誕生祭 17
「娼館ってあれでしょ?! 綺麗なお姉さんたちがお喋りしてくれるところでしょ?! お祖母ちゃんがいるのに?!」
他にも色々とサービスはあるが、まぁ間違ってはいない。
エヴィにとっては、実の祖父が他の若い女性にデレデレとしているということでも信じられないことらしい。
この顔は、他にも色々とやっていそうだがな。夫婦の縁を切られなかったのが不思議なくらいだ。
父様を見習え。あの人は妻一筋であるばかりか、自ら尻に敷かれたがっているくらいなのだから。
「は?! はぁぁ?! そのための借金なの?! 嘘でしょ、お祖父ちゃん?!」
エヴィは祖父に掴みかかる勢いで詰め寄り、甲高い声で説教を始めている。
どうやらエヴィは、仕事で失敗して背負ったものか、それか何か不幸なことがあって背負うことになったものだと考えていたようだ。それが現実は、他の異性との恋愛にかけた金。
エヴィの祖母が、祖父のことは信用ならないと言っていた理由がやっと理解できた。なるほど、これは大金など手にしたら、すぐに酒やら博打やら娼館通いやらに金を溶かすタイプだ。
「あ? エヴィ、その首飾り」
「えっ? あ、これお祖母ちゃんのよ?」
「アイツが昔から持ってたやつじゃねぇか。丁度いい。それを売ればちょっとは酒代に…」
「…本当に信っじられないっ!!」
エヴィはそう叫んで、部屋を飛び出した。祖母の最後の形見まで売り飛ばされそうになったことに、憤慨したのだろう。
「レオ、私、エヴィのところ、行く」
「あぁ、アーラも連れていけ。俺はもう少しここにいる」
エヴィの後を追って、アリスとアーラも出ていく。部屋に残ったのは、俺とエヴィの祖父だけだった。
俺は彼に向き直り口角を上げ、にこりと微笑んだ。
「何だよ? お前。何か言いてぇことでもあんのか?」
「まさか。少し聞きたいことがあるだけですよ」
「…お前、気持ち悪い作り笑いだな。考えが読めねぇ。人形みてぇだ」
「そう言われると悲しいですね。さて、無駄話に時間を浪費するのは止めましょう。聞きたいことというのは、貴方の奥方のことでして。生前、彼女が好きだった歌を知りませんか?」
「歌ァ?」
「歌です。覚えていませんか?」
彼から情報を聞き出せないかと思ったのだ。
そう思えばアリスに感謝だな。暴れていた先ほどの状態ならば、尋ねることは難しかっただろう。アリスが治療してくれたおかけで、かろうじて穏やかに意志疎通が図れるようにはなったようだし。
「さぁ、覚えちゃいねぇなぁ。酒の一杯でも奢ってくれるってんなら、思い出せるかもしれないが。ま、お前みたいな小僧には無理だろうな」
「ご用意できますよ」
俺は持ってきていたバックから小瓶を取り出す。中にはアルコール度数の高い酒が入っているものだ。
「量は少ないですが、かなりいい酒のはずです。お気に召すかと」
「…オイオイ、お前、子供だろ」
「誤解しないでください。飲酒用ではなく、何かあった時に消毒するために持ち歩いているものです」
前世では、嗜む程度に飲酒の習慣はあったけれど、五歳児の身体になってからは口からアルコールを接種したことはない。身体が育っていない内から、酒を飲むのは身体に毒だ。
俺は彼の前で、小瓶を揺らした。
「…欲しいですか?」
彼の目が輝く。くれ、と彼は乾いた声で言った。
「情報が先です」
「酒が先だ」
「まさか、自分が交渉できる立場だとお思いで?」
「…歌なんか何に使うのか知らねぇが、俺が教えねぇと困るんだろ。じゃ、先に酒を寄越せ」
「説明不足だったようですね」
俺は小瓶をしっかりと握っていた五本指を動かし、小瓶の先を親指と人差し指で摘まむような持ち方にした。五本から二本。支えられる指の本数が減った小瓶は不安定にフラフラと揺れる。
もし今、俺が手を離せば呆気なく小瓶は割れて、酒は地面に飛び散るだろう。
「別に歌が分からずとも、こちらには直接的な被害はない。困るのは精々エヴィだけでしょう。しょうがなく彼女の頼みに付き合ってあげているだけなんですから。いいんですよ。分からずとも」
「…」
「酒がお好きなようで。貴方がこれ以上渋るようなら、ここで小瓶を割ります。あぁ、床に飛び散ったものはお好きにどうぞ。差し上げます。…這いつくばって床を舐めることにはなるでしょうが」
さぁどうします?個人的には飲み物はグラスで飲みたいですね、と俺はにこやかな笑顔を張り付けて続ける。
彼は苦虫を噛み潰したような顔になって、「言う、言うから」と呟く。俺は頷いて小瓶を持ち直した。
歌というのは、ある少女が病気を患っている母のため、ある植物を探すという内容の歌らしい。エヴィは貯蔵根彩花に聞き覚えがあるようだったから、その植物というのはそれのことで間違いないだろう。
「歌詞は?」
「覚えちゃいねぇよ。あんなんイチイチ覚えてられるか。内容だけでも覚えてるんだから、感謝してもらいたいもんだね」
引き出せる情報はこれくらいか。俺は礼を言って酒を渡し、部屋を後にした。
「っむむ!! ぐっむぐぐっ! むむむっぐぐ!!!」
「…これは一体?」
「エヴィ、やけ食い、中。餌付け、みたいで、楽しい」
エヴィたちを探して一階へと降りると、エヴィが口を大きく開けて、アリスとアーラがその口の中へ菓子をポンポンと入れていた。
口が一杯になると、エヴィは口を閉じて頬袋を一杯にした小動物みたいに噛んで飲み込む。口から空になるとまた開けて、再び二人が菓子を投げ込む。その繰り返しだ。
やけ食い。気でも狂ったのだろうかと思ったが、アリスの言葉を聞いて合点がいき、三人に近付いた。
「歌は、少女が病気の母親のために植物を探すものだそうだ」
「聞いた、の?」
「酒と交換でな。エヴィ、酒、小瓶一つ分の代金を後で請求するから、覚えておけよ」
エヴィは目を丸くして喋ろうとした。が、口が菓子で一杯だったので置いてあった水でどうにか流し込み、そして漸く口を開いた。
「そうよ! それだわ! 女の子は世界中を旅するの。サイカって名前の、小さな花をつける植物を探して。でも結局見つからなくて…。お母さんが死んじゃうのよ。女の子は家に帰ってきて、そしてせめて母が好きだった庭にお墓を建ててあげようと考えるの。…そして、最後に。庭に、そのサイカが咲いているのを見つけて、泣いていまうの。世界中を旅してもなかったそれは、出発地点にあった。探してるものは意外と近くにある、っていう教えを子供に分からせるための歌だってお祖母ちゃんが言ってたわ!」
「…つまり?」
「に、庭を探せってことかしら…」
「流石に世界各地を回るのは骨が折れるからな」
こうして俺たちは、今度は庭へと移動することになった。




