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画家 11


「あ、僕、頑張りますけど、流石に色をつけるなら数時間は無理ですよ。徹夜でも何でもやりますが。どれだけ急いで描いても、明日くらいまでかかるかも…」



絵の具を受け取ったアーラは気が付いたように言った。ふむ。明日までか。かなり筆は速い方らしい。



「あぁ。分かっている。ここのソファは使わせてもらうぞ。構わないか?」



俺は頷いて、ソファを指差す。パチパチ、とアーラは数度瞬きをした後に、「え?まさか泊まるんですか?」と尋ねてきた。



「場所はとらないようにする。気配は消すから、俺のことはいないものとして扱え」



俺も興味があるし、できるだけ早めに実行に移したい。準備が整い次第すぐに取りかかりたいから、許可がもらえればアーラの家に居座るつもりだった。


前世の背丈なら邪魔になるだろうけれど、今は幸運にも子供の身体。大人しくしていれば、それほどスペースはとらないので、邪魔にはならないだろう。



「レオ。本当?」


「アリスは帰っていいぞ。役目は終わったからな。帰り道は分かるか?」



来る時は転移魔法を使って、前の時は俺が案内した。彼女が、アクイラ家の屋敷までの道を覚えているかどうか不安だ。



「地図でも」



描いてやろうか、と言う前にアリスが遮った。



「私も、いる」



むっ、とした顔を向けられる。自分だけ帰らねばならないことが不服なのだろうか。しかし、この家にいても何も面白いことなどないだろうに。


見つめ合う俺たちに、アーラが割って入ってきた。



「あのですね、二人とも。僕が言えることじゃないんですけど、ここ、居心地があんまりよくないんです。大人の僕でも夜は寒くて風邪引くくらいなんで、子供の君たちが泊まったら危ないですよ」


「外よりマシだろう?俺は平気だ。凍死の心配はないしな。アリスは無理があるだろうから帰った方がいい」


「や。レオはいること、できる。なら、私もできる」


「俺は野宿に慣れている。お前は慣れていない。違いが分かるか?」


「今の貴方と、私は、そんなに変わらない。寒くても、文句、言わないから」


「お前の頑固さは何なんだ」


「貴方も、人のこと、言えないと思う」



アリスは妙なところで頑固になる。今回もそのようだった。呆れながら、さっさと家に帰れと言う俺に食い下がる。アーラは言い合う俺たちを交互に見つめる。



「えぇ…本当に寒いですよ。見過ごせないですって。毛布だってきっと足りません。それに、その、ご飯もパンくらいしか出せませんし…」


「絶食なら慣れている」


「駄目。その身体じゃ、食べないと駄目」


「いや、ご飯はちゃんと食べましょ?!君は子供でしょう?大人の僕は少しくらい食べなくても平気ですけど、小さな子供が食べるの我慢するとか、きっと健康に悪いです。というか、さっきから慣れてるって何なんですか?」


「ほら、アーラも、食べろ、って」


「分かった。何かは腹に入れておこう。これでいいか?アリスは帰れ。お前にやれることはないぞ。邪魔なだけだ」


「や」



ふいっ、と顔を横に動かすアリス。溜め息をつく俺。埒が明かない。


終いには痺れを切らしたアーラが、



「あぁ、もう!!分かりました!じゃあ、ちゃんと親御さんに許可をもらって!んで、お金もらって!それで毛布と君たちのご飯!買ってきてください!お使いをちゃんとするまで、僕の家には入らせませんからね!!」



と叫んで、俺たちの首根っこを掴み、ポイッと家の外へと投げ出した。バタンとドアを閉じられた。



「お使いとは…」



彼は普通の子供だと思っているから仕方がないが、随分と子供扱いだな。無慈悲に閉められたドアを眺めながら、ぼんやりと思う。このような扱いをされたのは久しぶりだ。子供の時以来か。


新鮮な気持ちになったからか。それともアーラの悪意のなさに毒気を抜かれたのか。動物のように扱われ放り出されたことに対して、特に怒りは覚えなかった。


家から大声と共に投げ出された二人の子供。俺たちを見て、町の人間がぎょっと目を見開く。が、俺たちが何てことがないように、立ち上がり服についた土を払っていたので、大したことではないらしいと考えたらしく歩き始めた。



「レオ。どうする?一回屋敷に戻る?」



アリスは当たり前のように、俺と行動を共にする気らしい。



「いや、父様たちに宿泊の許可は取らない。人形を置いてきたから問題はないだろう。人形に入れる魔力は多めにしているから保つはずだ。俺たちの代わりは務まる。食材と防寒具でも買いに行くぞ」



ここで彼女を無理矢理帰らせようとしても、ハンバーグと唱えるか、母様たちに俺の不在を知らせてやると脅してくるだろう。最近は、脅迫にも慣れてきたようだし。段々と彼女の行動パターンが分かってきた。


早々に諦め、俺はアリスを連れて歩き出した。







アリスは買い物に慣れていないようだった。というよりも、至聖水の際も思ったが、適度という感覚が分かっていないことが多い。


数秒目を離したら、腕に野菜一杯を抱え、終いには頭に南瓜まで乗せて俺の前までやって来る。そして言うのだ。



「沢山。困らない」


「何人分を買う気だ。元あった場所に返して来い」



俺は、彼女の頭にある南瓜を下ろしてやった。


あとは、好奇心が旺盛。よいことだ。知的好奇心、知識欲はあって困るものではない。大いに結構。


けれど、気になったものを見かける度に、あちら、こちらと歩き回るのは、はっきり言って止めて欲しい。



「美味しそう」


「菓子はいらない」



売店に足を止める彼女を引きずり。



「この蜂蜜。母様、好きそう」


「渡したら、どこに行っていたのかと追及されるぞ。隠す気があるのか?」



瓶を手に取る彼女を注意し。



「よう!お嬢ちゃん、可愛いね!このお花買ってくれないかい?」


「綺麗…」


「不必要なものを買うな。花で腹は膨れん。美しいのは分かるが、今は要らない」



花屋に呼び止められ、買いたそうな雰囲気を醸し出す彼女を正気に戻した。


そんなこんなで買い物を進めていると、アリスは突然はっとした顔をした。俺が金を入れている袋を見て、顔を曇らせる。



「そのお金、どこから?父様、まだ、私たちに、お金くれない。盗んだ?」



あぁ、俺が払っていた金を盗んだものだと思っているのか。



「安心していい。俺が稼いだ金だ。盗んでいない」


「稼いだ?」


「魔法道具を売って。お前の聖水も売ったぞ」


「よかった。盗むのはいけないこと、だから」


「困ってもいないのに盗むような真似はしない。昔は生きるために必要な行為だったから頻繁にやっていたがな。大人になってからは、金銭に困ることが少なくなったから、しなくなった」


「盗まないの?」


「盗んで欲しいのか?」


「ううん。盗まないのはいいこと」


「盗むのは簡単だ。けれど、盗みを肯定すれば、世の中の経済は回らなくなる。生きるためには俺は盗みにも手を染めたが、金が足りているのに不必要なことをした覚えはない」


「レオ、らしい、気がする」


「そうか?」


「うん。あ、私の分のお金」



自分は稼いでいないから金がないとアリスは肩を落とした。だから、至聖水の儲けは本当に要らないのかと言ったのに。


ぐぎゅゅるる…。アリスの腹の音が鳴った。腹が減ったらしい。この状態で一晩飯抜きはキツいだろう。



「至聖水を作ったことへの賃金は払っていないからな。今晩の夕食くらいなら、俺が出してやる」


「ありがと」


「どういたしまして。次からは小遣いでも父様にねだれよ」



アリスは生活能力が欠けているなと、俺はこの日学んだ。


買い物を終えて、アーラの家に戻る。鍵をかけられていたら、窓でも割って入るかと思っていた。杞憂に終わった。ドアには鍵がかけられていなかったので、そのまま荷物を持って入る。


筋力が劣るため、俺よりも荷物が軽めのアリスが中へと入っていき、アトリエへと足を踏み入れる。アーラ、と彼女が呼ぶ声がする。俺もアトリエに入ると、既に彼は作品を描き始めていた。


ぶつぶつと独り言を呟きながら、瞬きを全くしないで、目をかっ開き、キャンバスに向き合っている。目が正気ではなさそうだった。集中しているらしい。見ためは完全に狂人だ。


アリスの声を無視したところを見ると、声も聞こえていないようだった。



「レオ」


「何だ、アリス」


「アーラ、お酒、飲んだ?目、焦点あってない」


「驚くべきことに、これで薬物は摂取していない。覚えておけ。この男は絵が絡むとこうなるらしい」


「ほんと?危ない、お薬、なし?」


「あぁ」


「ヤバいね」


「本当にな」



幽霊に聞くと、どうやら一時間前からこの調子らしい。先に食事を作り始めようと、無断で台所を借りることにした。



「埃は被っているが、使えないこともないな」



台所には長年使われていない跡があった。自炊をする習慣がないようだ。どうせパンだけを食べていたのだろう。食器は一応あった。食材と調味料は一切使える状態のものはないから、使うものを全て買ってきて正解だった。


衣服の袖をめくりながら、アリスが尋ねる。



「一緒に作る?」


「作る。お前が一人で作った方がはるかに美味いけれど、今回は俺も手伝おう。一人だと時間がかかるから。味は落ちるぞ。不満は受け付けないからな」


「私は、レオの料理も、好き」


「俺としては、お前の味を完璧に再現したい」


「できそう?」


「今のところ、答えはいいえ、だ」



彼女の勘だけは模倣ができないから残念だ。どうにか味を近付けようと、試行錯誤を繰り返してはいるが。





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