杖作り 2
「痛っ…!」
パタパタとこちらに走ってくる軽い足音がする。庭まで花を取りに行ったにしては少し遅かったな、と思いつつ、俺がドアを見るのと、丁度アリスがドアを開けたのは同時だった。
ゴンッ。
まるで透明の壁にでもぶつかったかのように、部屋の中に入ろうとしていたアリスの身体は弾かれて、ペタンと廊下の床に尻餅をついた。彼女は狐にでもつままれたような顔をしていた。
面白い芸か何かなのだろうか?と疑問に思って、漸く部屋に結界を張っていたことを思い出す。
「あぁ…結界を張っていたのだったか。この結界は内側の被害を外に出さず、しかし移動は内側から外側へは楽だが逆は困難なタイプだったな。そういえば」
俺は人差し指を、ついっと横に軽く動かす。部屋を覆っていた結界が消えて、アリスがそろりそろりと慎重に入ってきた。
「酷い」
「お前がぶつけたのだろう。俺は見ていただけだ」
酷い濡れ衣だ。俺が意図してやったことではない。
「それで?用意できたのか?」
「うん。まずは聖水作る。前の魔法でできた光を、水に入れる。それでできる。合ってる?」
遅いとは思っていたが、どうやら花だけでなく必要な他の材料も取りに行っていたらしい。両手には蜂蜜の瓶と、水が入った瓶、それに庭に咲いていた花が抱えられていた。
作り方を確認しながらも、アリスは迷いなく自分で作業を続けていく。先ほどまでやり方が分からないと固まっていた娘とは別人のようだ。元々器用なこともあるのだろう。
俺とは全く違うやり方で次々に作業を進めていくアリスに俺は興味を持って、横で見ていることにした。その代わりに見物料として、彼女の質問にはできる限り答えるようにする。
「蜂蜜は台所から。母様が不思議がってた」
「特別なものでなくていいのか?食用だろう、それは」
「いいの。それに、母様、蜂蜜が好き。こだわってるって言ってた。これもいいやつって前に」
俺が教えた呪文を唱えてただの水を聖水に変え、その中にとろりとした蜂蜜を加える。量はティースプーン三杯ほど。水の中に入り瓶の底に溜まっていく琥珀色の液体を混ぜて、水にしっかりと溶かす。
次にアリスは花を手に取った。俺も花については詳しくないので名前は知らない。しかし、白で大きさは小さいが存在感がある花に、アリスらしいなという感想を覚えた。
「花びら…十四枚」
「勘か?」
「勘。レオが勘でいいって言った。駄目?」
「正確には判断材料の一つとして使えと言ったんだがな。まぁ構わないんじゃないか?」
「うん」
花びらをちぎり、同じように瓶の中に入れて混ぜる。見た目だけなら、ただ水の中に花びらが浮いているだけにしか見えない。
「できる…?初めて杖、なんて作ったから不安」
作り終えたアリスは今更心配げにそれを見つめていた。
「予備はまだある。お前が木を見つけたのだから、予備の分は譲ってもいいぞ。失敗してももう一度作り直せばいい。それだけのことだ」
「…!うん。作り直す」
何かを作る際、最初から成功するなんてことは稀だ。百回の内、一回あればいい方で、今は大分慣れた俺でも初めて魔法具を作った時は何十回と失敗を繰り返した。その失敗例を纏めて、次に生かし、改善していく。その過程が面白い。最初から成功などすれば試行錯誤の楽しみが失くなってしまう。
それぞれが作った液体を枝を浸けて、今度は長めに時間を置いた。
「綺麗…」
でき上がった俺たちの杖は実に対照的だった。俺の杖は、血と葡萄酒が染み付いたのか、少し赤みのある黒。アリスはまるで脱色したかのような真っ白の杖だった。アリスは自分で作った杖を日光を当てて、感嘆の息を吐く。
「成功したようだ。きちんと内部まで液体が染み込んでいる。使っていく内に自然と持ち主の魔力に染まっていくだろうから、もう何かを浸けるといった作業はいらない。最後に」
俺は袋から、石二つを取り出した。アリスは見覚えのある石に、あ、と声を出す。
「サルトの石?磨いてある。それに、二つ」
森の外まで送ってやることを対価にサルトから渡された、魔力を流せば色が変わる石だ。しかも昨日、調べてみると面白いことが分かった。微量な量ならば色が変わるだけだが、ある程度の量の魔力を流すと何故か魔力が増える。
その事実に気付いた時は、まさに杖にぴったりな効果に、いい取引をしたと笑みを浮かべたものだ。翼を少し動かすくらいで、労力はほとんどなく、ただで手に入れることができた。こんな価値あるものをあっさりと譲ってくれたサルトに礼を言いたいくらいだ。
俺は杖にまた小さな穴を開けて、二つの内の一つを手に持って、穴に押し込む。丁度いい大きさにできたようで、石はかちりと杖の穴にはまった。軽く指で押すが外れる様子はない。上手くできたようだ。
「杖に収まる大きさにするには二つに分けるくらいが丁度良くてな。俺は半分しか使わない。もう半分は余った」
サルトからもらった石は大きくなかったが、杖は細すぎたために更に半分まで砕かなくてはならなかった。予備として置いておいてもいいが…。俺はアリスを見る。
「…くれる?」
「聖女の杖作りという貴重なものを見させてもらった礼だ。好きに使え」
ぽんっと放り投げると、アリスは魔法を教えてもらった時のように目を輝かせた。




