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画家 4


お前はカモ。野菜と一緒に、今も鍋で煮られているというのに、のほほんとした顔をして料理されかけている、頭が足りないカモだ。


そう言いそうになって、すんでのところで堪えた。口を手で押さえ、ごくんと飲み込む。



「アーラ。話は変わるが、小鳥を描かせてやる対価だが、お前のスケッチブックの絵をいくつか俺にくれないか」


「スケッチブック…?こんなものでいいんですか?」



アーラにとっては、大したものではないのだろう。こんな落書きが欲しいのかと顔に書いていた。俺は作り笑いを浮かべ「あぁ」と答える。



「取れるものもないのに、これ以上搾取されるお前を見るのは、流石の俺も良心が痛む。だからこのノートで構わないとも。可哀想な人間を痛め付けるのは趣味じゃないんだ」


「神ですか?!地上に舞い降りた天使です?!!」


「褒めても何もでないぞ。ほら、小鳥だ。十五分は短いぞ。早く取りかかるといい」



やったー!と両手を上に上げ、歓声を上げ、鼻歌を歌いながら予備のスケッチブックを取り出し、ペンを走らせていくアーラ。一度始めてしまえば、もう自分の世界に沈み、周りのことなど気にならないらしい。


俺はニコニコと笑いながら彼を眺める。心の中で、コイツちょろいな、と思いながら。


道端に転がっていた石ころが、意外と、磨けば金になる宝石の原石だった、なんてことがあるかもしれない。







翌日。俺はサルトを屋敷に呼び出した。貴族の屋敷ということで緊張のあまり石化し、門の前で立ちすくんでいたサルトを迎えに行かねばならなかった。



「こんなお屋敷に呼び出されるとか怖いんですけど。レオさんが僕に用って何ですか?ここで立ち話じゃ駄目なんですか?」


「今回は目的は二つある。一つ目はここでもいいが、二つ目は見てもらいたいものがあるからな」


「見てもらいたいもの…?僕にレオさんの力になれると思えません。貴方なら狼の一匹や二匹や百匹くらいどうにかできるんでしょう?僕の力なんてどこにいります?人違いしてません?」


「人違いではない。前に爆弾の種類を言い当てただろう?店で扱ったことがあると言って。他にもアンドレ殿に連れられて、色々と連れ回されたことがあるんじゃないか?」


「ありますね。跡取りになる勉強ってことで。商品の目利きのやり方とか教えるためらしいです」



俺がアーラの話を聞いて考えた可能性。それは、彼の絵を安く買い取った男が知らない場所で高く売りさばいているというものだ。仕入れは安く、売るのは高く。一番利益が大きい。


サインが入った絵を頑なに買わないのは、作品を売った相手に画家の正体を教えないため。他の商人に知られ、ソイツがアーラにもっといい条件を提示すれば、もう安く仕入れることはできなくなるから。


鷲の絵はその男に買われていない作品で、おそらくアクイラ家の伯父が買ったもの。それには高い値がついた。伯父は芸術を見る目が肥えているらしいから、正当な取引ならば、絵にはそれほどの価値があるということだ。


だが、アーラの絵の価値は俺には分からない。そもそも元の世界とこちらの世界で美の基準が異なる場合も考えられる。なら、自分よりも芸術作品を見慣れている者が必要だ。


そこで、俺はサルトを思い出した。商人の息子だ。本人は乗り気ではないが、跡取りの勉強もしていると言っていた。ならば絵画だって多く見たことがあるのではないかと考えたのだ。



「絵は見れるか?」


「絵ですか?絵画は好きなので、宝石や魔法道具よりはまだ知識がありますが…」


「それはいい。俺は逆で魔法道具には詳しいが、この世界の芸術にはまだ疎いからな」


「この世界?」


「何でもない。俺の部屋へ案内しよう」



どうやらサルトに頼って正解だったようだ。


廊下を歩いていると丁度アリスと出会った。彼女はパチパチと何度か瞬きをして、サルトを見つめる。



「どうしてサルトがいるの?」


「あ、お邪魔してます」


「うん。ようこそ。ゆっくりしてね。それでレオ、説明。またサルトに怖いこと、してる?」


「酷い言い草だ。何もしていないぞ、まだ」


「まだ?!まだってなんですか?!やっぱり痛いことされるんですか?!僕、何かやらかしました?!」


「五月蝿い」


「声帯、魔法、駄目。やったら、もうハンバーグ作らない」


「…ちっ。まだ十分なデータが取れていないんだぞ」


「うん。だから、駄目。いい子」


「相変わらずお二人の上下関係がよく分からないですね。ハンバーグって何ですか?レオさんを大人しくする魔法の呪文ですか?」


「…?ハンバーグは、ハンバーグ」


「いや、確かにハンバーグはハンバーグでしょうけども。料理の名前だってことは分かりますけども。何でただの料理が抑止力になるんですか?」


「レオは、ハンバーグが、好きだから…?」


「意味が分かりません」



俺相手に一人だけでは不安だからと、アリスがついてきて、一気に騒がしくなった。


父様とも出会ったが微笑ましい光景でも見ている目で、手をふられた。ゆっくり楽しみなさい、と口パクで言われる。多分、同年代の友人ができたと勘違いしているのだろう。父様が想像している可愛らしい会話をするつもりはないのだが。


鷲の絵を見てもらうのは、後にすることにした。まずは翼を生やす魔法についての口止めをしてからだ。結局、昨日はアーラのせいで手紙を遅れなかったからな。



「ここだ」



ドアを開けて、二人を入れる。



「思ったよりも…物が少ないんですね…?」



ベッドに机、クローゼットといった必要最低限の家具。大きな本棚と本が積み上げられているが、それだけだ。元々物を集める癖はないし、基本的に持ち物は少ない。自分でも殺風景な部屋だとは思う。



「貴族の部屋って、もっと豪華そうな感じだと思ってました。それかレオさんのことですから、危ない実験室みたいな部屋か」


「実験室は是非とも欲しいが、屋敷に作ってしまうと母様たちに見つかるだろう。危険な代物を作っている最中に入ってこられると危ないから、作るかどうか検討中だ。部屋のインテリアは興味がないからそのままだ」


「なんか納得です。アリスさんの部屋はどうなってるんですか?あっ、すみません。嫌ならいいんですけど。これってセクハラになりますかね?」


「…?セクハラって何?」


「あっ、いえ、何でもないです」



三人分の椅子を並べ、二人に座るように促す。俺は火力石で火をつけて、紅茶の用意をすることにした。


俺が自分で湯を沸かすのを見て、サルトは驚く。



「使用人にやらせないんですか?貴族なのに?」


「お手伝いさん、少ない。それに、今日は休みの人、多いから」


「基本的に、自分たちでやれというのがアクイラ家の教育方針らしいぞ。母様も料理を作ってるしな。父様なんかは暇さえあれば野菜作りだ」


「はぁ…変わった貴族の方たちですね?」



紅茶を淹れて机に並べる。今回は至聖水は使っていない。飲み物を飲んで落ち着いたところで、俺は話を切り出す。



「先に一つ目の用事を済ませておこう。サルト、単刀直入に聞くが、森でのことを誰かに話したか?」


「森での?どこに行ってたのかって父様に詰め寄られた時は、少し誤魔化しました。森の入り口ら辺にしか行ってないことにしています。それでも怒られたんですよ。森の入り口だって言ってるのに」


「俺の魔法については話したか?」


「もう、僕が森に行ったって分かった父様が怖くて、それどころじゃなかったんで言ってないです。レオさんやアリスさんのことは何も。言うのを忘れてました。何かいけませんでした?」


「いや、好都合だ。そのまま俺が魔法を使うことは他言するな。特に翼を生やす魔法については」


「忘れてたくらいなんで、それはいいですけど」



予想よりもあっさりと了承されて、俺は少し困惑した。もっと揺さぶられるかと思っていた。反応からして、町での噂のことは知らないのだろう。それでも、知っていることを誰かに言うと脅すこともできるだろうに。


俺はサルトに用意していた小袋を渡す。これは?と目で尋ねられ、「口止め料だ」と答えた。サルトはギョッとして、袋を突き返してきた。



「いやいやいや、いらないですから!!黙ってるだけでいいんですよね?大したことしてないですし。お金とかいらないですって!!」


「いらないのか?」


「いりません!!こんなもらい方は怖いです!!口止め料って!怖っ!賄賂みたいで、こっっっっわ!子供の発想じゃないぃ!!」



いらないらしい。突き返された金を見つめ、小首を傾げる。もらえるものはもらえばいいだろうに。アリスも、父様も、サルトも、どうして受け取らないのだろうか。



「はぁはぁ…はぁ…なんか無駄に疲れました」


「そこまで叫ばずとも、一回拒否すれば、押し付けたりはしない。金銭が嫌ならば他のもので代用しようか?高価でないものがいいのなら、母様の菓子でも次の機会に渡すぞ。母様は料理が上手いから気に入ると思う」


「…はい、そうしてもらえると助かります。お菓子の方が断然いいです。僕の精神に優しいので」


「胃に優しいみたいな言い方だな」



一つ目の用事が終わり、次からが本題だ。このためにわざわざサルトに来てもらったのだから。俺はアーラに対価としてもらったスケッチを数枚机の上に並べる。スケッチブックの中でも、特にアーラの描き方の癖がよく分かると俺が選んだものだ。



「これと同じ描き方を見たことは?」



アリスとサルトが絵を覗き込む。



「これらはスケッチだけで色はのせられていない。だが、アクイラ家の廊下には鷲の絵画が飾られているから、後で見せよう」


「綺麗。本物みたい」


「鳥を描くことに関しては並々ならぬ執着があるらしい。絵は美しいが、もはやあれは病気だな」


「レオ会ったの?」


「昨日、偶然話した。ただ彼の話に気になることがあったから、こうやって調べているんだ。それで?サルトはどう見る?」



無言で凝視するサルトに声をかける。彼は「これ…」と真剣な顔で話し始めた。



「これ、今すごく人気がでている画家の作品だと思いますよ。ここら辺ではそうでもないんですけど、他国で人気なんです。特に寒い地域。父様は取り扱ったことはありません。何でもその画家の作品を専門で売る画商がいるとかで」



地図あります?と言われて、机の引き出しから地図を取り出して渡してやる。



「僕たちが住んでいる国はシードゥス王国。シードゥス王国から大分離れたこの国々で人気だと聞いています」



サルトが指差した地域は、内陸国のこの国からかなり離れた場所だった。海に面していて、緯度が高い。平均気温が低い場所だ。



「冬になると雪で辺りが覆われるそうです。そのため室内で過ごすことが多く、冬の楽しみとして、ボードゲームや芸術が古くから親しまれています。この画家の作品の特徴ですが、何といっても鳥を本物そのもののように描くこと。それと、翼に躍動感があることですね。中にはこの地域では見れない鳥も描いていますから、知らない土地の動物を見るという楽しみ方もあるらしいです」


「画家の名前は分かるか?」


「シエルと呼ばれているようですよ。ただ、何せどの作品にもサインを残さないらしくて、本名かどうかは分かりません」



専門の画商。サインを残さない作品。そして、わざわざここに住む人間の目には届かない、離れた場所で中心的に売っている。


アーラの作品を安く買っていた男が、その画商なのだとしたら、全て辻褄が合う。


知らずの内に口角が上がっていた。いい拾い物をした。端金でしか買われないような作品かとは疑っていたが、まさか既に人気である作品とは。


地図から顔を上げ、俺の顔を見たサルトが「怖っ…」とひきつった声を上げた。人を顔を見て、失礼な奴だな。



「レオさん、悪いこと考えてます?」


「まさか。人助けのようなものだ」


「えぇ…絶対嘘ですよね。レオさんが?人助け?無報酬で?ないないない。天地がひっくり返ってもあり得ません。僕は森で知りました」



ないない。あり得ない。サルトはぶんぶん首を振る。


俺は、くっ…と吹き出した。



「よく分かっているじゃないか。人助けは冗談だ。面白いことに気付いたからな。お前にも手伝ってもらうぞ」


「僕?!なんで僕も巻き込まれるんです?!」


「意外にお前が役に立つと分かったからだ。サルト、商人の才能があると言われたことがあるだろう?アンドレ殿が跡取りにすると言って聞かないはずだ。そこまで商品の知識を覚えられるのなら、きっといい商人になると思うぞ」


「うん。サルト、格好良かった。森では、情けなかったけど」


「アリスさん、地味に酷くないですか?!あと、僕は!!商人じゃなくて、冒険者になるんですって!!」



アクイラ家の屋敷に、サルトの大声が響いた。



サルトくん、意外にすごい子。

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