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画家 14 (三人称)

レオは気を失っているので、レオ視点ではなく、三人称で書いています。


レオが気を失うと同時に、部屋の中に張られていた結界にパキ…パキッ…と音を立てながら亀裂が入る。


脆くなってる。気付いたアリスは近くにあった椅子を持って、結界に思いっきりぶつけた。パキンッ…と音を立てて、結界が崩れる。「えっ?!」とアーラの驚く声がしたが無視をした。椅子は壊れた。



「レオ!」



障害となる壁がなくなり、アリスはすぐに倒れたレオに駆け寄る。アリス、と期待していたはずの声が聞こえなくて、一気に不安に襲われた。


口元に手を当てる。呼吸はしてる。次に、胸に耳を当てて心臓の音を聞く。動いてる。少し速いけど…問題ない範囲。



「気を失ってる、だけ…」



ひとまずは命の危険はない、と判断し、胸を撫で下ろした。



「レオ君、大丈夫ですか?」


「大丈夫。さっきの魔法、誰でも、できるものじゃない、から。反動、だと思う」



心配そうに尋ねるアーラに言う。


アリスは、命を扱う魔法を初めて見た。自分は魔法について深い知識はない。それでも、あの魔法がどれほど複雑で危険なものかは見ているだけで分かる。


彼が呪文を唱えている始めた瞬間に、アリスの勘は危険だと警報を鳴らした。


結果として気を失う程度で済んだが、幸運だっただけ。詠唱のタイミングが少しズレたり、流す魔力の量をちょっとでも誤れば、失敗したはずだ。


レオは何でもないことのように言っていたけれど。失敗すれば、彼の魂はぐちゃぐちゃになっていただろう。


こんなに危険だなんて聞いてない。


アリスは少し腹が立って、寝ているレオの頬をペチリと軽く叩く。意識を手放している彼は、小さな衝撃で起きることはなかった。死んだように深く眠っている。


アリスは彼の袖をめくり、裂けたような傷ができた腕を見る。手首から肘までぱっくりと開いたそれからは、ドクドクッと血が流れ出ていた。


治癒を、と手を当てて動きを止める。そうだ。駄目なんだ。レオに逆効果だからするな、と言われている。



「血、止めるやり方、分からない…」



でも、治癒魔法以外の処置の仕方を自分は知らない。どうすれば。そんなことを思った時だった。



「清潔な布、持ってきて」



聞き覚えのない声に、はっと顔を上げる。パチリと目があったのは、アーラが描いた絵の男だった。キャンバスの前に座っていたはずの男は、いつの間にか近付いて来ていて、自分たちを真剣な顔で見つめている。幽霊だ。


えっあ、成功したんだ、とアリスが驚いている間に、幽霊はアーラに「風呂場にいつも干してるんだよね。持ってきて」と指示を出す。「はいっ!」と慌ててアーラが風呂場へと走っていった。



「この子、昨日も結構血を抜いてたでしょ。早く止めないと危ないよ」


「やり方、分かるの?」


「聞きかじった程度の知識だけど。…君の魔法は使えないの?傷をふさいだやつ」


「…駄目だと思う。私の魔力は、毒って。レオは言ってたから」


「毒?」


「レオの魔力と私の魔力、正反対、だから」



唇を噛みながらそう言うと、そう、とあっさりと幽霊は流した。



「助けて、くれる?」


「彼のおかけでこうして喋れているしね」



ありがとう、とアリスは礼を言った。


アーラが綺麗な手拭いを持ってきて、応急処置をした。



「傷口を圧迫して。心臓よりも高い位置に上げる。血が止まりやすくなるから」



手が真っ赤になりながらも、教えられた通りにする。


アーラは血を見るのが駄目だったので、止血をするのはアリスの役目だった。血や傷口は医療行為で見慣れているからだ。力が弱いから押さえるのには苦労したが、必死に力をこめた。


持ち上げる手が疲れてきた頃、やっと血が止まり始めて、「よかった…」と言葉が漏れる。そんなアリスを幽霊はじっと見つめていた。



「君たちさ、本当に何者?」


「…?」


「普通じゃないって意味だよ。その子は自分を傷つけることに、あまりに躊躇がなさすぎる。君も血に慣れてる。普通の子供は、アーラみたいに叫ぶなり怖がったりするはずなんだ」


「レオが言わないなら、私も、言わない」



別に隠そうと躍起になっているわけではないけれど、前の人生の記憶があるなんて、信じてもらえるか疑わしい。そのためかアリスもレオも誰かにはっきりと打ち明けたことはない。両親にさえも。



「…さっき、絵の中に入る直前。ある光景が見えたんだ」


「光景?」


「一面、血の海。むせ返るような血の匂い。顔の皮膚を剥がされた死体」


「…」


「これは彼の記憶?彼がその目で見た光景なの?」


「…分からない」



分からない。おそらくそれは前の彼の記憶だ。"レオ"になった彼は知っているけれど、"レオ"と"アリス"になる前は自分たちは赤の他人で、何も互いのことを知らない。


ただ…レオが記憶を取り戻してから数日が経ち、アリスは分かったことがあった。


彼は痛みに疎い。痛みに強いというよりも疎い。だから自分の身体に傷をつけることを何とも思わない節がある。前の"レオ"、記憶を取り戻す前は違ったから、彼の今までの生き方がそうさせているのだろう。


血にも人の死にも慣れている。魔王であった彼は、何十、何百人の死を見て、時には自分の手で命を奪っていたのかもしれない。


理不尽な理由で殺しはしない。人を殺すことに快楽を覚えているわけではない。だけど、一度殺すと決めたら容赦はない。


残酷な人だけど、根っからの悪人とも言いきれない。よく分からないのに、彼の生き方はどこか筋が通っているような気もする。



「分からないって、家族なのに?」


「私、たちは…」



幽霊の純粋な疑問に、アリスが言いよどんだ、その時だった。


コンコン。


ドアノッカーが叩かれた音がした。



「はーい。誰でしょうか。大家さん?でも今月の家賃はギリギリ払えましたし…。うーん?君はレオ君とここで待っててくださいね」



アーラが立ち上がって、玄関の方へと向かおうとした。その手をアリスは無意識の内に掴んだ。



「えっと?どうしたんです?」



頭がガンガンとなる音がした。冷や汗が流れ出て、身体は強ばる。今までで一番嫌な予感がした。


お前の場合、どうすればいいか迷った時は勘に頼れ。その直感はお前の強みだ。武器になる。前にレオに言われたことを思い出す。勘は武器になるとそう言われた。


なら、今、この瞬間の嫌な予感には従うべきだ。この感じは覚えがあるから。



「駄目。でちゃ駄目」


「?」


「君、どうしたの?顔色悪いよ」



アーラと幽霊が、アリスを心配そうに見つめてくる。駄目、とアリスはもう一度強く言った。



「ドアの前にいるの、画商の人、だと思う」




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