魔王と聖女の転生日記 24
声の方向に歩いていると、崖があった。そして、声は崖の下から聞こえてくる。どうやら本当に危機に陥っているらしい、と声の主がどんな状況にいるのかを予想して、少し驚いた。
何故助けに来ないのかと叫べるくらいの余裕はあるので、子供が大袈裟に騒いでいるだけだと思っていたが、予想よりも危険な状態のようだ。
俺とアリスは、崖の下を覗き込んだ。
「いた」
「いたな」
崖の壁に生えている細い枝。それに掴まっている小綺麗な格好の、金髪の子供だ。両手、両足を枝に絡み付け、必死に落ちまいとしている。崖の下の地面は遠い。普通の人間ならば、落ちれば即死だろう。
しかし、彼の体勢はそう…あの料理に似ている。
(豚が丸焼きにされる時の体勢だ)
そんな無様な体勢で、子供はどうにか生きていた。
崖の近くを歩いている時に、地面が崩れて、崖に落ちた。そして、運良く落下途中に枝を見つけ、今までしがみついていた。経緯はそんなところか。
子供は俺たちの姿を見て、目を丸くした。
「子供…?何で、子供がこの森にいるんです?」
その質問をそっくりそのまま、お前に返したい。ここは人が滅多に立ち入らない場所ではなかったのか。
「待ってて。今、助ける」
アリスはそう言うと、ドレスが汚れることも気にせず、崖の下へと手を伸ばし始めた。子供の手を掴んで引き上げたいらしい。
「無理!!いや、無理ですって。貴方の細腕じゃ、僕を持ち上げるのは無理です!」
アリスのやろうとしていることを理解した子供は叫ぶ。
「黙ってて。あとちょっと…」
「全然、あとちょっとじゃないです!!貴方の手、全く枝に届いてませんからね?!」
懸命に助けようとするとしているが、成果に結び付いていないアリスに、子供は突っ込む。
金髪の子供の年齢は八歳程で、アリスよりも身体は大きい。彼女が引っ張りあげるのは不可能だ。また、枝はアリスかどれだけ手を伸ばしても届かない場所にあった。
「大人!!僕よりも年下の子に無理はさせられないです。貴方たちのお父様かお母様を呼んでください!!」
「母様たちは、家。ここにはいない」
「子供だけで来たんですか?!獣がいる森に?!希望は絶たれた!!僕は死ぬぅぅぅぅ!!」
「大丈夫。助ける。頑張るから」
「ありがとうございます。でもね、気持ちはとても嬉しいんですけど、無理です!!もう二十分もこの状態なんです。手が痺れて、震えてるの分かります?僕は落ちてまっさかさま、そのまま、ぐしゃりです。見るに耐えない、血だらけの悲惨な死体になります!!」
なかなか面白い会話だ。コミュニケーションがとれているような、とれていないような、そんな会話だ。愉快なものを見せられているなと俺はアリスの隣で、感心しつつ聞いていた。
そんな俺を、子供の目が捉える。
「あの、そこの黒い目付きが悪い方、何をしているのか聞いてもいいですか?」
「俺か?アリスとお前でやっている喜劇のようなものを見物している。なかなか愉快だ。続けてくれ」
「え?見物?嘘ですよね?天使みたいな子が必死に隣で助けようとしているのに、見物してるんですか?貴方は何もしないで?目の前で人が死にそうなのに?」
「あぁ、そうだ」
豚の丸焼きの体勢で枝にしがみつく子供と、助けようとするアリス。そして、それを隣で見物する俺。これが、今の状況だ。
「はぁ?!」と子供は大声を上げた。きしり、と枝が揺れるが子供は気付いていない。
「こんな性格悪い人、初めて会いましたよ!!ちなみに、その隣の天使とのご関係は?!」
「アリスは俺の妹だ」
正確に言えば、前世で俺を殺した人間でもあるが。まぁ、それを彼が聞きたい訳ではないだろう。
「こんな、悪魔と天使みたいな二人が兄妹?!」
子供が今までで一番大きな、驚愕の声を上げた。その時だった。
ポキッ…。
「えっ…」
子供が絶望に突き落とされる声がした。彼の手は未だにしっかりと枝を握ったままだ。しかし、彼の身体はゆっくりと下へと落ちて行く。
枝が折れたのだ。
「レオっ!!」
アリスは、すぐに俺に目で言った。あの子を、助けてあげて。
(やはり、面倒なことになった)
何故、自分がこんなことをしなければならぬ。
そう文句を心の中で言ってから、俺は背中に魔力を集める。そして、足を一歩空中に踏み出し、崖に落ち、背中に生えたものを動かして落下している子供に追い付く。
その子供の服を掴み、わざわざ上まで持っていってやるのも面倒臭くなったので、そのまま上へと投げ飛ばした。
「何で羽が生えてるんですかぁぁぁ?!」と叫びつつ、子供は美しい弧を描きながら飛び、崖の上で見守っていたアリスにぶつかる。衝突して、二人は悲鳴を上げた。
(よし、助けたな)
これで、アリスとの約束は守ったことになるはずだ。俺はこれからも母様のハンバーグを楽しむことができる。
俺は満足して、ゆっくりと翼をはためかせて、上へと上がる。元いた場所に戻ってくると、アリスと子供はそれぞれ自分の頭を抱えて、地面に転がっていた。
「あぁ、頭をぶつけたか」
俺がそう言うと、じとりとした視線をアリスは寄越し、金髪の子供は睨んできた。




