画家 2
便箋を置いてペンを持ち、サラサラと文章を書いていく。サルトに魔法のことを言うなと伝える内容だ。アンドレ殿に対しての丁寧な対応とは違い、既に彼には素の俺を知っているので、遠回しな書き方をしなくていいので楽だ。
"翼を生やす魔法のことを喋るな。森であったこと全て他言するな。この手紙こともだ。既に誰かに話してしまっている場合は連絡しろ。ソイツの記憶を消す。ついでにお前の記憶も消す。この手紙を受け取ってから話した場合、お前の舌を焼く"
書き終わり封を閉じて、杖を取り出し、施錠魔法を手紙にかけた。サルト以外の人間には開封できないようにする。他の者に見られれば面倒だからな。
(運ぶ生き物は…鳥の方がいいか)
鳥に手紙を運ばせるのが一番早い。魔法石を取り出し、杖を向ける。杖で魔法を使うことにも慣れてきた。
ーーーーー傀儡よ。仮初めの姿、仮初めの声をやろう。この石を核とし、姿を現せ。
魔法石を核として骨や肉がつけられ、数秒の内に鳥の形へと変化する。黒の羽と揃いの色の瞳、小さな嘴。愛らしい小鳥が形作られる。
大きな黒い鳥だと町の人間に見つけるだろうと思い、小鳥にした。手紙ならば重くはないのでこれで構わないだろう。
「この手紙をサルトへ。できるか?」
手紙を差し出すと小鳥は素直に咥え、賢そうな澄んだ目を俺に向けて一回頷く。俺は小鳥の喉を撫でてやる。ピィ、と短く満足そうな鳴き声が聞こえた。
「いい子だ。では頼んだ」
窓を開けてやると、小鳥は翼をはばたかせ、空へと飛び立つ。
窓から飛び立った小鳥を見送り、俺は読書へと戻った。食事の席で絵画の話になり、興味があるならと薦められた本だ。父様も読んでこのジャンルの中で一番面白かったものらしい。
内容は歴史の観点から見た絵画の力について。
"不思議な力を持つ芸術作品の伝説やお伽噺は、世界各地に存在している。歴史を見てもその美しさに取りつかれ、人生を狂わされた画家、収集家が数多くいた。それを見ると芸術には人を惑わす魅力があると言えるだろう。しかし、現在の研究ではその魅力と魔力とは別物であり、芸術に魔力は込められないとされている。しかしそれは現時点ではそう考えられている、というだけだ。もしかしたら今後それを可能にする技術が現れるかもしれない"
"魔力以外はどうだろう。例えば、魂は?もし魂を作ることが可能となり、絵の中に閉じ込めることはできれば、画期的な発明になるに違いない。絵画に描かれた人物に脳を与えることができれば、絵は焼かれぬ限り長い時を生きることになるのだから、その人物は歴史の生き証人になることができる。絶滅危惧種とされる生き物の絵を描き保管すれば、例えその生物が絶滅してしまったとしても、我々は絵画を見て彼らの姿を思い出すことができる。博物館には、動かぬ骨や化石やらの代わりに、絵画が並ぶ日が来るかもしれない。また…"
書かれていた文字を目で追いかけていたが、俺はピクリとページをめくる手を止めた。窓を開けて小鳥が飛んでいった方向を見つめる。
「誰かに捕まったか」
小鳥はただの小鳥ではない。俺の魔力で動かしている人形のようなものだ。擬似的な意識や人格は与えているが、人形が命令とは異なる行動をとった場合、俺がすぐに気付けるようになっていた。
たまに失敗作ができるとそれらは命令を聞かないのだが、あの小鳥は問題ないようだった。となれば、残るは他の誰かによって命令を遂行できぬ状況に陥った可能性。見かけは何の変哲もない小鳥だ。野生の鳥と間違えられて捕まったのだろう。
「屋敷の近くの森か。徒歩で行ける範囲だな」
魔力を辿り、まだ屋敷の近辺であることを確認する。手紙は開けられないようにしているから大丈夫だとは思うが、小鳥の方は解剖でもされれば面倒だ。何せどれだけ似せていても、心臓がある位置に埋まっているのは無機質な石なのだから。
回収にしに行くか。本を置いて、俺は窓から外へと出た。
「あっ…ちょっと暴れないで…怪我が悪化しちゃうから…」
聞こえてきたのは、若い男の声だった。小鳥の暴れる鳴き声と翼を動かす音が聞こえる。小鳥はこの男に捕まったようだ。気配を消して彼に近付く。
腰まで伸びた長い髪に一瞬女性かと思ったが、骨格と声の低さからして性別は男で間違いない。その長い髪も無造作に伸ばされているという風で、手入れされているようには見えなかった。細い腕と手足。だが背は高い。ひょろりとした細い男だ。
観察が終わり、俺はにこやかな笑みを顔に張り付けて、男に声をかけた。
「僕の小鳥に何か?」
「ひょっ…?!」
男は奇妙な鳴き声を上げて、飛び上がった。男が俺を見る。長い前髪で彼の顔半分は隠されていて、表情がよく分からなかったが、酷く驚いたようだ。
「あぁ、すみません。急に声をかけてしまって。驚きましたよね」
「き、きききききき君のここっここと…?」
「…?はい。僕が飼っている小鳥です。少し目を離した隙に脱走してしまったみたいで…。怪我をしてしまったのですね。貴方が助けてくださったのですか。ありがとうございます」
随分どもった話し方をする人だな。先ほどまでは流暢に話しているように聞こえたが。まぁどうでもいいか。
不自然に思われないように注意しながら、彼の手から小鳥を奪い取る。羽に少し血がついていた。人形だが怪我を負えば、血液に似た液体は流れるようにしてあるのだ。地面には網が落ちている。この男の仕業だと分かったが、指摘すれば更に話が長くなることは分かりきっていたので気付いていないフリをした。
スラスラと嘘を並べながら、どうにか話を終わらせる機会を伺う。そんな時、黙ったままだった男が声を上げた。
「あ、あああのっ!」
「はい?」
「これっ…あの、そ、その子がもってて…え、えええっと、その…」
「あぁ。探していたんです。友人に渡そうと机に置いていたのですが、この子が持って行ってしまったのですね」
差し出された開封されていない手紙を受け取り、ありがとうございます、貴方が見つけてくださらななくては僕は困り果てていたでしょう、と礼を言う。
「…」
「では、両親が心配してしまうので。僕たちはこれで」
頭を下げて、屋敷に戻ろうと足を踏み出す。さっさと帰りたかった。
「ま、待ってっ!」
慌てたように声をかけられる。呼ばれたのに立ち去るのも変かと思い、振り返る。
「…何か?」
「あっ…と、その…その子なんですけど、本当に君が飼ってる…んですか?」
「は?」
「ひぃ、すみません!キモいですよね?!すみません。本当にすみません。鳥オタクとか引っ込んでろって感じですよね。何喋ってんだって。はい。申し訳ないです。生きててすみません。生まれちゃってすみません。で、ででも、その小鳥どの図鑑にも載ってないやつでっ、見た目は地味だけど、その、何か気になって」
「…僕の伯父からもらったものですよ。伯父は絵がお好きなようで、様々な場所を旅しているんです。物珍しいものを見つける度に僕にもくれて。この子もそうでしたから、貴方が見たことがないのもおかしくは…」
痛いところを衝かれた。図鑑に載っていない。確かにこの小鳥は平凡な見た目だが、この世界に実際に存在している鳥の形そのままをコピーしたものではない。俺が想像した、ただの人形だからだ。細かい部分を見られれば、勘が良く知識がある者は気が付くだろう。
どう誤魔化すかと考えて、父様との会話を思い出した。嘘をつくときはほんの少し真実を混ぜるのがいい。説得力が増すのだ。そう思って、淀みなく答えるが、「ち、違う!」と男は否定した。
「だって、僕が見たことがないなんて。新種?突然変異?いや、それとも町の人たちが探していた鳥の子供の可能性もある。親鳥は?子供を放って?巣は?どれくらい大きくなるのだろう。あぁ本当に綺麗な翼だ。飼われているからか?傷一つないなんて。艶もいい。黒曜石のようだ。素晴らしい。目も澄んでいて、言葉も理解しているよう。賢い子なんだね、飼い主の躾方が良かったのかな。き、君、その小鳥を僕にもっと見せて」
細く、しかし大きな手が小鳥へと伸ばされる。長い前髪の隙間から見える男の目を見て、俺はぞくりと悪寒がした。正気と狂気の狭間のような目。
この男に対する警戒心が高まった。演技はもういいだろう。
「触るな」
小鳥に伸ばされた手を掴み、素早く指を彼の指に絡める。
「名前、職業、年齢、目的」
「え…いっ?!」
「言え。さもなければ指を折る」
人差し指で、彼の指を関節で曲がる方向とは逆に曲げる。あと少し力を入れれば折れる、というところで動きを止めて脅した。
「き、ききき君、誰?え、さっきの天使みたいな可愛い子供、ど、どこに、え、キャラ、違くね?」
「親指からか小指からか。決めた。左手の人差し指からにしよう」
手の動きを見て、男の利き手が左利きであることは分かった。取り敢えず利き手の人差し指と中指を潰せば、ナイフを持つことは困難になる。ぐっ、と指に力を入れる。男の人差し指が弓のようにしなる。
「アーラ・リペラ!売れない画家と、引きこもりと、ニートやってますっ!年齢は二十!目的はその子の絵を書きたかったからっ!これで大丈夫でしょうか!!怖い!最近の子供って怖い!痛いんだけど!指折るって!指だけは!他の臓器とかならいくらでもやっていいんで、指だけは勘弁を!慈悲を!!」
指が折れる前に、男が叫んだ。悲鳴のように叫んだ自己紹介の中に、ほんの数時間前に見た名前が入っていた。
「アーラ・リペラ?」
屋敷の廊下に飾っていた絵を描いた画家の名だ。俺は男の手を改めて見つめる。中指にペンだこができている。指と爪の隙間に色がついていた。手を洗っても残ってしまった絵の具が乾いたものだ。手を見ればその人間が何をしているのか大体分かる。この男の手は、紛れもなく、頻繁に絵を描いている手だった。
「嘘…ではなさそうだな」
「この状況で嘘を並び立てる度胸なんて僕にはないんですけども。ええ」
「…すみません。絵を描いている方でしたか。僕ったら早とちりをしてしまって」
手を離して言葉遣いを戻し、手を胸に当てる。誠に申し訳ないという顔を浮かべた。これで騙されてくれればいいが。
「天使…?えっ、さっきの悪魔みたいな顔は幻覚…?いや、っていうか一人称と話し方違う…二重人格?」
忘れてはくれないようだった。
「ちっ」
「ふぇ?」
「よし、忘却魔法を」
「何?魔法?!君が?!子供が?!や、止めて、止めてください!言いません。他言しません。墓場まで持っていきます。骸骨になっても、お化けになっても言いません。死神にも言いません。寝言でも言いません。だから慈悲を」
男は地面に這いつくばり、ヘコヘコと頭を何度も下げ始めた。命だけは、あ、あと指だけは、絵がかけなくなるので、でもやっぱり魔法とか怖い、頭弄られる、怖い怖い怖いっ…!!と言いながら。
絶対に喋らない、何をされても誰にも話さないから、止めてくれ。男は懇願する。大人の矜持などあったものではなかった。暫く見ていたが対応が面倒臭くなった。魔法をかけるのも魔力を使うしな。忘却魔法は加減が難しくて、下手したら廃人にしてしまう可能性もあるし。この男が廃人になろうが知ったことではないが、その後の処理がまた面倒…。
「まぁいいだろう。そこまで言うなら忘却魔法はかけないでおこう」
「アザッス!」




