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画家 5


…ということで、聞き出したアーラの住所の情報を頼りに、彼のアトリエ兼家へと俺たちは訪れていた。馬車では目立つので徒歩だ。アリスにもドレスではなく、町娘に見えるようなワンピースを着てもらっている。屋敷には勿論、留守番を任せる人形を置いてきているので、抜かりはない。



「こ、ここが有名なシエルのアトリエ…?」



ボロ屋じゃないですか…。唖然とした顔でサルトは言う。


アーラはボロボロの廃墟のような家に住んでいた。割れたガラス窓、蔦が絡み付いた壁、雑草が伸び放題の庭。これは通気性が良すぎるな。冬は外と室温が変わらないだろう。



「聞いた住所だと確かにここのはずだ」


「ここ、人住めます…?」


「住めなくはないと思うぞ。快適からは程遠いだろうがな」



だがアパルトメントではなく、一軒家だったのか。賃貸住宅なら、一軒家の方が高いはずだ。普通は。何故わざわざこんなところに住んでいるのだろう。


そんなことを考えていると、俺たちは通りすがりの大人に呼び止められた。



「君たち何をしているんだい?まさかこの家に入ろうなんて考えているんじゃないだろうね?」


「…何かあるのですか?」



気になって、俺は質問した。家に入らない方がいい?なら、住んでいるアーラはどうなのだろう。



「あぁ、この家出るって話だよ。前の借り主が首吊って自殺したんだ。悪いことは言わない。止めておきなさい」



なるほど。曰く付きだから、賃貸が安いのか。俺は謎が解けてすっきりした。隣のサルトは震えていた。



「ありがとうございます。僕たち、ちょっと好奇心がくすぐられて入ろうかと考えていたんですけど、止めておきますね」


「その方がいいね。じゃあ君たち気をつけて帰れよ」



にこやかに手を振って、忠告してくれた親切な町の人の背中を見送る。



「さ、入るか」


「いや、アンタ誰ですか?!」


「ついにボケたか?俺はレオ・アクイラだ」


「知ってますけど!違います!敬語!口調!表情!アンタ誰ですかレベルだったんですけどぉ?!えっ…えっっ??レオさんって敬語使えたんです?うっそぉ…」



何を言ってるんだ、コイツは。叫びすぎて壊れたか。本気で思ったが、あぁサルトはアンドレ殿の前の俺を知らないのか、と納得する。つまりは猫を被った俺の姿を初めて見たのだろう。アリスは、父様と母様には似たような対応をしているから、慣れているけれど。


サルトはまるで犬が人語を流暢に話し出したところを見たような、魚が空を飛ぶところを見たような、今までの常識がひっくり返された人間の顔をしていた。それほどまでに、衝撃的だったということだ。


アリスとサルトは本当に俺を何だと思っているんだ。



「レオさん…敬語…ダレ…分カラナイ…ダレ…?レオさん、横暴…敬語使ワナイ…ヨッテ、ダレ…?」


「生きていれば、態度を変えた方が都合がいい場合だってある。感情と行動を一致させないことも必要だ。俺だって必要に迫られたら、敬語も使うし、笑顔も作る。素のままだったら生きにくいからな」


「ダレ…?」


「…アリス、サルトの手を引いてやれ。赤子同然の思考力しかなくなっている」


「分かった。行こう、サルト。怖くないよ」


「ウン…」



俺はドアノッカーを叩く。暫く待つと「だ、だだだだだ誰っです…か?」と見知った声が聞こえてくる。前は名前を名乗っていないので、レオ・アクイラだと言ってもアーラは分からないだろう。


どう言えば彼が自分と分かるか。少し考えた。



「アーラ、俺だ。お前の指を折ろうとした子供だ、と言えば分かるか?」



アリスが、どういうこと、聞いてない、と言いたげに睨み付けてきた。彼女は他人が傷つけられることを嫌うからな。サルトの時もそうだったし。いつものことなので、俺は涼しい顔で受け流した。



「あ!君ですか!ちょっと待ってくださいね!」



明るい声がして、ドアが開かれる。



「いらっしゃ…ヒェェ!!人!知らない人!が!いるぅぅぅ!!」



アーラは飛び上がった。次に反射的にドアを閉めようとするので、俺はドアの隙間に足を入れて、閉じれないようにした。



「止めてっ!む、無理無理無理無理っ!!ちょ、確かに住所は教えま、ま、したけどっ、知らない人を連れててててててくるっなんて、聞いてませんっ!!」


「言ってなかったから、それはそうだ」


「言ってなかったから?!言ってくださいよ!意志疎通、大事、報連相ほうれんそう、大事!嫌です。僕は拒否します。家に?知らない人を入れる?引きこもりにはハードルが高いです。死にます。精神が死にます。怖いです。嫌です」



相変わらずだな。俺の場合は恐怖やら何やらで、普通に話せるようになったようだが、面識のない人間相手だと、上手く話せないらしい。


俺はドアを掴み、魔力を流して身体能力を上げる。そして、そのままギギギッ…と力ずくで、アーラが必死に押さえるドアを開けていく。



「ゴリラ?!ゴリラですか?!へ?なんで?!僕、成人男性なんですが?!こんなんでも!一応!ガリガリですけど!なんで僕の方が力が弱いんです?!」


「邪魔するぞ。アリス、入れ」


「お邪魔します」


「しかも女の子ぉ?!いきなりハードル高す…ぎ…」



アーラはアリスを見て甲高い悲鳴を上げたが、彼女の次に入ってきた人物を見て目を丸くした。同じく、サルトもアーラを見て驚いた表情を浮かべた。



「サルト君?」


「…アーラ兄さん?」










「従兄弟?」



前からリアクションや話し方が似ているとは思っていた。叫び声と、俺が脅した時の反応。どこかで聞いたことがあるな、とは。既視感を覚えていた。しかし、他人の空似だろうかと流していた。まさか親戚だったとは。


アーラの場合は顔半分が隠れているから分かりにくいけども、言われてみれば顔立ちもどことなく似ている。アーラが二十、サルトが八なので、かなり歳が離れた従兄弟だ。


出された茶を飲みながら、「アーラの絵を見たことがなかったのか?」とサルトに尋ねる。



「最近は疎遠になっていたんです。小さい頃はよく遊んでもらっていたんですけど、僕は四、五歳くらいでしたし、流石に全部は覚えてません」


「僕もサルト君には絵を見せた記憶がないですね。五歳の子に絵を見せても良さが分からないでしょう?」


「…その例外はいるんですよねぇ、アーラ兄さん」


「へ?誰?」


「貴方の目の前にいる人です」



アーラは俺を見つめる。すぐには言われたことが理解できなかったのか、うん?と不思議そうな顔をする。うんん?と俺の全身を見て、サルトよりも背が低く、歳が幼いことに気付く。はっ…とした顔をした。



「まさか…」


「はい、レオさん、五歳らしいです。ついでに僕よりもずっと頭がいいです。この人は規格外ですけど」


「五歳?!はい?!えっ、えっ、えっっ??五歳…?ヤバくないですか?五歳ってヤバくないですか?あまりにも大人びてたんで、小柄なだけでもっと上だと…。えっ?五歳?っていうか、今さらなんですけど、僕は未成年の子を家に呼んだ?しかもこの子、よく見たら綺麗な顔立ちしてますし。犯罪?僕、捕まります?」


「僕、最初『家の住所は教えてもらった』って聞いて、大丈夫かな…とちょっと思いましたよ。控えた方がいいと思います」


「マジっすか?捕まる?画家、引きこもり、ニート、犯罪者?ヤバい。社会的に死ぬ」


「ですね」



俺は目を伏せながら、従兄弟二人のコントのような会話を聞いていた。話し方が似ているからか、ポンポンとリズム良く話が進む。


だが、そろそろ話を戻した方がいいかもしれない。雑談が長くなりすぎてしまった。ティーカップを置いて、ソファにゆったりと座り直す。


埃っぽい、ところどころ穴が空いているソファだが、座り心地は悪くない。前の借り主が持っていて放置されていたもので、アーラはそのまま使っているものだそうだ。持ち主が自殺したものをわざわざ使うとは、いい趣味をしているなと聞いた時は感心した。


もしかしたらアーラは元の借り主が、自殺したことを知らないだけなのかもしれないが。



「アーラ」


「はい?」


「今日は取引をしに来た」


「取引?また小鳥を描かせてくれるんですか?」


「それはまた機会があったら。今回は違う」



今日は三人だけだ。小鳥はいない。そう言えば、アーラは分かりやすく落胆したように肩を落とした。ブレないな、と笑いながら、サルトに聞いた話をしてやる。



「買われた絵の話だ。簡単に言えば、お前は騙されている」


「騙さ…?」


「お前の作品は、思ったよりも価値があるらしいぞ?アーラの絵をよく買っていく男は画商で、他国で絵を売りさばいている。本物のような鳥の作品は人気でかなり高額で取引されるそうだ。相場を聞いて計算したが、画商の男が得た利益の一割も、お前の懐には渡っていない。安く買われた分だけお前は大損をしている」


「えっと?」


「もっとお前は報酬をもらうべきだということだ」


「はぁ…?」



騙されているのだと教えてやっても、アーラは怒らなかった。怒らないどころか、自分が食い物にされたことさえ気にしていないようだった。欲がないというか、抜けているというか、鳥のこと以外は無頓着というか。


カモは自分でカモと自覚していないから、カモになるのだ。俺は悟った。



「アーラ。少しは…」



言いかけて、俺は黙った。耳が不審な音を拾ったからだった。



キィ…キィ…キィ…キィ…。



何かが揺れる音だ。俺は部屋を見回す。廃墟同然の家は、中もやはり綺麗とは言い難い。灯りはランプ一つだけしかなく、窓は少なくて日光が入りにくい設計になっているので、家の中は薄暗い。部屋はアーラが描いた絵に埋もれかけているといってもいい。よって、家具は少ない。揺れるような家具はなかった。



キィ…キィ…キィ…キィ…。



耳をすます。周期的だ。一定の間隔を置いて、音が鳴っている。だから風の音じゃない。



「どうしたんですか?レオさん」


「音がする」



俺の言葉に、サルトは「えっ…」と言葉をなくし、同じように耳をすました。音が聞こえたのだろう。サッと顔を青くする。



「こ、これ…」



誰も話さなくなった。だから、音がより響いた。



キィ…キィ…キィ…キィ…。



振り子だ。振り子の音なら周期的になる。紐に重りを下げて、揺らせばこんな音になる。


俺は前世で同じ音を聞いた覚えがあった。確か…そうだ。"処刑"をしていた。俺を暗殺しようと目論み、毒を盛った奴がいたから、捕まえて拷問にかけた。色々やって、最後にソイツの首にロープをかけて、上から吊ってやった。ダラン、と力が抜けた身体が重りになって、振り子のように動いていた。ロープは動くと音がする。


ちょうど、それと同じ音だった。



「いっやぁぁぁぁ!!おばけぇぇぇぇ!!!」



何の音か気付いた途端に、音がサルトの悲鳴にかき消された。俺は一つ溜め息をついて、パチンと一回指を鳴らす。すぐに悲鳴は聞こえなくなった。「サルト君?」叫ばなくなったサルトを心配するアーラの声が聞こえる。


まだ、キィ…キィ…と鳴っている。天井を見上げるが、勿論、何もない。



「レオ。家、嫌な空気」



この家に入ってからというもの、アリスは一言も喋らなかった。そんな彼女が漸く口を開いて言った。



「先ほどまで確かに音はしていなかったはずだ」


「うん。嫌な気配も、薄かった。でも、レオが話し始めて、強くなった」


「薄くとも気付いていたのなら先に言え」


「嫌なもの、だったけど、危険な感じじゃなかったから」



嫌な気配ではあるが、危険ではない?どういう意味だろう。


カタカタッ…。音がした。今度は下からだ。俺が飲んでいたティーカップが一人でに震えていた。カタカタカタッ。カップの側に置いていたスプーンに当たって、更に音が大きくなる。


これは、何と言うんだったか。ぽる…ぽるた、あぁ、ポルターガイストだ。動くカップを眺める。



「…?!?!!?!!」



サルトが声にならない悲鳴を上げて、部屋の出口へと全速力で向かう。ドアノブに手をかける。引っ張る。だが、鍵などかかっていないはずのドアは開かなかった。



「閉じ込め、られた?」


「らしいな」



ガチャガチャ動くティーカップを押さえ、持ち上げる。震えるカップを気にせず、口をつけ、紅茶を飲む。ポルターガイストの対象になっても味は変わらないようだった。普通に美味い。



「落ち着いてるね」


「アリスもな」



アリスも、渡された紅茶を両手で持ってマイペースに飲んでいる。「危険な感じは、ないから」というのが落ち着いている理由らしい。一方、アーラはというと。何が起こっているのかよく分かっていない風だった。



「地震ですかね?」


「アーラ、お前、ここの家を借りる際に妙に値段が安いなと思っただろう」


「…?はい。不動産屋さんにすごくお勧めされたし、一番安かったので、即決だったんです」


「安くなっている理由は?」


「知りません」


「そうか。では、お前の従兄弟が暴れ回る理由を教えてやろう」


「はい」


「この家は事故物件だ。曰く付きだと有名らしい。前の借り主が自殺したのだと。ここで」


「はい?」


「自殺した家だから安くなっていたんだ。音は恐らく首を吊ったロープの音、食器が揺れているのは地震ではなくポルターガイストだと思われる」


「…おばけぇぇぇぇ!!!」



サルト第二号になった。サルトとサルト第二号は、部屋を駆け回り、ドアを押し、ドアを引き、ドアに体当たりをし、ドアに頭突きをし、とにかく暴れ回った。俺とアリスは静かに二人の奇行を見物していた。流石、血縁関係があるだけ似ているな、と思いながら。


二十歳は泣きながら許しを請い、八歳はあまりの恐怖に床に寝そべって腹を隠すように丸まって震え、五歳たちは優雅に茶を飲む。部屋は混沌とした状況になった。


五月蝿かったので、途中からアーラの声も奪った。二人が落ち着くまでに、数十分を要した。



「落ち着いたか?」



二人が頷くのを確認して、指を鳴らした。



「魔法が使えるのって冗談じゃなかったんですね?!」


「毎回僕の声奪われるのって何なんですか?マイブームですか?」



順に、アーラ、サルトの言葉だ。



「お前たちが騒がしいからだ。アリスを見習え。そうすればこの魔法は使わない」


「だって。サルト、静かにね」


「いやいやいやいや、アリスさん、怖くないんですか?おかしいですよ?僕とアーラ兄さんが普通ですよ?幽霊ですよ?しかも僕たちを殺す気マンマンじゃありませんか」


「…それはどうだろうな」



アリスは危険はないと言い切った。彼女の勘はよく当たることは既に分かっているし、俺としても特に敵意は感じない。キィ…キィ…と音はまだ鳴っている。霊の仕業なのだとすれば、この部屋にいるのだろう。



「アーラ。紙とペンを貸してくれ」


「へ?あ、どうぞ…?」



それらを机の上に置き、俺は目に見えない相手に聞こえるように「ものを動かせるなら、意思表示もできるだろう。言いたいことがあるなら書け」と天井に向かって言ってやった。



「はぁ?!何言ってるんですか?!レオさん?!」


「言葉が通じない獣相手じゃないんだ。話し合いができるだけマシだろう」


「えぇ…そういう問題…?」



ティーカップの動きが止んだ。だが、ペンが動き出す素振りはない。迷っているのだろうか。少しして、白い紙の上に、赤い線が書かれた。血文字だ。「ヒィ!」とアーラかサルトか分からない悲鳴が聞こえたが無視をした。



"殺す"



紙に書かれた文字は一言。



「目的語を書け。目的語」



俺が呆れた声で言ってやると、素直に文字が足されていく。



"あの男を"


「男ならアリスは外されるな。"あの"とは誰だ?男の名前は?」


"分からない"


「ならば、お前が殺したいのはここにいる人間か?」


"違う"


「だ、そうだぞ、お前たち。怯える必要はない」


「あ、違うんですねぇ…良かった…僕、何かしたのかと…住んでるんで、色々好き勝手にしてますし…」


「幽霊と対話してる…対話…」


"君 が 言ってた 男"


「画商か?」


"そう"



どうやら用があるのは、アーラの絵を買っていた画商の方らしい。俺たちが話題に出したから反応したようだ。しかし、幽霊と画商。生前に関係があったのだろうか。



「何故、殺したい?」


"殺 さ れた から"



赤い大きな文字が浮かび上がった。









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