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杖の材料

タイトルの名前の付け方、変えました!


「化け物ですか?」


「湖から這い上がって開口一番にそれか」



狼の最後の一体の身体に深々とナイフを突き刺し、俺が狼の群れを殲滅した後。後ろから声をかけられる。頭から服、靴の中までびしょ濡れのサルトが恨みがましそうに、俺を睨んでいる。しかし、睨まれたところで威圧感も殺気もなにも感じないので、俺には無意味なのだが。


彼の隣には、対照的に全く濡れていないアリス。少しドレスは汚れてしまっているが、特に大きな怪我もなく、またサルトのような被害にもあっていない。



「レオ、血の匂いがすごい」



アリスが珍しく険しい顔をしていると思ったら、彼女は俺の服を指差して言った。改めて今の自分の格好を見る。綺麗とは言い難い。白いシャツは狼の血でべっとり汚れ、ズボンも同様だった。汗はあまりかいていないが、三人の中では俺の格好は一番酷いと言えるだろう。


「怪我した?」


「全て返り血だ。洞窟の中でなかったら魔法で倒せたが、剣だとどうしても血がついてしまう」


「そう。怪我ないなら、いい。あったら治療する」



やっとアリスは眉間の皺を寄せるのを止めた。血の匂いが嫌で顔をしかめていた訳ではなく、俺の怪我を気遣っていたらしい。



「レオさんって一体何者なんです?博識で、しかもこの強さって」


「大したことはしていない」


「十分大したことだと思いますけどねぇ…ここの狼、プロの冒険者のパーティーでも手こずる相手だと聞いていますよ。それを何体も相手って…」


「そうか。どうでもいい。それよりもお前たちも手伝え」



俺は懐から小瓶をいくつか取り出して、サルトとアリスに一つずつ渡す。先程と同じように採集をするのだと二人は察したようだったが、どれを採集するのかと不思議そうな顔をする。


俺は地面に散らばる狼の死体を指差した。



「獣の血も使う。血を採れ」


「えっ…」


「分かった」



そうして血を手に入れて、邪魔者がいなくなった洞窟でまた植物や鉱物の採集、この際になかなか面白いものを見つけた。


きっかけは思い出したように言った、アリスの言葉だった。



「そう言えば、湖の底光ってるところがあった」


「また鉱石か?」


「石…にしては、光が強かった気がする。でも深かった。息が続くか分からない」



石にしては光が強い。ならば、今までに集めた鉱石とは違う種類、または魔力がある他の何か。これを調べない手はない。


それに今のままでは血の匂いが強すぎて帰れないと思っていたところだ。湖に潜るついでに血も洗い流せばいい。衣服に付着した血はとれないだろうが、それでも身体に染み付いた匂いは少しは薄まるだろう。



(アリスはともかく…あの人たちには血の匂いを嗅がせたくない)



家に残してきた夫婦。今の自分にとっては親という立ち位置にいる二人。彼らは血の匂いとは無縁の人種だ。俺とは違って。


俺は血の匂いがない場所では生きられなかった。生まれた時から血の匂いは身近にあって、死は隣にあった。そんな生き方しか俺は知らない。


だが、血に関わらずに済むのならその方が良いのだろう。戦う必要もなく、大怪我をするような仕事をしなくとも食い扶持を稼ぐことが可能なら、そのまま平穏に生きるべきだ。わざわざ危険に身をさらす必要はない。


俺は自分の服を摘まみ、文句を言うサルトに目を向ける。だから俺は彼の考えが理解できない。実力もないのに、安全な今の生活を捨てようとする彼の考えを愚かとさえ思う。


しかし、それはあくまで俺の意見だ。サルトに押し付ける気はない。



「行くの?」


「あぁ。荷物は置いていく。剣は持っていくが、お前たちは平気か?」


「うん。もう嫌な感じしない。大丈夫だと思う」



ならばもう襲われる心配はないのだろう。俺はアリスたちに荷物を預け、剣のみを持って湖に潜る。冷たい水が体温を少しずつ奪っていくのを感じる。やはり人間の身体では長時間水中にいることはできないらしい。



(呼吸は…いざという時は魔法でどうにかなるか)



サルトがいても大丈夫だったことから、湖の中には危険な生物はいないのだろう。いや、というよりも…。



(生物がいない?)



俺は辺りを見渡し、魚の影がないことに気付く。水質を確かめるが、特に汚染されているようにも思えない。普通ならば魚が繁殖していてもおかしくはないはずだが…何かあるのか。


俺はアリスが言っていた光源を見つけて、それに向かって手足を動かす。なるほど、確かに不思議な光だ。鉱石とはまた違うように見える。



(こんな場所に…)



光の正体に、俺は目を見開いた。大きな大樹、それが湖の底に根を張り、大きく枝を広げていたからだ。光っているのは枝の先で、全体の大きさは俺の身長の十倍以上は確実にあるだろう。葉は生えておらず、表面は白くてツルツルとした手触りだ。


海藻の類ではない。地上に生えている木に良く似た形のそれ。水中なのだから成長に必要なはずの空気は少ない上に、洞窟で水中という日光がほとんど当たらぬといっていい場所。そんな場所に樹木が生えていた。



(生物が周りにいないのはこの木が原因か?これなら杖が作れる。普通の木の枝ではもの足らないと思っていたところだ)



俺は木に近付き、特に光が強い枝の数本を剣で切り取る。杖の形に削る必要があるので少し大きめに切る必要があるが、枝は沢山あるのだから数本ならばこの木の成長の妨げにもなるまい。


そろそろ肺の中にある酸素がなくなりそうだったので、俺は水面に上がり岸へと泳ぐ。アリスが俺の荷物を両手で抱えて待っていた。



「何かあった?」


「良いものが取れた。見つけたお前の手柄だ。礼を言う」


「役に立てたなら良かった」



アリスに枝を見せてやると、「杖?私のも?」と声を弾ませる。



「木を見つけたのはお前だからな。杖に相応しい枝だ。見つけてくれた礼にお前の分も取って…」


「ありがとう!レオ!!」



湖から上がったばかりでまだ濡れている俺に構わずアリスは抱きつく。そして、俺の手から枝を一本ひったくり、その白銀の目でしげしげと観察する。



「杖。私の!」


「まだ枝だがな」


「これで完成じゃないの?」


「何のための採集だと思っている?その枝だけでも価値はあるが、更に集めた薬草や鉱石を使って特別なものに加工していくんだ。その作業は家に帰ってからになる」


「レオがしてくれる?私も手伝っていい?」


「俺は自分の杖を作るだけだ。何故お前の分まで作らねばならない。…隣で俺の作業を見て、真似をするかどうかはお前の好きにしろ」


「うん。ありがとう、レオ!」



にこにこと嬉しそうに彼女は笑う。魔法を使えること、自分のためだけの杖を持つことがそんなに嬉しいものなのか。俺は魔物だったから、人であるアリスの気持ちはよく分からない。



「何だ?サルト」


「いえ、意外とお兄さんやってるんだなぁ…と思いまして」


「…?兄をやる?言語の文法まで理解できなくなったのか?」


「意味が分からないなら良いですよ!失礼ですね!!」



杖の材料を一通り揃い終え、洞窟に用がなくなった俺たちは外に出た。やっと血の匂いから解放されたサルトはほっとしたような顔をして、そしていつの間にか夕暮れの時間になっていたことに驚いた。洞窟の中はずっと薄暗かったため、今の時間帯が分かっていなかったようだ。



「もうこんな時間ですか?」


「ふむ。夜までしてもいいが…予想よりも集められたことだし、今日はこのくらいにしておくか。アリス、家に帰るぞ」


「サルトは?どうするの?」



そういえばサルトは家出をしたのだったか。狼を狩れば父親に認められるかもしれないと森に入ったと言っていたが、肝心の獣は全て俺が始末してしまった。



「…僕も帰ります。家に。レオさんが戦っているところを見ていましたが、とても僕に相手ができるとは思えません」


「賢明な判断だ」


「そりゃあそうですよ。死にそうになったんですから。夢は命あってのものです。家に帰るのは気まずいですけど、流石に意地になって森に留まろうとは思いません」



俺は意外に思って、眉を少し上げる。考えの足りない子供だと思っていたが、ちゃんと自分の力量は理解し自棄にはならないタイプらしい。夢は命あってのもの、サルトの口からそんな言葉が聞けるとは意外だった。



「ということで、僕も二人と一緒に帰らせてもらえるとありがたいんですけど…森にいる狂暴な獣があれだけとは限りませんし」


「断る」


「そこを何とか。レオさんが善意でそんなことをやる人じゃないってことはこの数時間で十分分かりましたけど、僕、このままだとせっかく拾った命をまた失くしそうなんですよ」


「知らん」



少し見直しはしたが、サルトを送るかどうかは別の話だ。



「レオさん飛べるんですよね?あの翼で、パッーと町まで飛ぶだけ!いえ、森を抜けるまででいいですから!」


「確かに町に寄ろうが、そのまま帰ろうがそれほど労力は変わらない」


「なら!」


「だからといって、わざわざ俺がお前を送ってやる義理もない」


「ええ…」



俺に言われて項垂れるサルトだったが、「あ、じゃあこれでどうですか?」と妙案を閃いたような明るい顔になった。



「色が変わる石、差し上げますよ。どうせ家に帰ったら何をやってたんだって父様に叱られて取り上げられるでしょうから。レオさん欲しかったんですよね?なんだかんだ言いつつも、助けられたのは事実ですし、お礼もかねて。だから僕を安全な町まで!お願いします!!」



最初は交渉のような話し方だったが、最後にはやはり懇願するような言い方に戻っていた。石と俺を移動手段にすることを交換条件として交渉しようとしたらしい。交渉するのならば、最後までやれ。


サルトが差し出してたのは、彼が見つけた魔力を流せば色が変わる石だ。正直に言うとこの石の価値はよく分からない。色が変わるだけで他の効果がないならば、ただの綺麗なだけの石ころだ。魔力がある鉱石は既に手に入れたから、無いと困るというほどでもない。


だが…まぁ良かろう。ここで断ればまたアリスが五月蝿いだろうしな。



「…森を抜けたところまでだ。町で翼を広げる訳にはいかない」


「勿論です!ありがとうございます!!」



俺は石を受け取り、採集したものと一緒に袋の中に入れる。



ーーーーー鳥よ、お前たちの翼を貸せ。



呪文を唱えると、俺の背中に翼が現れる。魔力を温存しておいたので、魔力切れも心配はないだろう。準備ができたぞと視線を送れば、アリスは真剣な顔つきで俺の肩に手を回し、しっかりとしがみついた。こちらに来る時に、しがみついておかないと落ちると学んだようだ。



「え?アリスさん、何してるんです?」


「サルトも早く掴んで。多分肩とか腰とかの方がいい。服に掴むとバランスが崩れやすい。手はレオが掴んでくれないから駄目。落ちる」


「はい?」


「俺は抱えない。飛んで移動したいのなら、死ぬ気でしがみつけ。非力なアリスでも来る時は落ちなかったぞ」


「でも、もう少しで落ちるところだった。手、痺れる」


「我慢するんだな。サルトも早くしろ」


「普通、可愛い妹のために抱えてやろうとか思いませんかねぇ…」



サルトは諦めたように溜め息をついて、アリスと同じようにそう簡単には落ちないようにしがみついた。俺は翼を動かし、一気に空へと舞い上がる。「ひぃぃぃぃ!!」とサルトの悲鳴が上がる。耳元で叫ばれているようなものなので、五月蝿い。



「わぁ…すごい」



目的の高さまで到達したので、スピードを弱める。そこで初めてサルトは固くつぶっていた目を開けて、感嘆の息を漏らした。空から見る森とどこまでも広がっていく青い空。この美しい光景は飛ぶことができる者しか知らない。



「空を飛ぶのは初めてか」


「普通は誰だってそんな経験ないと思いますよ。レオさんが特別なだけです」


「そうか。ならばお前はこの景色を目に焼けつけることだな。送った後はもう会うことはあるまい。お前が魔法を身につけるのならば話は別だが、もう空の上から景色を楽しむ機会はないだろう」



そうしてサルトを森の外に送り届け、俺たちは屋敷に戻った。血まみれの服なので、堂々と玄関から入る訳にはいかない。前と同じように自室の窓を開け、足をかける。部屋には身代わりとして置いていたアリスと俺の人形が立っていた。俺の人形が先に気付き、こちらに駆け寄ってくる。



「お帰りなさいませ。我が主」


「あぁ、ご苦労。何か問題はあったか?」


「いいえ。特には御報告するものはございませんでした。母君と父君にも怪しませてはいないと思います」


「そうか。では役目は終わりだ。戻れ」



人形たちは恭しく一礼して、「では、失礼致します」と元の石に戻る。地面に落ちたそれを回収し、採集したものの共に机に置いた。翼をしまい、血のついた服の代わりの着替えを取り出す。



「レオー!アリスー!夜ご飯よー!」



一階から母様の声がした。



「アリス、先に行け。俺は着替えて、もう少し血の匂いを落としてから行く」


「分かった。遅くなる?」


「いや、十分も待たせないだろう。母様たちにすぐに行くと伝えてくれ」


「了解」



アリスのドレスも少し汚れているが、食事するくらいの短い間ならば気付かれないだろう。それに庭で転んだとか言い訳はいくらでもある。彼女が出ていくのを確認し、俺は素早く服を着替え、魔法で残った匂いを消す。これでいい。



「レオーー?」


「はい、母様。今行きます」



今日の夕食は何だろうか、と考えながら俺は部屋を後にした。


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