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魔王と聖女の転生日記 3


俺は自分の小さくなってしまった手を見つめた。問題なく自分の思い通りに動くが、前の身体とは違うところがある。



(魔力が前よりも少ないな)



魔王だったかつての何割ほどだろうか。これくらい少ないとなれば、魔族ではなく…。


「今世では人間か」と俺はぽつりと呟いた。



「悲しい?」



「悲しくはない。元が弱いならば弱いなりの戦い方があるというもの。ただ身体に巡る魔力が多いの普通という感覚だったから、違和感はある」



俺は元々魔王になりたいと思ったことはないし、生きるために必要だったから力を求めた。その力だって、ただの純粋な強さだけではなく、知力や判断力なども含まれる。力の一部が欠けたからといって、他のもので補えればいいだけのこと。



「それに、人間にしては魔力は多い。これならば、人間の身でもできることはあるだろう」



「私も貴方と同じくらいだけど、前と一緒」



「ほう。魔王を倒した聖女と同じほどの力ならば、そこまで悲観することはないというものだ」



あの時の娘の力は、今までの勇者たちよりも数倍は強かった。それでも魔王であった俺か見れば弱いものだが、人間からすれば十分に素質があると言っていいはずだ。



「あれを倒したとは言えない」



「そうか?胸を張って良いと思うぞ。お前は何十年も倒されることのなかった魔族の王を殺したのだから」



何人もの勇者ができなかったことを、やり遂げたのだ。称賛に値する。



「貴方が油断しているのを狙っただけ。運が良かった。それだけ」



どうやら彼女によれば、その油断さえ狙うことのできなかった歴代の勇者たちは、とことん運がなかったということらしい。それはそれで面白いかと思って、俺は「そうか」と返した。



「アリスー!!レオーー!!」



彼女とは違う第三者の声に、俺が振り向けば、庭の中に金髪の男が立っていた。男はどうやら俺と娘のことを呼んでいるらしく、こっちにおいでと手を振っている。


説明を求める目を彼女に向けた。



「あの人は私たちの父様。…そう言えば、名前言ってなかった」



新しい家族。新しい名前。



「私の名前はアリス・アクイラ。そして、貴方はレオ・アクイラ。…これから宜しく、魔王」



「あぁ。宜しく、聖女」



これから俺の第二の人生が始まる。













「誕生日おめでとう!!」



どうやら俺の記憶が戻った今日という日は、俺とアリスの五歳の誕生日だったらしい。そのことを知ったのは、夕食の時だった。



「ねぇねぇ。レオ、アリス、料理はどうかしら?私今日は特に頑張って作ったのよ」



大きな机の上には、今世の母が作ったという手の込んだ食事が並べられていている。前世で食べていたような豪華な宮廷料理のようなものではなく、グラタンやスープ、サラダなどの家庭的な料理だ。


とりあえず、自分の前に置かれたスープを飲む。野菜を煮込んだもののようで、まだ作りたてなのか湯気が立っていた。



「っ?!美味い…」



噛むと、じわっと野菜本来の旨みが溢れ出て、ブラックペッパーが味を引き締めている。トマトやじゃがいも、玉葱など何一つとして珍しいものを使っていないはずなのに、驚くほど甘くて美味い。



「そうでしょ?今日は自信作だったもの!!」



「これは本当に…えっと、母様が?」



「そうよ?どうしたの急に。いつも食べているじゃない」



「母様の料理、美味しい。当たり前」



これは、本当にこの女性ーー呼び方はアリスと同じ母様で良いのだろうーー母様が作ったものなのか。どこかの一流の料理人が調理したものではなく。



「アリス、母様は昔有名な料理人だったのか?」



隣で、夢中になってパンを頬張っているアリスに小声で尋ねる。



「違う。母様も父様も貴族。母様は料理が趣味。だから」



確かにこの屋敷は、狭すぎず広すぎずという大きさだが、家具はセンスがあって質の良いものを使っている。アリスと母様のドレスも値が張るものだと分かっていたから、それなりに金はあるようだと考えてはいたが、貴族だったとは。



(貴族にしては気さくな両親だな)



貴人の妻が自ら台所に立ち、普段から料理を振る舞うなど聞いたことがない。魔族の貴族たちなど、お高く気取った者たちばかりで、俺は奴らが心底嫌いだったのだが、彼らはどうやら違うらしい。



(止めよう。あれはもう過去のもの、前世で起こったことだ。今の俺には関係ない。あの馬鹿馬鹿しい権力争いのことなど思い出していては、飯が不味くなる)



それよりも。アリス、料理が趣味だからという理由だけでこれ程の物を作れないはずだが。



「でも、実際に母様は貴族で昔から料理が好き。それでいっぱい練習したと言ってた」



「練習…」



「このパンもモチモチ。美味」



「パンも…」



「うん。石窯で。モチモチ」



「モチモチ…」



「モチモチ」



パンまで作れるのか。何ということだろう。俺はアリスにならって、机の中央に置かれているバスケットに手を伸ばした。そして、そこに積まれているパンを手に取る。


パリッ…と表面が割れて、ふんわりとした白い中身が現れる。恐る恐る口に入れると、今まで自分がパンと考えていたものは何だったのかと思うほどにこれもまた美味だった。



「美味しい…」



「レオ。さっきもそれを言ってた」



「あら、レオ。本当に今日はどうしたの?私の料理なんて貴方が赤ちゃんの頃から食べているじゃない。それなのに、ずっと驚いた顔をして…」



アリスとこそこそと話していたのを、母様は不思議に思ったらしく、話しかけてきた。



「レオは、今日、母様の料理の偉大さを再確認した。で、驚いてる」



おそらく今日俺が記憶を取り戻したせいで、前の俺とは違うことを隠そうとしたのだろうが…。アリス、それはフォローになるのか。



「まぁ、嬉しい!!そう、再確認してくれたの」



どうやら、フォローになったらしい。


「まぁ、僕の妻の料理は絶品だからね!」と父様が胸を張る。そして、思い出したように「そうだ。レオ、今日はお前の好物は食べないのかい?いつもお前が一人占めしようとしていたのに、今日は大人しいね」と言った。



「好物?」



「レオは、ハンバーグが好きだった。貴方は…分からないけれど」と、アリスが耳打ちする。



「ハンバーグ…とは?」俺が首を尋ねると、アリスは「知らないの?」と驚いたような表情をした。アリスの無表情が崩れたのを初めて見たぞ。


これ、とアリスはそのハンバーグなるものが入った皿を取って、俺に見せてきた。匂いからして肉料理だということは分かる。調理法は予想するに、肉を丸めて焼いたものだろうか。



「他は分かるのに?ハンバーグだけ?」



「スープやパンなどはあったが、グラタンやらピザやらは魔族の文化にはなかった。だから、本と挿し絵でしか知らないんだ。それでも、ハンバーグというものは見たことも聞いたこともない」



「魔王である貴方には、何も知らないのものはないだろうと思っていた」



「あぁ。俺も驚きだ」



他の料理は食べたことはなくても本に味も書かれていたから、どのような味がするのか大体は想像がつく。しかし、俺の頭の中にある知識の中には、ハンバーグについての情報は皆無だ。



(俺はこの世にあるほとんどのものを知っていたつもりだったんだが…食か。盲点だったな。母様が作るような美味い品があるとは知らなかったし、このハンバーグというものがあるのも知らなかった。俺もまだまだということか)



新しい知識を知ることは楽しいものだ。新鮮な気持ちになるし、知識は時に武器よりも力を持つ時もある。新しいものを知れただけでも一度死んだ甲斐があったというもの。



「初めてなら…食べない?」とアリスが心配そうに聞く。



「お前、誰に物を言っている。新しいものを怖がり拒絶するなど愚者たちのやることだ。自分に知らないものがあると分かったならば、とことんまで調べる以外の選択肢は俺にはない」



そう言って、スッとアリスの手にある肉料理を奪う。魔力量が少なくなったせいでやはり幾分かスピードが落ちている。しかし、それでもアリスの目は捉えられなかったのか、「お皿…消えてる」

と驚いていた。


俺のスピードを目で捉えられる者はほとんどいない。流石のアリスも無理だったようだ。



「皿なら俺の手の中だ」



「…!!…本当」



「お前とは戦うことがなかったからな。初めて見たのだから、目で追えないのも無理はない。昔はこれで盗みをして生きてきたものだ。後には戦闘にも重宝した。まぁ、食べ物を奪うためにこれを使うのは久しぶりだが」



懐かしい。俺が幼い時はよく店から食べ物を盗んでいたものだ。


さて、実食といこう。

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