのかさえ分からなかった。それが! まさか! こんなところにあるとは!



「レオ君、テンション爆上がりじゃないですか…? 鳥を見つけた時の自分を見てるみたいなんですけど」


「レオ、結構、本とか魔法道具とか、植物、が、好きだから。難しい実験、成功した時、あんな感じ、に、なったり、する」


「『はい。売ります』の返事しか認めないって感じですねぇ。それくらい珍しいものだったんでしょうか?」


「うん。レオが、言い値で買う、なんて言うの、滅多にない。それくらい珍しい、と思う」


「ちょっとそこの、のほほんとした二人?! 助けてよ!! なんかテンションが怖いんだけど! マッドサイエンティストがする目みたいな目してるんだけどっ!!」


「売れ。とにかく、売れ。売れ」


「だからっ目が怖いって言ってるでしょうが?! こっち来ないでってば!!」


「売る意思がなければ、腕をへし折られることも覚悟しろ」


「はぁ?! そんな理不尽な取引、聞いたこともないわ!!」








「サイカなの?! これが?!」



見た目の悪いそれが貯蔵根彩花だと知らされたエヴィは、驚きの声を上げて、瓶をまじまじと見つめる。しかし、すぐに「やっぱり駄目だわ。私には、ただのグロい虫にしか見えない」と諦め、「で、アンタはこれが欲しい訳ね?」と俺の方を見る。



「売れ」


「会話のキャッチボールをしてくれないかしら…。さっきから、アンタ、売れしか言ってないのよ?」


「くれ。譲れ。売り払え。売り付けろ。売り急げ。売却しろ」


「言い換えろって言ってるんじゃないの」


「市場にも出回らないものだ。今を逃せば次に目にかかれるのは、いつか分からないから、是非とも手に入れておきたい」


「あ、ちゃんと喋れるのね」



エヴィは俺に呆れた視線を向けた後、「言い値で買うってのは…本当?」と声を抑えて言った。



「例えば…そう、これ一つで。私たちが負っている借金、全額とかでもいい訳?」



俺は迷いなく返事を返した。



「構わない」


「…まだ金額を聞いてもないのに?」


「それだけその根には価値があるからな。娼館通いで負う借金の金額など高が知れている。それくらいなら許容範囲内だ」



ふぅん、とエヴィは急に気分を害した声で言った。



「流石、お金持ちは言うことが違うわね。あの、優しいお父様にねだれば、何でも買ってもらえるってこと…」


「何を勘違いしているのか知らないが。支払うのは全て俺の金だぞ」


「………………嘘よね?」


「ここで嘘をついて何になる? 俺の研究のためなのだから、俺が支払うのは当たり前のことだろう」


「え、だって、アンタは子供でしょ…?」



あぁ、なるほど。確かにこの姿では、子供が大金を用意できる訳がないと思われるか。しかし、ここで引いて取引を後日に回せば、他の店に売り払われる可能性もある。


貯蔵根彩花を求める学者は多いらしいから、そうなればもう手に入らないかもしれないな。



「ふむ。その借金の額、教えてもらえるか?」



エヴィからその額を聞き出す。勿論、今日は必要最低限くらいしか現金を持っていないので、この場ですぐに払うことはできない。また、できれば屋敷に置いてある金も触りたくない。今後、また使うかもしれないからな。


今の手持ちから計算し、面倒ではあるけれども、今から数時間で増やせる、と俺の頭は決断を下した。


足りぬなら、増やせばいい。普段は好まない方法だがな。



「三時間、ここで待て。稼いでくる」



俺はそう言い残し、エヴィの家をあとにした。







三時間後。宣言通り、俺は金貨で重くなった袋を抱えて戻り、エヴィにそれを手渡した。


彼女が言った通りの額が入っている袋を押し付けて満足した俺は、ほくほくとしながら貯蔵根彩花を奪い取って、その瓶を撫でる。


なかなか有意義な買い物になった。屋敷に帰ったら、まずは何から始めようか。薬を作ってもいいけれど、他にも…。



「いや、ちょっと待てぇぇえええい!!」


「五月蝿い」


「いや!! おかしい! おかしいって!! 何が『稼いでくる』よ! ちょっ、せ、説明っ!!」


「何だ? 全て、本物の金だぞ? 金額もぴったりだろう」


「そうだけど! 何?! 何なの?! お金って空から降り注ぐものじゃないのよ? そんな簡単に手に入れられるものじゃないのよ? こんな数時間で稼ぐって…金鉱石でも掘り当てた?」


「まさか。お前じゃあるまいし、嬉々として穴を掘るようなことはしない。大金を得るために、ハイリスク、ハイリターンの方法を取っただけだ」


「宇宙語喋ってないで、ちゃんと説明してってば」


「宇宙語…。賭場に行っていただけだ」


「とば」


「聞き慣れないか? 賭け事をやるところだ。お前の祖父のような大人がゲームに興じ、場所によっては大金が動くところもある。そこで勝ってきた」


「…」


「あぁ、間違っても真似しようとするなよ。お前のような子供など、カモにされて食われるだけだぞ。子供の教育的にもよくないと聞くし、知らない方がいい」


「…アンタ、子供よね?」


「この世に生を受けて五年目になる」


「どんな五年を送れば、こうなるの…?」






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