魔王と聖女の転生日記 23
「私のお願い。助けたい。多分、私じゃ助けられない。レオいた方が、安心」
俺が善意で人助けをすることがないと分かったのか、今度は頭を下げてきた。
自分が助けたいから、助ける。ただの自己満足に過ぎないが、放ってはおけない。だから、力を貸してくれ。それがアリスの考え方か。
…真の善人か、偽善者。彼女のような人間をそう言うのだろう。
「俺がそれで頷くと?」
眉をひそめ、俺はそう返した。彼女だって分かっているはずだ。可哀相だから助けてあげようという心があるのならば、俺は前世で魔王になどなれていない。
強くなるために必要なことだったから。弱みになることは最小限に減らしたのだ。
「俺の同情を誘うのは不可能だ」
「…分かった」
「行きたいのならば、自分だけで行け。お前の行動は俺が決めるものではない。見捨てても、助けに行っても、その後巻き添えを食らい命を落とすとしても。それはお前の自由だ。止めはしない」
あくまで、俺が決めるのは俺自身の行動だ。アリスがどうしようと、止める権利は俺にはない。
これだけ言ってもきっと、彼女は助けを呼ぶ者の元に行くのだろう。ならば、彼女とは別行動になる。
「ではな。お前が事故に巻き込まれず、獣にも食われず、無事に屋敷まで帰ってきたら、また今日の夕食の席で会おう」
なかなか面白い娘だったが、彼女は早死にするタイプだ。自分の関係のないことに、首を突っ込むことを止められない生き物。助けた子供を見捨てられず、この森で死ぬ可能性はある。
少し残念だな、と思いながら、俺は杖の材料を求めて歩き出した。…歩き出そうとした。
「…手を離してくれないか」
アリスは俺の手を掴んでいた。
「この言い方、駄目。分かった。だから、言い方を変える」
無表情で、彼女は俺に言う。
「ハンバーグ、人質」
いや、少し口元が笑っているようにも見える。無垢な聖女の笑みというよりは…。
「私を置いていっても、絶対に私は屋敷に帰ってやる。血だらけになっても、四肢を失っても、魂だけの存在になっても。母様に、絶対にハンバーグを作らないでってお願いしてから死んでやる」
不敵な笑み、が正しいのではないか。俺がいつも浮かべているような。
「愛しのハンバーグ、そしたら、もう会えないよ?」
「くそ。誰だ、コイツに効果的な脅し方を教えた奴は」
「レオの言い方、見て、学んだ。やっぱり、これで良かった?」
「あぁ、上出来だ。忌々しい程にな」
結果を言えば、俺が折れることになった。アリスの脅しを聞き、俺は考えた。
実は、アリスが大怪我を負っても帰ってくる可能性は低くはない。人を切り捨てることのできない甘い彼女が、人を食う獣が住む森で無傷で帰ってくるのは難しいだろう。他の子供が足手まといになり、アリスはきっとその子供を庇うからだ。
しかし、彼女は治癒魔法が使えると言っていた。そのため、死ぬギリギリになっても、身体を動かせる程にまで回復できるのだ。
また、彼女は俺と同じ程に魔法の素質を生まれ持っているし、土壇場で魔法の才能が開花してもおかしくはない。
この森で、死ぬ可能性もあるが、帰ってくる可能性の方が高いのではないか。
(それに、死んだとしても…)
死んだ聖職者が、生きている聖職者の夢に現れ、言葉を伝えたという話は聞いたことがある。もし死んで魂だけの存在になった彼女が、母様の夢枕に立つことになれば…。
死んだ人間の口を封じることは、俺にもできない。彼女は言いたい放題だ。ハンバーグだけでなく、他の美味い料理も作らないように頼むかもしれない。その代わりに、不味い料理ばかりを食わせるようにも頼むかもしれない。
今世の俺の楽しみの大部分が奪われる。
「それは避けなければ」
「私、説得できた?レオ、来てくれる?」
「…今回はお前の我が儘に付き合ってやる」
「ありがとう」
こうして、俺たちは「本当に助けてくださいよ!!何で迷うんですか?!人でなし!!!悪魔!!!呪われろぉぉぉ!!!!天罰よ下れぇぇぇ!!!」と、叫び続けている声の方向に向かうことにした。




