商人の息子 2
アリスが作った聖水を作る魔法道具は、「至聖水」という呼び名に決まった。アンドレ殿の父様がまた熱心に名前を考えてくれたので、俺は名前が決まることを待つだけでよかった。
火力石の取引も上手くいき、対価をもらう。火力石の材料である魔法石を一つ父様からもらっていたので、その分を返そうとしたら「あれは僕からのプレゼントだよ。だから気にしなくていい」と断られた。アリスといい、父様といい、欲が無さすぎる。言葉に甘えてもらった分の金はすべて俺のものになった。
さて用事も済んだことだし、さっさと帰るかと思った時だった。
「そうだ。坊っちゃん」
「何でしょう?」
「今日は私の愚息も来ているんです。よければ会ってやってくれませんか?」
アンドレ殿に呼び止められ、息子に会っていかないかと誘われたのだ。馬車での父様との会話のことをすっかりと忘れていた俺は、あぁ子供が来ているんだったか、と思い出した。
「坊っちゃんよりも歳上とは思えないくらい、落ち着きがないのですがね。仲良くしてくださるとありがたいです」
「じゃあ、僕はアンドレと少し話しているから、レオはその子のところに遊びに行っておいで。子供同士の方が打ち解けやすいだろう」
二人にそう言われ、俺は部屋を後にした。店の裏口で掃除をさせているということだったので、そちらに足を動かす。何故跡取りとなる子供に雑用をさせているのだろうか、そういう教育方針なのかと疑問を持ったが、別にどうでもいいことだったので、質問しなかった。
一階に降りて、店の人間に事情を説明し裏口への行き方を聞いた。案内しましょう、と言われたがやんわりと断っておいた。目的の場所に進んでいくと、何やらぶつぶつと大きな独り言が聞こえてくる。
「ほんと、一晩中説教の後に裏口の掃除って酷すぎません?徹夜ですよ。徹夜。眠い目をこすって、箒を動かせと?塵一つ残らず掃除しろって無理ですよ。無理無理。だって、外なんですから風一つでまた塵が運ばれてくるんですよ、それを残らずって無理って分かりませんかね。分かるでしょう?普通」
何だか初めて聞いた気がしない声だった。誰だっただろうか、と首をひねりながら、扉を開ける。
「へ?」
「あぁ…お前がアンドレ殿の息子か」
パチリ、とその子供と目があった。「ひっ」と子供はひきつった声を上げた。
「ヒィィィィ!!なんでいるんですか?マジでなんでいるんですか?!僕、レオさんに住所とか教えてないですよね?!」
「五月蝿い」
今日は隣にアリスもいないので、何も躊躇うことなく指を鳴らして、その子供ーーーサルトの声帯に魔法をかけた。
「…っ?!…!」
「何を言っているのかさっぱり分からないが、お前が聞きたいはずのことには答えてやる。まず俺はお前に会おうと思って来たわけではない。ついさっきまで俺もお前がアンドレ殿の息子だと知らなかった。次、何故ここにいるのか。商売をしに来たからだ。俺が作った魔法道具のな。取引は終わり、子供同士仲良くなってこいと追い出されのでここに来た。そしてお前がいた。以上だ」
「…!!!…?!…?」
「アリスはどうしたのかという質問ならば、彼女は家にいる。アリスは商売には慣れていないだろうからな、わざわざ連れてくる必要もない」
「!!!!」
「まだ質問があるのか」
バンバンと箒で叩かれる。は・や・く・と・け、と彼の口が動く。
「騒がないな?」
コクコクと高速で頭が上下に揺らされた。首振り人形みたいだな、と思った。また指を軽く鳴らし、魔法を解く。
「…再会してすぐに声を奪うなんてどうかと思いますけど」
魔法が解かれたサルトは、恨みがましく言った。
「道端で騒ぎ出したお前が悪い。俺だってお前が鶏のように騒ぎ出さなければ魔法を使わない」
「今、鶏って言いました?ねぇ、今、人のことさらっと鳥と一緒にしました?」
「よく似ているぞ」
「僕、レオさんのこと嫌いになりそうです」
「そうか。どうでもいい」
「前も思ってたんですけど、人の心あります?」
家業を継ぐのではなく、冒険者になりたいとサルトは森で言っていた。その時は大して気に留めていなかったが、家業とはこの店のことだったのだろう。アンドレ殿の店は町でも一、二を争うほどの大きな店だと聞いている。そんなに大きな店の子供として生まれてしまったのなら、周りが跡取りになれと言うはずだ。
サルトは昨日森に行ったことがバレて、罰として掃除させられているのだと愚痴を言う。朝からやっているが一向に終わっていいという許しがもらえないらしい。
「レオさんは?魔法道具を売りに来たとか何とか言ってましたけど、どういう意味ですか?」
「どういう意味も何も、そのままの意味だが」
「はい?」
「だから言葉のままだ。俺が作った魔法道具をアンドレ殿が気に入ってくれてな、ここに売りに来た」
ぽかーんとサルトは呆けた顔をする。しかし、すぐにはっとして、「いやいやいやいやいや」と首を振った。
「何言ってるんですか?嘘つくにしてもまだマシな嘘つきましょうよ。魔法道具の開発ってどんだけ大変か知ってますか?優秀な研究者たちが集まって、高い研究費をかけて、何年も時間をかけて、やっと一つでき上がるもんなんですよ?それをレオさんみたいな子供が作れるはずが…ん?」
「どうした?」
「…レオさんのファミリーネームって何でしたっけ?」
「アクイラだが」
「イクラ?」
「アクイラ」
「アケイラ?」
「アクイラだ。名前がどうした」
何だか様子が変だな、と思って見ていると、サルトの顔色がさっと青くなった。もしかして…いやまさか…でも子供いるって…それに店にいるし…と何やらぶつぶつと顎に手を当てて呟いている。漸く考えが纏まったのか、サルトは顔を上げた。
「もしかして、いやあり得ないと思いますけど、本当にあり得ないでしょうけど、レオさんのお父様って…あの天才研究者と名高いアレク・アクイラ様だったりします?」
見たことがないくらい真剣な表情のサルトに尋ねられ、俺はこくりと頷いた。
「そうだが」
天才と名高いかどうかは知らないが、名前は合っているので父様のことに間違いないだろう。俺が肯定すると、サルトは後退りして、俺から距離をとる。そして、腰を百二十度ほどまで曲げて深々と頭を下げた。
「ヒィ!!お貴族様じゃないですか!しかもアレク・アクイラ様の子供?!あ、道理で頭がいいわけだ。納得。じゃなくて!貴族!僕平民!うわ、殺さないでください!謝りますから!今までの態度とか!無礼な発言とか!謝りますからぁ!!」
お貴族様。平民。過度な媚び。すうっ…と自分の心が冷えてくるのが分かる。貴族だと分かった途端にとんでもないことをしたと謝罪し始めるサルトを見て、嫌な記憶を思い出した。前世の、忌まわしい記憶。
「黙れ」と呟いた言葉は、自分が言ったはずなのに、言おうとしていた声色よりもずっと低い声だった。
「不愉快だ。今すぐ止めろ」
「ふっ…?!」
「背筋を伸ばせ。前を向いて目を見ろ。貴族を立てねばならない時があるのは理解できるが、過度に媚びへつらう必要はない」
「…?」
サルトは、頭を下げたまま下から俺を見上げた。何を言っているのか分からない、という顔だった。一向にサルトが頭を上げないので、俺は彼の頭を掴んで無理矢理上げさせた。
「ちょっ…乱暴しないでくださいよ!」
思わずサルトは批判の声を上げる。何をするんだ、言いたげにきっとサルトは俺を睨んだ。
「そうだ。それでいい。俺は確かに貴族の生まれだが、特別扱いは求めない。前と同じ接した方で構わない」
「はぁ…?」
サルトは首を傾げたまま生返事をした。何言っているんだろうこの人、という目だった。
暫く俺たちは立ち話を続けた。どうやら無礼な態度をとっても怒られないらしいと分かったのか、最初は緊張気味に片言で喋っていたサルトも、途中からは肩の力を抜いて普通に話していた。
「ねぇ、レオさんの魔法で掃除を終わらせることとかできません?」
「できるが、俺がやるメリットは?お前の罰なのだからお前がやるべきだろう」
「レオさんってそういうとこありますよねぇ。何て言うか、俺にメリットがないことにどうして労力を割かねばならない?って感じ」
「その通りだ」
「うわ、マジ性格ひねくれてますね。博愛の精神を持てまでは言いませんけど、困っている人を助けようくらいは思った方がいいですよ」
「何故?」
「えぇ…どうしてって。そうするべきだから?」
「そうするべきとは、誰が決めた?」
「…レオさんって頭いいですけど、時たま子供だなと感じるところありますね。いや子供で間違いないんですけど。他の知識の深さとかがおかしくて、本当は知らなくて当たり前なんですけどね。そう言えばレオさんって何歳です?」
「前に五歳になったばかりだ」
「はい?」
「五歳。何だ先ほどから。耳の調子が悪いのか?医者に診てもらえ」
「僕の耳は正常です。レオさんの言葉があまりに予想外のものだったので脳が理解するのを拒否したんです。え?五歳?五歳って子供じゃないですか」
「この身体を見ろ。五歳児のものだろう」
「普通の五歳の子供は、まずそんなこと言わないです」
そんな会話をしていたときだった。俺とサルトは話を止めて、建物の中の方を向いた。急に店の方が騒がしくなったような気がしたからだ。裏口から商品を扱っている部屋までは少し距離があるため、ここからでは何が起こっているのか分からない。
「なんか騒がしくないですか?」
「怒鳴り声が聞こえたな」
町の中だ。音が溢れ返りすぎてよく聞こえなかったが、確かに店から誰かの興奮した大声がした気がした。




