画家 6
画商に殺されたという、前の借り主。詳しく聞こうと思ったが、血文字は時間がかかりすぎた。ペンで書くよりも遅い。また、インクではないので、書いた途端に白い紙にじわっと滲んで読みにくい。
もっと楽な方法はあるかと幽霊に尋ねた。"手記"がある、と幽霊は答えた。
「生前に書いていたものか。それに詳しいことが書いているんだな?」
"そう"
「分かった。手記はどこにある?」
本気ですか、とサルトに呼び止められる。本気だ。当たり前だろう。このままチマチマ会話をしていては、日が暮れてしまう。詳細が書かれたものがあるのなら、それを読んで方が断然早いに決まっている。
"地下室"
「アーラ。案内を」
「嫌ですよ?なんで僕にやらせるんですか?!」
「お前が今の家の主だからだろう」
「嫌!です!殺人とかの証拠とか、怖くて触りたくありません!!」
アーラに案内をさせようとしたら即座に断られた。サルトと手を取り合い、ガタガタと震えている。幽霊に、殺人。色々なことが一気に起こって、感情が整理しきれないのだ。
「レオ。私が行く。勘、で、なんとなく分かるから」
アリスの何とも男前な申し出があったので、彼女に任せることにした。こっち、とアリスがドアを開けていき、俺が続く。元々どちらも騒ぐタイプではないので、淡々と進んだ。地下室に続く階段を見つける。
「一応、俺が先に行こうか?」
「うん。お願い」
ーーーーー黄泉に燃える地獄の業火。我の敵は罪人なり。罪人には相応しい苦痛を。その業の深さに見合う責め苦を与えたまえ。
杖を取り出し杖の先に火を灯す。灯り代わりだ。火で照らして、暗闇の中へと続く階段を下りていく。
「レオの魔法、綺麗」
「炎か?別に珍しくはないぞ」
「うん。でも、何でか分からないけど、火力石より綺麗」
「…同じ火だ。アリスの感性は分からないな」
「そう?」
「幽霊にも落ち着いていた。慣れているのか?」
「ううん。死んだ人に、会ったのは、初めて」
「そうか」
「レオは?」
「俺も幽霊は会ったことがなかった。他の似たようなものなら、いくつか」
「そう。意外。似たようなのって、例えば?」
「不死の呪いに手を出して、腐敗した肉体を引きずりながら生きる魔物」
「不死?死なないの?」
「いや、結局は失敗したらしい。魂の寿命だけ延びて、身体は死んでいた。死体に魂だけが入った状態だ。ゾンビのようなものだな。完全な不死ではないから、対処の仕様はいくらでもある。最後は…俺が殺した」
「…殺したの?」
「あぁ。四肢を引きちぎって、耳と鼻を削いで、目玉をくりぬいた。最後に少し弄んでから殺してやった。…着いたぞ」
階段が終わり、地下室の床に足が着いた。ここは物置きとして使っているらしい。埃を被ったまま、箱や古くなった家具が放置されていた。
「さて、地下室のどこかに手記があるという話だが…」
幽霊は首を吊ったあの部屋から移動することができないようで、探し物は俺たちで探さなければならなかった。広い部屋だ。小さな手記一つを見つけるのには一苦労しそうだ。
手当たり次第にありそうな場所を探していく。先に見つけたのはアリスだった。「レオ」と呼ばれる。彼女の手に、小さな古ぼけたノートが握られている。
「多分。これ。内容、それっぽい」
そう言われて、ノートをパラパラとめくる。最初はただの日記だった。今日こんなことがあった、こんなものを食べて、こんな人に会って、こんな作品を作った。一人の画家の平凡な日常が続く。"不審な客が来た"。手を止めて、文章を読む。
"○○○○年○○月○○日
今日は朝食にフレンチトーストを食べた。だけど、塩と砂糖を間違えて不味い朝食になった。塩辛くて食えたものじゃなかったけど、勿体なかったから食べた。やっぱり不味かった。昼に前から取りかかっていた作品をやっと仕上げることができた。なかなか思う色ができなくて、時間がかかった。上手くできたから良しとしよう。夕方、不審な客が来た。気取った歩き方に話し方をする男だ。アトリエに来た客は、ふらふらと作品を眺めて、嘲笑するように笑った後、作品を一点買っていった。夕焼けの空を描いた絵だ。結構上手く描けたはずだけれど、客はもっとまけろ、と言って五月蝿かった。あまりにも引き下がらないので、半額で売ってしまった"
これが例の画商だろうか。俺は、次にその客が来た日の文章を探した。
"○○○○年○○月○○日
あの客がまたやってきた。高そうな毛皮の服を着ていた。大して寒くないのに厚着だった。寒がりなのだろうか。客は不機嫌な顔で、また作品を睨み付けるように見ていた。今度は三点買ってった。買ったってことは気に入ったということなのか。そうには見えなかったけど。今日の夕飯は、カボチャのスープとパンを食べた。パンは湿っていて美味くなかった"
"○○○○年○○月○○日
数ヶ月空いてまたあの男がやってきた。アイツ、人の作品をいちいち貶さないと話せないんだろうか。手に持ってた筆をアイツの耳に突き刺してやりたいくらいだった。綺麗なものを綺麗に見えない役立たずの目はこれか?!と叫びながら、絵の具をアイツの目にかけたいという衝動に駆られた。止めたけど。偉い。よく我慢した。褒め称えられるべき"
"○○○○年○○月○○日
また来た。アイツ、嫌い。はっきりと確信した。そりゃあ好みがあるし、一つの絵に対して嫌いって言う人もいれば好きって言う人もいる。それが当たり前だ。だから、作品のことを悪く言われても仕方ないって受け流してた。…けど、我慢の限界。嫌い。ほんと、嫌い。ボロクソに言うのに絵は買ってくって、どういうことなんだ。めっちゃ値切るし。もうこれ以上話したくなくて、二束三文で売っちゃうんだけど"
"○○○○年○○月○○日
来た。また、来た。もうこの筆アイツの口に突っ込んでやろうかな。そしたら喋れないよな。イライラして、やけ酒した。酒は美味しかった。気分は晴れなかったけど"
"○○○○年○○月○○日
「そんなに嫌なら買わなきゃいいじゃないか」と言ってみた。あの客にだ。作品がそんなに嫌なら買わなきゃいいとずっと思っていた。客は舌打ちをして、そのまま何も買わずに帰っていった。何だったのか"
「どう?」
「あぁ、幽霊の言った通りだ。画商の男だと思われる客が話に出てきてる。寒くもないのに厚着をしていた、と書いてある。恐らくこの時は、他国に行って帰ってきたからだろう。サルトが言うには寒い地域で売っているらしいからな。厚着をしているはずだ」
「文句言うのに、買う。おかしい、よね?」
「そうだな。だが、まぁ画商の場合はなくもない。好みの絵と売れる絵は違うから、あり得なくはないが…」
「うん。それでもちょっと、引っ掛かる」
「俺もだ」
安く買う理由は分かる。その方が利益が多くなるからだ。だが、必要以上に画家の作品を貶す行動が分からない。自分の作品を悪く言う者がいたら、誰だって自然と嫌な印象を持つ。画商ならば、画家と良好な関係を築かなければならないはずなのに。
「その人怒って、幽霊の人殺したの?」
「それだと自殺だと思われていることが不可解だ。本当に首を吊ったことが死亡原因ならば、他殺とは考え難い」
俺は手記の続きを読んだ。
"○○○○年○○月○○日
例の客が酒を持ってきた。何でも今まで態度の謝罪の品だと。ラベルを見るとかなり高い酒だった。遠い雪国でしか手に入れることができないとされている酒だ。何故急に、と困惑したが、酒に罪はないのでもらっておいた"
「お酒?」
「雪国。アーラの絵を扱う画商で確定だな」
「どうしてお酒?」
「寒い国に住む人々は酒好きが多い。特にアルコール度数が高い酒をよく飲む。アルコールは血流を良くし、身体を温めるからな。土産のつもりだろう。だとしても、急に馴れ馴れしくなったのは不自然だ」
ページをめくる。そして、眉を潜めた。
「字、汚くなってる」
「筆跡が乱れてるな」
"○○ ○ ○年○○月 ○ ○日
うま い。酒、うま、かった。アイツ、こん、な、ぅうまい、さけ、もつてた、ののかぁあ ゆる、 し"
もらった酒を飲んだらしい。筆跡の乱れは単純に酔っているからなのか、それとも別の理由か。その日を境に字が乱れていく。
"○ 年○○ 月○日
むじ、む じ が いる み、 みて こわ ゆるじ…て、。あたま、いだぁ ぁあ"
「虫?」
「酒に何か入れられていたな。幻覚症状だろう」
" 年○月 ○ 日
むじっ あだ ま め の む じ かけ な ぇ かけ な も、むり "
その文章を最後に手記は終わっていた。後は白紙。俺は手記を閉じた。大体の内容は把握した。
「自殺した理由、お酒、のせい?」
「有害な薬物か何かを入れられた酒だった。それを幽霊は飲んで、頭がおかしくなり、絵も満足に描けなくなった上に幻覚症状に苦しみ、そして耐えられなくなって首を吊った。なるほど。確かに他殺ではないが、幽霊の言った通り"殺された"と言えるな」
「どうする?」
「取り敢えずアーラたちの元へ戻るぞ。…いい交渉材料も手に入ったことだし」
俺がそう言って手記の表紙を撫でると、アリスが「交渉材料?」と不思議そうに言う。「話を聞けば分かる」と答え、俺たちは階段を上がった。




