魔王と聖女の転生日記 25
「正気ですか、貴方?!普通、人を投げますか?!いえ、投げません!!」
「お前を姫のように、丁寧に抱いて上まで上がれと?気色が悪い」
「誰もそんなこと言ってませんが?!普通に横に抱えて運んでくれるだけで十分です!!」
「命の恩人に、礼よりも前に、文句を言うとは。おい、アリス。やはり、コイツは助けるべきではなかったのではないか?」
「本当に悪魔ですね!貴方!!」
甲高い声で、ピーチクパーチクと五月蝿い子供だ。少し大人しくさせようと、俺はパチンと指を鳴らした。途端に、先程まで五月蝿く喚いていた子供の声が聞こえなくなる。
子供は自分の喉に手を当てて、ハクハクと口を開け閉めしている。餌を求める魚のようで滑稽だった。
何故、声が出すことが出来ないのかと驚愕の表情を浮かべている。
「…!!…!…」
バンバンと肩を叩かれる。驚きで極限に見開かれた彼と目が合う。
何をしたんですか?!と消したはずの子供の声が聞こえた気がした。
駄目だ。声を消しても、今度は全身が五月蝿い。
「少し声帯を振動させないようにしただけだ。潰した訳ではないし、一時的なものだ。そう騒ぐな」
何をしたのかを言えば、更に子供は暴れ出した。落ち着きを取り戻すまでは時間がかかりそうだったので、俺は子供を無視し、アリスに手を差し出す。
「ほら、早く立て。早く起き上がらねば、ドレスがもっと汚れるぞ」
アリスは、俺の手を取って立ち上がったが、口を尖らせて俺を睨む。
「レオのせい。私に当てないようにも出来たはず。わざと?」
「俺を脅して言うことを聞かせたのだ。これくらいの報復は可愛いものだぞ」
実は子供を投げる際に、アリスにぶつかるように投げた。ハンバーグを脅しの材料に使ったことへの、ささやかな仕返しだ。
「お前の我が儘を聞いてやったのだ。見返りに、家に帰ったら、聖水作りを手伝ってもらう」
「分かった」
俺が力を貸してやったのだから、馬車馬のように働け。そして、俺のために金を稼げ。
「あと、レオ。そろそろあの子を許してあげて」
アリスが指差した方向には、声が出せないと漸く諦めたのか、「あの、本当に謝りますんで、許してください」と背中を丸めて、木の枝で文字を書く子供がいた。
「えっと、まずは自己紹介ですよね。僕の名前は、サルト・イーガンです」
「アリス・アクイラ。宜しく」
「…レオ・アクイラ」
アリスの頼みで声を戻してやると、取り敢えずもう崖の上にはいたくないと子供が言い、俺たちは移動することになった。移動している最中に、子供は何故か自己紹介をしようと言い出した。
別に森を抜けたらもう会うこともないのだから、自己紹介など必要ないはずだ。しかし、アリスは律儀に自分も名乗り、言いたくなさそうな空気を出す俺にぼそりと「ハンバーグ」と子供が聞こえない声で呟く。
アリスめ、味を占めたな。そう言えば、俺が言うことを聞くと思っているのか。
しかし、名前ごときで彼女と言い争いをするのも面倒だ。意外とこの聖女は頑固のようだし。俺は素直に名乗ることにした。
「同じファミリーネーム…本当に兄弟なんですね…」
サルトと名乗った子供は、アリスの白銀の髪と俺の黒髪を見比べる。
俺たちの外見は何故か、二人とも前世の幼少期の姿なのだ。そのため、アリスと俺の容姿には全く血の繋がりを感じさせるところがないし、父様や母様とも似ていなかった。サルトが兄弟だと信じられなくても無理はないだろう。
「そう。レオは私の兄。正確には双子の」
「双子、ですか…二卵性だとしてもここまで似てないなんて…」
「アリスと俺の話などどうでもいい。それよりも、俺はお前のような子供が何故この森にいるのかが知りたい」
アリスとサルトの会話が長く続きそうだったので、俺は二人の会話に割り込み、ずっと気になっていたことを問いかけた。
枝を掴みプルプルと震えていた姿からも、サルトは戦闘力が高くないことは分かっている。人を食うという獣がいる森だ。普通の常識ある人間ならば、ここにはいないはず。
この子供は何の目的で、ここに来たのか。
(目的によっては…アリスの目を盗み、事故に見せかけて…)
邪魔になるようであれば、消すか。俺はそんな考えを持ちながら俺が尋ねると、サルトは「言わなきゃ駄目ですか…?」と恥ずかしそうに目をそらす。
ふむ、出来れば言いたくないものらしい。これは、聞き出さなくてはならなくなったな。
「拷問が好みか?ならば、俺が話やすくしてやろう」
「言います!言いますから!!貴方が言うと冗談に聞こえないんですよ!!本当に!」
何だ、言うのか。俺は拷問用の道具を魔法で作ろうとしていた手を下ろす。本気だったのだが。
「…に、なりたいんです」
「声が小さい。聞こえる音量で答えろ」
「だから、冒険者になりたいんです!!」
…は?
「ふざけているのか?」
「違いますよ!!本当に、冒険者になりたいんです!」
いや、意味が分からない。冒険者とは何かは知らないが、おそらく職業の一つだろう。なりたいのならば、なれば良いではないか。それが何故、森にいることの理由になるのだ。




