魔王と聖女の転生日記 7
俺は見合う礼がなければ魔法を他者に教えることはないのだが、アリスにはこの世界に転生させてくれた恩がある。それにハンバーグと巡り回せてくれた恩もな。
転生はともかくハンバーグを教えてくれた恩はなかなか返せるほどの小さなものではない。俺は恩も貸しも作らない主義だ。受けたものは返す。水の上を歩く魔法を教えるくらい構わない。
「いいぞ。こちらに来い。教えてやる」
「いいの?」
アリスは相変わらずの無表情だったが、一瞬その白銀の目が嬉しそうに輝いた。
(あまり顔に感情が出ない娘だと思っていたが、目は正直だな)
これからはアリスの心境を読み取るには、表情よりも目を見た方が良いかもしれない。
「まずはイメージしろ。己の足が水を踏むイメージだ。泥土を踏むような感触では甘過ぎて、すぐに気が散って落ちる。石の床ほどしっかりしたものであることを想像するんだ」
「水を踏むの?」
「そうだ。そして踏めるということが当たり前だと思え。お前は屋敷で生活をしている時、床は固い、だから落ちる訳がないと一々考えるか?」
アリスは首を振る。
「床。固い。落ちないのは当たり前」
「そう。それと同じように水は固く踏めるものだということを当たり前だと考える。少しでも落ちるんじゃないかと疑えば、お前は冷たい水の中に落ちることになる。
俺の場合は前世が魔族だったからな。元々水は歩けるものという認識だったから苦労はしなかったが、アリスにはこのイメージが必要だ」
そうは言うものの、偏見や先入観などの思い込みが強いければ失敗するものだ。アリスもそういった傾向が強いのならば、水は歩けないという思い込みを捨てるのは少し難しいかもしれないが…。
「できた」
杞憂のようだな。俺はアリスの心なしか嬉しげな声に俺は口角を上げる。
イメージを伝えただけで水に浸けてたアリスの片足が浮かび、水上に現れる。軽く体重をかけても落ちる気配はない所を見ると、俺が一度言った説明でイメージを掴んだようだ。飲み込みは早いらしい。
「では教えた呪文を唱えろ。別に魔法式があっていれば他の呪文でもいいが、俺の呪文の方が魔法式がシンプルで扱いやすいはずだ」
「分かった」
アリスは教えた呪文を唱える。
ーーーーー水の精霊よ。水上を自由に歩める脚を貸せ。
「歩ける…」
「上出来だ」
人間にしては筋がいい。確かめるようにゆっくりと歩くアリスの姿を見ながら、やはりアリスにはただ単に魔力量が多いだけでなく魔法の才能があるなと思った。
「水の感触。ヒンヤリしてて気持ちいい」
「そうか。良かったな。魔族の中でもこの感触が癖になるのだと言う者も多い」
「納得」
楽しい。嬉しい。と、アリスは言い、嬉しそうに微笑む。
無表情が崩れている。どうやらこの子供の遊びのような魔法が余程気に入ったらしい。