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画家 7



「お化けは怖いよぉ…害はないと分かっても!殺されないと分かっていても!怖いものは怖いんですってぇ…!!」


「レオさぁん…帰ってきてぇ…」


「何をやっているんだ、お前たちは」



上に戻ると涙やら鼻水やらで顔をぐちゃぐちゃにしたアーラとサルトが、しっかりと抱き合い、床にうずくまっていた。俺が声をかけると、二人はパッとこちらを見て、「レオさん!」「君!」と抱きつこうとしてきたので、ひょい、と避けた。べちゃっ、と二人が床に倒れる。



「「なんで?!」」


「汚い。血液以外の体液を俺につけるな」



俺は、涙と鼻水と唾液と汗を指差す。これらが俺の衣服に付着するなど想像するだけで気分が悪い。血ならば返り血でよく浴びるので慣れているが、それ以外は却下だ。



「幽霊と一緒に僕とアーラ兄さんを置いていくなんて酷いです!あらかじめ知っていれば、僕たちだって地下室にだって行きましたよ!ええ!行きましたとも!お化けのいる部屋で留守番よりマシですから!」


「知らん。話をするぞ。まず手記の内容だが」


「もうやだ、この人。人の話全然聞かない」


「まず幽霊の死因に画商が関わっていることが分かった。幽霊はここでアーラと同じく絵を書いていた画家だ。そして、画商は作品を何点か買っている」


「あれ、お化けの人も画家なんですか?あ、ちょっと親近感湧きました。ちょっとだけ怖くなくなったかも…」


「そして、その後文句をつけながらも作品を購入する画商を訝しみ、何故かと尋ねたところ、それから少しして画商に薬物入りの酒を渡された。酒を飲み発狂する」


「あ、駄目です。親近感完全になくなりました。普通に怖いです。発狂とか」


「具体的な症状としては、恐らく幻覚症状。それと頭痛。文字も書けないほどに思考力が落ち、当然絵を描くことも叶わなくなる。絶望して、神経が衰弱し、自殺。以上だ。幽霊、何か間違っているところはあるか?」


"あ って る"


「だ、そうだ」


「マジですか?薬物?僕が今住んでいる家で?そんなミステリー小説で出てきそうな話が起こったって言うんですか?」


「読むか?手記」



他人から口頭で説明されるよりは、自分の目で確かめた方が信じやすいだろう。俺はアーラに手記を渡す。彼は恐る恐る受け取り、震える手でページをめくり始めた。


最後のページを読み終わり、手記を閉じて。



「マジじゃないですか…」



神妙な顔でアーラは言った。



「ヤバ、マジ、ヤバいっすわ。本当にヤバい。何が一番怖いって、自分もこの幽霊と同じ道辿ってるとこ…」



僕も殺される…?顔を真っ青にして、爪を噛みガタガタと震えるアーラに、「そうだな」と俺は言った。



「手記を呼んだが何故画商が急に幽霊に毒を渡したのか理由がはっきりしない。今のアーラの状況は幽霊の境遇とよく似ている。同じように殺される可能性は高い」


「やっぱりぃ…」


「そこで、提案だ」



子供のように震えるアーラに、俺は微笑んだ。我ながら白々しいまでに綺麗な笑みを浮かべられていると思う。



「俺と取引しないか?」


「取引?」


「そうだ。初めに言っただろう?今日は取引をしに来たと。何、難しいことではない。俺がアーラに望むものは簡単だ。お前の絵を売る権利を俺に渡してくれ。今の画商とは取引を止め、俺にだけ絵を渡す。他の画商と取引をするのはなしだ。俺はもっと商売がしたい。お前の絵が人気で金になるのなら、それを売って稼ぎたいんだ」


「はぁ…僕の絵がそんな大層なものとは思えないんですけど…」


「アーラにとってはそうかもしれない。だが、金を払ってでも作品を手に入れたいと思っている人間もいる」



アーラが迷う素振りを見せる。あと一押しか。



「勿論、取引は双方に利益がなければ成り立たない。お前が俺の取引に応じてくれたのなら、当然それなりの報酬は出す。少なくとも絵の具を買うことさえ渋る生活ではなくなる」


「本当ですか?!」


「あぁ。それと俺がお前に差し出せるメリットはもう一つある」



俺は手記を指差した。



「殺されそうなのだろう?死なないように俺が手を貸してやってもいい。現実は予想外のことが起こる時もあるから、絶対に死なせないとは言い切ることはできない。だが、死ぬ可能性を限りなくゼロに近付けることなら、俺はできるだろう」



ゆっくりと、勿体ぶるように。彼の心に染み付いた『死ぬかもしれない』という恐怖に訴えかけるように。俺は誘う言葉をかける。


死んだら絵は描けない。ならば鳥を描くことに情熱を持っているアーラは死にたくないと強く思うはず。俺としても金の卵を産む鶏…ではなく、才能ある画家を死なせるのは本意ではない。俺は金を稼ぎたい。アーラは金のことを気にすることなく、自由に絵が描きたい。利害は一致している。


画商がしたようなことをするつもりはない。作品を作り出せる人間がアーラ一人だけである以上、負担をかけすぎるのは良くないだろう。普通に売れればそれに見合った金は払う。それでパン以外のものを買うなり、家を修復するなり、絵の具を買うなりすればいい。今よりは快適な生活を送れるはずだ。


俺は前世の記憶を有し、知識もそれなりにある。大抵のことは対処できるだろう。


アーラにとっても決して悪い話ではない。


俺は手を差し出した。



「助けてやろう。俺の手を取るならば」



さぁ、後悔のない判断を。…と言い切る前に。



「是非とも!お願いします!」



アーラががっしりと俺の手を握って、ぶんぶんと振った。握手をされている。元気よく。



「…は?」


「神ですか?!神ですね?!助けてくれるなんていい人すぎませんか?!いや、もう本当にどうしようかと思ってたんですけど!君がいてくれたら百人力です!僕は死なない!明日も絵は描ける!未来は明るい!!」



緊張感が漂う空気が一気に霧散する。アーラはまるで捨てられていた子犬が拾われた時のようなキラキラ輝く目をして、俺を見つめ、何度も感謝の言葉を述べる。


ありがとうございます。本当にありがとうございます。これで僕はまだ絵が描けます。君、僕よりも強いですよね。ドア、僕の方が押し負けましたからね。ありがとうございます。君は命の恩人です。ありがとうございます。神ですか。神ですね。救世主ですね。ありがとうございます。


俺は満面の笑顔を浮かべそう早口で言う男を、ぽかん…と眺めた。自分の常識が通じない、未知の生物にでもあったような気分だった。


コイツは何と言った?是非ともお願いします?一秒も考えることなく決めたのか?


サルトの時とは違うんだぞ?森から町まで送れという小さな取引ではなく、今後の人生に大きく影響を与える取引なんだぞ?俺と契約すればもう他の画商とは取引できない。他がもっといい条件を出してきても断らなければならないんだ。それは大きくチャンスを失うということ。デメリットだ。しかも、取引条件を破った際にどうなるのか尋ねないのか?報酬として払う金額は?確かめないのか?聞いてもないのに決めたのか?…正気か?


頭の中で疑問が飛び交う。理解不能なことに驚き、一瞬、意識が宇宙にまで飛んで行った気さえした。



……………あぁ、アーラはカモだったな。



そして、漸くそのことに気付いて意識が宙から身体へと戻ってきた。



「…そうか。取引にのるか」


「ええ!君、小鳥を描かせてくれました!鳥好きの人に悪い人はいません!」



お前が描いたのは人形で、俺は鳥は飼っていないがな。



「二言はないな?」


「勿論!」


「…仮に破った場合は?」


「煮るなり焼くなりお好きにどうぞ!」



にぱっ、と笑ってとんでもないことを平然と言うアーラ。俺は思わず腹を抱えて笑い出していた。



「ふふ、あははは!!」



面白い。実に面白い。こんなにも簡単にのせられやすいとは。カモになりやすいだろうとは思っていたが、これは予想以上に頭が足りていない。これで今まで生きてこれたのが不思議なくらいだ。まるで悪い大人の口車にのせられる無垢な子供のよう。


呆れを通り越して、いっそ愉快だ。興味が湧いてきた。



「アーラ、お前は実に面白いな。その愚かさも愛嬌だ。いいだろう。取引をしたからには今回の件、お前を画商の男から守るよう努力すると誓おう」


「宜しくお願いしますね!」


「ふっふふ…あぁ、勿論」



アーラは笑顔で、俺は笑いながら握手を交わす。俺たちの様子を見ていたアリスたちは、



「…カモ」


「僕は心配です。従兄弟の将来が。いつか騙されてすごい借金とか負わされそう…」


" カ モ"



と呟いていたが、アーラは気付いていなかった。




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