商人の息子 3
俺とサルトは店の方へと向かった。怒鳴り声は次第に大きくなっていく。クレームという訳ではなかった。
「一歩でも動いてみろ!爆弾を起動させるからな!!」
そんな声が聞こえた。ビクッ…とサルトが身体を震わせる。そんな、とぼそりと彼の口から漏れる。
爆弾。起動。店で聞こえるはずもない単語だった。俺は店へと続く扉を少し開けて、その隙間から中の様子を見る。幸いにも扉は店からは見つけにくい場所にある。少しくらい開いていたとしても不思議には思わないだろう。
背の高い男が魔法道具を抱えていた。服はお世辞にも綺麗とは言い難い。客と店の人間は怯えた顔で固まっている。男の手には遠隔起爆装置。男はそれを使って脅しているらしい。
(こちらにも爆発する魔法道具はあるのか)
父様が作ったもの以外の魔法道具を見たのは初めてだ。前世では見慣れた爆弾だが、この世界にもあるんだな。ただ知っているものとは形が違う。威力はどれくらいあるのか予想がつかない。
「あ、あれ…」
俺の後ろから、サルトが呟く。隙間から男が見えたらしい。震える人差し指が指しているのは、男が抱えている爆弾だ。
「鉱山とかで使う魔法道具です。鉱物を採掘するための…。前に店で扱っていたのを見たことがあります」
「威力は?」
「この建物なんて簡単に吹き飛ぶくらい…」
あれが起動されれば、この店にいる人間だけでなく、町で偶然近くを通りかかっただけの人間も死ぬだろう。サルトは自分で言いながら想像したのか、顔を真っ青にさせる。鉱山で使う魔法道具の中でも特に強力なものらしい。
俺は叫び続ける犯人に意識を戻した。視線をキョロキョロと忙しくなく彷徨かせ、精一杯の威嚇をするように大声を上げている。息は整っていないし、視野が狭くなっている。冷静とは言えない。爆弾を持つ手も震えている。要求しているのは金だ。…犯罪を犯すことに慣れていないな。
あの様子ならば起爆させる覚悟もないだろう。人を殺す覚悟も、爆発に巻き込まれて自分も死ぬ覚悟もできていない。
体術だけで対処できそうだと思った。顔面でも蹴って意識を飛ばして終い。だが、問題は爆弾だ。起爆装置のスイッチに触れる手が震えている。何かの拍子に誤って押してしまいそうだ。
(アリスに感謝だな。彼女のおかげで結界の使い方を思い出せた)
杖を作る時に使った結界。裏結界。内部で起こった影響を外部に漏れないようにして、外側からは手出しができないようにする結界。
危険な実験をする際にも使え、使い道は多くあるが、何よりも爆発物の処理に向いている結界だ。爆発物を中に閉じ込めれば、爆発しても周りに被害が及ぶことはない。また結界の外にいる人間が触れることもできないため、結界内に一度入れてしまえば、持ち運ばれる心配もない。
「サルト。三秒ほど、あの男の意識をそらせ」
「えっ?まさか捕まえる気ですか?無理ですよ。父様たちに知らせに…」
「それよりも俺がやった方が早い。今のあの男は俺たちには気が付いていないからな。俺の魔法道具を売るのだから、この店が壊れるのは俺も困るんだ」
「レオさんの強さは知ってますけど…できるんですか?」
「あぁ、心配するな」
でも…とサルトが弱々しく反論した。俺は苛立って頭をかく。お前の気弱さは森で嫌と言うほど見せられたが、どうにかならないのか。
「まだ無理だ何だと叫び出すか?四階まで父様たちを呼びに行くか?階段を上がる音で気付かれれば?それが奴の気に触って爆破されれば?どうするんだ?呼びに行けたとしても、大人たちが犯人を確実に捕まえられると言いきれるか?」
「…」
「俺なら確実に止めてやる。お前の親の店なのだろう。この店が壊れて困るのは、俺よりもお前のはずだが」
さっさと腹を括れ。面倒臭い。サルトは黙った。
「三秒…だけなら、どうにか」
漸く絞り出すように言った言葉。俺はにやりと笑った。
「方法は何でもいい。意識が一瞬魔法道具からそれれば、後は俺がやる」
「はぁ…レオさんのその自信ってどこから来るんです?爆弾を持っている人を見て全く恐れないなんて、きっとレオさんくらいですよ」
「慣れだ。こういうものは」
「レオさんが生きた五年間で何があったか非常に気になります」
「ふっ…緊張はとれたか?」
「…ええ。お陰様で。僕が囮を失敗してもレオさんならどうにかするんでしょうし。やるだけやってみます」
「その意気だ」
軽口が言える程度にはサルトの肩から力が抜けた。緊張は必要なものだが、時に邪魔になる。気がそれれば何でもいいのだ。大声を出すでも、何かを倒して音を出すでも、何かを投げつけるでも。俺がやるのだから、彼が気負う必要はない。
俺は懐から今日作ったばかりの杖を取り出した。まさか作って数時間で使うことになるとは思わなかったが、まぁいいだろう。
ーーーーー光の七色。七色の光。我は色からの逃れ者、我は色からの逃亡者。肉体に色は気付かず通り過ぎ、我の身体は目に見えぬ。
すうっ…と杖に魔力が流れる感覚がして、杖を自分の方に向けて、足元から頭へと軽く降る。すると、俺の身体は一瞬揺らいで、そして透明になった。
「レオさん…?」
「ここにいる。俺が扉を開けたらすぐにやれ。五秒数える。できるな?」
「は、はい!」
突然姿が消えた俺にサルトは目を丸くするが、すぐに俺の魔法だと理解したらしい。俺は扉に手をかける。
「五、四、三、二、一…」
零。扉を開けて飛び出す。足音を立てずに爆弾を抱えた男の元へと走る。後ろからサルトの大声が聞こえた。
「うっわーー!!!強盗?!泥棒?!怖っわ!!マジで怖い怖い怖い!僕、子供です!美味しくないです!殺さないで!!爆弾でばーん!はい、見るも無惨な肉片です、とか嫌ですから!!」
突然現れて騒ぎ出したサルトに、全員の意識が集中する。それは男も同様だった。俺は足を振り上げ、男の力が緩められた手に容赦なく叩き落とす。爆弾が手から離れた。その瞬間を逃さずに、素早く呪文を唱える。
ーーーーー防御魔法・裏結界。
膜のようなものが爆弾を包んで、そして消える。これでいい。結界は消えたように見えるが、元々この結界は透明なので、外からは何も変わっていないように見えるのだ。息を吐いてすぐに次の攻撃へと移る。
足を今度は横に回し、男の顔面に回し蹴りを食らわせる。
「ぐっあ…!!」
まだ状況が理解できていなかった男は吹っ飛ぶ。壁に打ち付けられて、「いっ?!」と短い悲鳴を上げた。頭を強く打ち付けたので簡単には起き上がれないようだ。俺は姿を透明化する魔法を解いて、サルトの方を向く。
「アンドレ殿を呼んで来い。それと、犯罪者を取り締まる組織があるのならそこへ連絡を」
「あ、はい!」
前世でも一応それらしい組織はあった。魔族たちの町では大体はその縄張りを支配するグループだったが、治安がいいこの世界にも似たような組織はあるだろう。サルトは頷いて、階段を駆け上がっていく。
「皆さんも念のため避難をお願い致します。彼は僕が押さえておきますので」
次は客の避難だ。万が一怪我人を出して店の評判が落ちては、俺がせっかく作った火力石が売れなくなってしまう。怪我を負った者がいるかを確認し、取り上げず外に出て建物から離れた場所に移動するように指示を出す。店の人間に他に爆弾らしきものがあったかどうかを尋ね、男には仲間がいたかどうかを聞いた。
「こ、子供?」
「その話は後でお願いします。状況を把握させてください」
「え…あ、っと、爆弾は恐らく一つ…。仲間は見ていないので、彼一人だと…」
「彼の目的は?」
「えっ…?いや、そこまでは…」
店を爆破するにしても、何か目的があったはずだ。個人的な私怨か、それとも金を奪えればどこでも良かったのか。男の言動から見るに後者の可能性が高いが…。俺がそう考えていると「レオ!」と名前を呼ばれた。
「父様?」
「はぁっ…はっ…爆弾を持った…人がいると聞いてっ…レオが…」
階段を駆け降り、息を切らした父様が立っていた。サルトは犯人を既に捕まえたことを言いそびれたのだろうか?そこまで急ぐ必要はないはずなのに。驚きつつ、安心させるように俺は言う。
「父様、安心してください。既に動けなくし…て?」
急に前が見えなくなった。父様の身体に押し付けられたからだ。背中に手を回されて、強く力を入れられる。しかし、締め上げて骨を折ってやろうという力の強さではない。父様の肩が少し震えている。
何をされているのかすぐには理解できなかったが、頭が落ち着いてくると、抱き締められているのだと分かった。
「父様?」
何故抱擁されているのだろう。困惑しながら、父様を呼ぶ。「良かった…」ぼそりと彼は呟いた。
「え?」
「良かった…本当に。怪我がなくて」
言葉の意味が分からなかった。同じ言語のはずなのに、俺の頭は彼の言葉を瞬時に飲み込むことができなかった。
怪我?怪我なんてする訳がない。俺を誰だと思っている。いくら人間に成り下がったとはいっても、元は魔物を統べていた王だ。こんな火遊びを覚えたばかりの子供同然の人間に、俺が傷を負うはずがない。
怪我がなくて良かった?俺が怪我を負って何か不都合でもあるのか?
分からない。父様は、この男は、何を言っているのだろう。
「レオ。レオ、僕の可愛い息子。君が才能がある子だっていうことは知っているよ。火力石も、至聖水も、素晴らしい発明だ。僕に同じものを作れと言われても、一から同じものを作ることはできないだろう。レオはとても頭が良くて、いい子なのは分かってる。…でもね」
父様は抱き締めるのを止めて、俺の顔を覗き込んだ。
「思う存分に好きなことをやりなさいとは言ったよ。レオがやりたいと思うことを、僕は父親として、君の一番の味方として応援するつもりだ。だけど、今日の行動は許すことはできない。僕たち大人に頼ることをせずに、自分から危険に飛び込んだことだ」
「…?」
「分からないかい?どうして責められているのか分からないという顔だね」
「はい。どうして駄目なのでしょうか?四階まで父様たちを呼びに行くよりも、自分で対処した方が勝機が高かった。決して無謀な勝負ではありません。きちんと敵の様子を客観的に観察して、自分が勝てると判断した上での行動です」
あれがあの場で取れる最良の行動だった。断言できる。だって、父様とアンドレ殿を呼びにいって何になる?数が増えるだけだ。少なくともこの店の中で一番力があったのは、間違いなく俺だったのだから。
「うん。そうだね。もしかしたらレオの方が正しくて、レオがやった行動が褒められるべきなのかもしれない。でも、僕は父親としてーーーーー君を守らなくてはならなかった」
また抱き締められた。先ほどよりも少しだけ強い力で、俺が存在することを確認するように。
「勝機とか、可能性とかの話じゃないんだよ。レオがどんなに大人びた子供でいようと、僕は君の父親でレオは僕の息子だ。だからレオは自分の身を危険にさらすようなことをせずに、父親の僕を頼って、守られるべきだったんだ」
「守ら…れる?守るのではなく?」
「そう。父親は子供を守ることが仕事で、子供は守られるのが仕事だからね」
守られる。守るのではなく、守られる。庇護の対象。…俺が?
かけられる言葉はどれも聞き覚えのないものばかり。聞こえてる声はまるで慈しみ、諭すような声色。俺は酷く狼狽えた。死ぬ間際でさえ、冷静さを欠いたことがなかった俺が明らかに平静を失った。それがいけなかったのだろう。
「こんっの、クソ餓鬼!!」
壁にぐったりと身を預けていた男が、意識を取り戻し、懐から刃物を取り出して俺に向かってきた。すぐに対処しようとするが、父様の腕が邪魔だ。体術では間に合わない。魔法を使うしかないか。俺は杖を取り出そうとした。
たが、その前に。
「それにね、レオ。僕は君が思うほど弱くはないんだよ。息子一人守れないで父親が務まる訳がない」
父様は小さな試験管を取り出した。コルク栓を開けて、俺を抱き締めたまま、中の液体を向かってきた男にかける。走ってきた男は急に立ち止まることもできずに液体を浴びた。
何を、と俺が言う前に、ごとんっと男は白目を向いて床に倒れた。驚いて見れば失神していた。父様は満足げに頷いて試験管を仕舞う。
「父様?これは…?」
「ふふ。実は先日眠り薬を作ろうとしたのだけど、失敗してしまってね。ちょっと効果が強すぎるものができたんだ。処理に困ってたんだけど、丁度消費できて良かったよ」
母様たちには内緒だよ?心配させてしまうからね。父様はクスクスと笑って、悪戯が成功した子供のような顔をした。
「似た者親子…」と遠くでサルトが小声で言ったのが聞こえた。




