魔王と聖女の転生日記 21
ふむ。言葉を発する能力を持ち、自分の使命があることを理解している。なかなかの出来だな。これならば任せても大丈夫だろう。
俺はそう判断し、人形に役目を告げる。
「俺たちが留守にする間、身代わりを任せる。この屋敷に住む人間たちには手は出すな。出来るだけ好意的に接するよう」
「御意のままに」
人形は俺の命令を理解し、更に頭を下げた。さて、次はいつの間にかいなくなっている我が妹の人形は…。
「アリスと一緒の顔。そっくり。すごい」
「い、妹君。ご命令を」
「声まで一緒。鏡見てるみたい」
「私にご命令を…」
アリスに捕まっていたようだ。彼女は自分そっくりの人形をしげしげと見つめ、観察している。人形は与えられるはずの命令が一向に言われずに、困惑しているようだった。
鼻が当たりそうなほど至近距離で人形の顔を覗き込むアリスを引っ張り、人形を解放してやる。
「早くコイツに命令を言ってやれ。己のやるべきことが分からないままだと、混乱する」
「命令?」
「そうだ。留守を任せる他に何か伝えることがあれば言っておけ」
アリスは頷き、少し考えて自分の身代わりに言った。
「父様と母様と仲良くね」
じゃあ、バイバイ。と人形に手を振るアリス。
…まぁ、良しとするか。何か問題があれば俺の人形が対処できるだろう。任せたぞ、という目線を送れば、それは微笑みを浮かべ「お任せを」を小さな声で呟いた。
「レオ、どうやって行くの?」
「堂々と門から出る訳にはいかないからな。ここからだ」
俺は自分の部屋にある窓を開ける。アリスと俺の部屋は屋敷の二階にあり、この窓の外は空中だ。アリスは窓の外と俺の顔を交互に見て、「また死にたいの?」と首を傾げつつ尋ねてくる。
先程死んだら母様のハンバーグが食べれないと話したばかりなのに、何故そうなる。
「違う。目的地まで飛んで行く。他にも時間をかけない方法はあるが、それは魔力消費が激しい。…ところで、お前は腕力は強いか?」
「…?」
「まぁ、非力でも死ぬ気でしがみつけ」
質問の意図が分からずにぼんやりとしてる妹を片手でかかえ、俺は窓に足をかけて、外へと飛び出す。重力によって身体が落下し始めてたら、身体に魔力を巡らせた。
ーーーーー鳥よ、お前たちの翼を貸せ。
簡潔に魔法式に合う呪文を言う。ブワッ…と風が動いた。
地面につきそうだった足の先は、地面に当たることはなかった。空中に俺の身体が浮かんでいるからだ。
「フワフワ…」
抱えてられているアリスが、俺の背中を見つめてぽつりと呟く。俺の背中には、空を自由に飛ぶことのできる鳥たちが持つ翼が生えていた。しかし、大きさは鳥のような小さな物ではない。俺とアリスの二人分の体重を持ち上げる風力を生み出すことが可能な、大きな黒い翼だ。
「フワフワ…触りたい…」
俺の翼が魅力的に見えるのか、アリスはぐっと手を伸ばし、翼の付け根に触れる。そのせいで、ぐらっと一瞬、バランスを崩した。
「おい、止めろ。飛ぶのが難しくなる」
「…分かった。でも後で触らせて」
「断る」
こんな大きくて邪魔な物を長時間も生やしているなんて御免蒙る。翼は重いし、羽はよく抜けるし、しかも翼を動かす音は煩わしい。
本当ならば、一瞬で目的地にまで行く魔法を使いたかったが、そうなればこの身にある魔力の三分の一は削られる。だから、気が進まなくても、翼を懸命に動かして行くしかないと言う訳だ。
「手が疲れた。後は自分でしがみつけ」
そう言うと同時に、アリスを抱えていた手を離す。彼女はすぐに俺の身体にしがみつき、どうにか落下を免れた。
「酷い。ハンバーグのこと、忘れてない?」
「それとこれは別だ。俺はちゃんとお前を運んでいるだろう。約束は破っていない」
翼で空気を押して、上空へと飛ぶ。すぐに俺たちがいたアクイラ家の屋敷が遠くなっていく。
上空は遠くまでよく見ることができ、屋敷から少し離れた場所に町があり、そしてそこから更に離れた場所に広い森があった。
「あの森でいいか」
まだこの世界で慣れていない状況で、遠出をしようとは思っていない。しかし、森でも町に近い辺りはあまり期待できない。杖の材料になる物は珍しいものばかりだ。町の近くの場所など、あったとしてもすぐに取り尽くされているはずだ。
「どこに行くの?」
「そうだな。人気が少ない場所…例えば、獣の群生地などがいい。そのような場所ならば、滅多に人が入ることもなかろう」
「獣…いる」
「この森にか?」
「うん。この森の東側、父様が前に獣たちが一杯で危ないって言ってた」




