誕生祭 4
「レオ。ちょっと、時間あるかい?」
自室で読書に勤しんでいると、ドアが開かれ、父様が顔を出してそう尋ねてきた。
特に用事もなかったので頷く。少し付き合ってもらいたい用事があるからと、コートを着せられて、そのまま外へと連れていかれた。馬車は使わずに徒歩で町へ赴くと言う。
馬車を使わない…ということは、今回はアンドレ殿の店ではなく、町で買い物でもするのだろうか。
「プレゼントを?」
「アメリアにね。アリスのも選ぼうと思うんだ。毎年誰かに手伝ってもらって悩みながら選ぶんだ。今年はレオにも手伝ってもらおうと思って。去年はアンドレを連れ回したんだけど、今年は都合がつかないみたいでさ」
「なるほど」
二人へのプレゼント選びが目的のようだ。歩きながら話を聞いて俺は納得した。妙に、こそこそとしながら外へ出ているなとは思ったが、できるだけサプライズで渡したいのだろう。
「参考程度に聞きたいのですが、去年は何を差し上げました?」
「去年は調理器具だったかな。欲しいと言っていたものだよ」
調理器具か。貴族の婦人への贈り物としては、珍しいけれど、料理を自分で作ることが好きな母様に対しては、悪くない選択だろう。
これなら、買い物に俺が付き合う必要はなかったのでは?父様が一人で選んでも何も問題は…。
「本当は僕は違うものにしようと思ってたんだけど、アンドレがあまり奇抜なものでない方がいいと言って、無難なものに落ち着いたんだよね」
「奇抜なもの?」
「うん。ダイエットに役立つ魔法道具。他国で女性に人気らしくて、アメリアも最近太ってきたって気にしているようだったから、喜んでくれるかなって!でも、アンドレが『奥様に嫌われたくないのでしたら、止めておきなさい』ってすごく反対したんだ」
前言を撤回しよう。放っておいては、後々面倒なことになる気がしてきた。
「…女性に、その贈り物は喜ばれないと思います。アンドレ殿の判断は英断でしたね」
「え?どうしてだい?女性に人気って聞いたよ?」
「そういうものは、女性が自分のために買うのであって、妻への贈り物としては不適切かと。暗に『痩せろ』と言っているようなものです。体型維持は女性にとってデリケートな問題ですから。渡していたら、一週間ほど無視されるくらい嫌われてもおかしくはありませんよ」
「えっ…」
父様は驚きと絶望が混じった声を上げた。
「アンドレ殿は女性客向けの商品も取り扱ったことがあるはずです。きっとその辺の事情には詳しいのでしょう。友人に恵まれましたね」
俺がそう言うと、父様は目に見えて慌て出した。自分が選ぶ贈り物で妻の機嫌を損ねてしまわないか、今更ながら不安になってきたようだ。
「ど、どうしよう!今すぐアンドレを引きずってきた方がいいかな?!不安になってきたんだけど!」
「アンドレ殿の用事とは?」
「なんか、どこかの貴族との商談だったと思う!でも問答無用で連れてくるよ!僕とアメリアの仲に亀裂が入る方が一大事だ!!」
「止めてあげてください」
友人の大切な商談をぶち壊す気か。
こうして、俺たちのプレゼント選びは始まった。女性への贈り物を探すのは難しいのだと知った父様は、それはもう必死の形相で、町を走り回り、あれはどうか、これはどうか、と悩み始める。
「レオ!こ、これはどうかな?!プレゼントって自分が欲しいと思うものをあげるものだよね!僕はいいと思うんだけど!」
「母様が分厚い事典を読み込まれているところを見たことがありませんが」
「香水は?!」
「香りは好みが分かれますよ。特に母様はお好きな香水が既に決まっているようですから、他の香水を渡すのはどうかと思います」
「縫いぐるみは?!」
「母様のような大人の方に?縫いぐるみが特別好きだというなら、話は別ですが…」
「視点を変えて、生き物とか!」
「昆虫は…一般的に女性受けしないと思います。というよりも、よく売っていましたね」
「これとかどう?!ほら、『皺が気になりだした貴方に!十代のようなみずみずしい肌を取り返せます』って紙が張ってる!」
「その紙を母様に見せた瞬間に、場が凍ると思ってください」
後ろについて回り気付いたことは、父様はプレゼント選びが得意ではないということ。
自分が欲しいと思うものとはまた違うため、どれを贈れば喜んでもらえるのか分からないのだろう。とはいっても、珍しいことではない。妻への贈り物を探す際に同じ悩みを抱える夫は多いのではないだろうか。
悪意は一欠片もないのに、時折、それはない、と思うものを持ってはくるけれど。
三時間ほどかけても、これだと思うものが見つからない。カフェで休憩をとりながら、意気消沈している父様を見て、「…俺が選びましょうか?」と聞いた。
父様とて暇ではない。また何時間もかけて町で探す機会があるかどうかも分からないから、できれば今日中に決めてしまいたいことだろう。
自分はセンスがよいと自惚れている訳ではないけれど、少なくとも父様よりは喜ばれそうなものを選べる気がする。時間を節約したいのなら、俺がさっさと決めてしまった方が早いと思った上での提案だった。
「んー…いや、僕が選びたいんだ。やっぱりいつも共にいるからこそ、感謝の気持ちは伝えなきゃね。アメリアは僕みたいな男を選んでくれて、支えてくれてるんだから」
「そうですか」
薄々断られるかと思っていたので、あっさりと引き下がる。
結婚は人生の墓場という。結婚すれば相手への愛情も次第に薄れていってしまうものらしいが、この夫婦は本当に仲がよい。
「再チャレンジしてくるよ。長く付き合わせちゃってごめんね。アメリアとアリスのものが買えたら、レオのも探すから」
「構いません。欲しいものは決まっているので、二人のものを優先してください」
短い休憩を挟んだ後は、歩き疲れただろうと父様は心配して、少しの間俺は待っていることになった。申し訳なさそうな顔をしている父様に笑って、本屋を指差す。
助言のお代はきっちりもらう。今回はプレゼントに本をねだり、それを対価とすることにしたのだ。
父様と分かれて手持ち無沙汰になった俺は、店の展示品を窓から眺めることで時間を潰すことにした。
その窓は時計屋の窓で、中には数々の時計が飾られている。大きな置き時計から、小さな懐中時計まで。
傷がつかぬように箱に入れられて展示されている金時計をぼんやりと眺めていたところで、窓ガラスに反射した人影が見えた。
漸くか。話しかけてくるのが、かなり遅かったな。
「あの…」
後ろを振り向くと、明るい茶髪の少女が立っている。年齢は俺よりも少し上で、継ぎはぎだらけの衣服を着ていた。
「えっと、貴方、どこかのご子息か何かなの?ものを一杯買ってくれるお父さんがいて、いいね」
「貴方に何の関係が?先程からじろじろと俺たちを見ているようでしたが、見せものじゃないんですよ」
「き、気付いてたんだ…」
「人の視線には敏感なもので」
素っ気なく返すと、彼女は眉をひそめる。が、すぐに悲しげな顔を浮かべ直した。
「えっとね、私、お父さんがいないんだ。だから君のこと羨ましいなぁって思って。あ、あの時計を買ってもらうの?」
「…」
「いいな。私、親がいなくなってから、誰にもプレゼントもらえてないの。君のコートもあたたかそうだよね。私、こんなボロボロの服で、恥ずかしくてさ…。でも、しょうがないよね。お爺ちゃんと二人暮らしで、お金なんてないんだもん。私が我が儘言える訳ないもんね」
今にも泣き出しそうな震えた声でそう話し始める。アリスがもしこの場にいれば、すぐに駆け寄って彼女のことを心配するだろう。
いいな、羨ましい、私も欲しいな。そんなことを言いながら、チラチラと俺に視線を送る。期待する眼差し。鬱陶しい。
「『自分は可哀想でしょう、だから何か渡してください』と言いたいんだろう。他人にものを乞う時、どれほど醜い姿になるか知っているか?猫撫で声に、媚びるような顔。はっきり言って気色悪いぞ」
「…は?何それ」
「おや、悲劇のヒロインごっこは終わりか。お前の演技、なかなか笑えて面白かったんだがな」
「悲劇の、ヒロイン…?」
「『私は可哀想です』とあれだけ自己主張してたんだ。悲劇のヒロインである自分に酔いしれてるんだろう?あぁ、もう止めていい。下手な嘘泣きでもされたら興が冷める」
俺にそう言われた相手は顔を怒りで真っ赤にさせて、肩を震わせる。すうっ、と大声を出すために彼女の肺が膨らむ。癇癪でも起こすか、と先に予想していた俺は、彼女が怒鳴る前に自分の耳を塞いだ。
「…っアンタみたいなボンボンに、私の何が分かるって言うのよ!!」
突然大声が張り上げられて、周りの人間が俺たちに注目する。近所迷惑というものを考えないのだろうか。これだから子供は嫌いだ。
「何よその目?!馬鹿にしてんの?!」
「公共の場で叫び出すとは躾がなっていないな、とは思っている」
「このっっ!!!」
衝動に任せ俺の頬を打とうと手が振り上げられる。勿論、素直に打たれるつもりはないので、俺は振り下ろされるその手を掴んだ。
「離しなさいよ。何触ってんのよ!変態!!」
「…」
「痛いっ!!ちょっと止めてよっ!痛いってば!!手っ、折れるっ!!」
五月蝿い子供だ。…腕の一本でも折れば大人しくなるだろうか。
「ちょっと…え、本当に、お、折れっ…」
その時だった。
「レオ」
「…父様。お早いお戻りで」
背後から、戻ってきた父様の声が聞こえてくる。俺を咎めるその声は、先程までの情けなさを感じさせるものとは違っていた。諭す声色で言葉は続けられる。
「離してあげなさい。痛がっているだろう」
「嫌だな。子供のちょっとした喧嘩ですよ?」
「レオ、僕が言いたいこと、分かるね?」
「冗談です」
ここで言い争っても仕方がない。俺は肩をすくめて、掴んでいた手を離した。細い腕にはくっきりと俺が掴んだ指跡が残っている。
その赤い跡を擦りながら、怯えた目で俺を見る子供に父様は駆け寄った。
「ごめんね。僕の息子が迷惑をかけた。大丈夫かい?」
「う…」
ぼろっ、と子供の涙が零れる。
「うぅぅ!!ばぁあか!私だってっ!私だって好きでこんなことしてるんじゃないわよ!!ばぁぁぁぁあか!!」
そして、本日二度目の大声が上げられた。再度耳を塞いで鼓膜を守りながら、五月蝿い…と顔をしかめる俺。
「痛かったんだからっ!本当に折る気だったんじゃないでしょうね!暴力を振るうなんて馬鹿じゃないの!アンタみたいな奴をDV男って言うんでしょ!クズ!大っ嫌いっっ!!」
「ドメスティックバイオレンスは、家庭内暴力を指し、配偶者など親密な間柄の相手に暴力を振るうことだ。お前と俺は赤の他人だから、それは間違…」
「そんなこと知らないわよ!!つまり、クズってことには変わりないでしょ?!」
「…」
…やはり、腕一本くらい、折っておいてもよかったかもしれない。
「結婚は人生の墓場」という言葉ですが、本来の意味は「自由に恋愛をするのではなく、最愛の人と生涯を共にし、人生を全うしなさい」に近い意味らしいですね(無知な作者は全然知りませんでした)。
しかし、日本では誤訳された、マイナスの意味の方が定着しているようなので、小説ではこちらの意味で使っています。




