魔王と聖女の転生日記 2
あたたかいーーーーーー。太陽光が射し込むことがない俺の城で、久しく感じることのなかった光のあたたかさ。それに、どこからか香る草木の良い香り。
俺はゆっくりと目を開けた。
最初に目に入ったのは、美しい青空だった。そして、自分がいるのは綺麗に整えられた庭であることが分かった。
(ここは…俺の城ではないな)
状況を判断するべく、覚えている記憶を引っ張り起こす。
俺は…そうだ。自分を聖女だとか名乗った娘の魔法に巻き込まれたのだ。彼女が持っていた小振りな剣は、その刃で俺を攻撃するのが目的のものではなく、魔法を使う際に必要な杖の代用の品だったのだろう。
(自爆魔法…そんなものを使う聖女がいるとはな)
自爆魔法は、誰もがやりたがらない魔法だ。それはそうだろう。使えば、自分も死ぬのだから。
だが、その分、人間が使える魔法の中では攻撃力が強い魔法だ。それ故、人間の戦争では自分の身体の所有権を己で握っていない者ーーー奴隷がよく使わされるのだと言う。
(聖女と言えば、人間たちの中では崇められる存在だ。なのに奴隷と同じ魔法…あの娘が着ていた物がそこらの村娘と変わらなかったのは俺の油断を誘うためか?それとも他の理由があったのか?)
気になるところだが、それよりも。彼女が本当に力を持つ聖女で、使った魔法が自爆魔法なのだとしたら…俺は死んだのか。
俺は魔族の中でも聖属性の魔力に弱い。弱いと言っても、人間の聖職者たちが使うような弱い魔法ならば効きはしないが、自爆魔法は別だ。強力な力のある聖職者が、自爆に俺を巻き込むこと。それが唯一、人間たちが魔王である俺を倒せる手段なのだ。
(あの娘は気が付いたのか?どんな英雄もそれには気が付かず、敗北したというのに。ならば、もっと会話をしておけばよかったか。彼女がどのように俺の弱点を暴いたのか興味がある)
あの娘が俺の弱点に気がつくほどに賢いと知っていれば、生きている内に話でもして、知見を広めることもできたかもしれないのに…惜しいことをした。
さて。まず俺が考えねばならないことは、死んだはずの俺がどうしてどこかの庭などにいるのかということだ。
「考えられるのは…あの娘が自爆魔法に失敗したか」
否、可能性は低い。自爆魔法は魔力を暴走させればできるものだから簡単で、失敗することはないだろう。
では、何か。
「正解は、貴方は一度死んで、また生きることになったから」
隣から、死ぬ前に聞いた女の声がした。
驚いて隣へと目を向ければ、自分の横には子供が寝転がっていた。白銀の髪に瞳。あの娘と同じだ。しかし、出会った時よりも大分幼い姿で、着ている物も質素な衣服から上質そうな白のドレスに変わっている。
「お前は…あの時の娘なのか?」
「そう」と、目の前の子供はこくりと頷く。仕草と受け答えも、自分が城で娘に質問を問いかけた時と似ていた。
「娘。何故幼子になっている?年齢は…五歳ほどか。俺が前に見たお前は五歳には見えなかったが」
「当たり前。あの時は十七歳」
「今は?」
「貴方が言った通り、五歳」
「何故若返っている?」
十七歳から五歳。歳は増えるものであって、減るものではないだろう。
「さっき言った」
一度言ったことを二度も言わせるな。彼女の目はそう言っていた。先程…ということは、一度死んで、また生きることになったというものか。
(一度死んで、生きる…)
俺は、今の自分の姿を見た。子供らしい筋肉のついていない、柔らかな腕。元の自分の身長の半分もない背丈。蹴りも満足にできないであろう細い足。
それは、かつての幼い頃の自分の姿だった。だが身体が幼くなっているのではない。姿はよく似ているが、ほんの少しばかり違和感を感じることから、別の何かへと変わっていることが分かる。
(生まれ変わった…ということか)
それならば、自分が若返っていることもあの自爆魔法を受けて無事でいることも説明がつく。成長していて、あの魔法で大怪我を負った身体は捨てられ、新しい身体を与えられたからだ。
「そうか。理解した」
「理解、早い。どうして?」
「これくらいすぐに順応できなければ、死んでいたからな」
ただ強いだけでは、魔王の王座を狙う者たちにすぐに足を掬われる。どんな時でも冷静さを失わないこと。それが王座に立つ者に求められるものだった。
色々と苦労はあったけれど、それなりに王としてやるべきことはやっていたし、これくらいならば狼狽えるほどでもない。
「そう」
「あぁ。それよりも説明をもらえるか。お前の方がこの状況に詳しそうだ。剣を向けていないということは、今世ではまだ殺すつもりはないんだろう?」
彼女は頷いた。
「説明する。貴方と私はあの時、確かに死んだ。あの距離からの攻撃なら、貴方の足でも、逃げられない。…貴方は逃げようともしなかったけど」
まぁ、特に死ぬことは特に怖くなかったしな。
「貴方と私の魂は、身体から離れた。…そして気付いたら赤ん坊になってた」
…気付いたら赤ん坊になっていた?随分、説明が雑だ。
「貴方と私は今世では双子。貴方が兄で私が妹。私は生まれた時から記憶があったけれど、貴方はなかった。だから待ってた」
言い終わって満足したのか、アリスが一息ついて「分かった?」と尋ねてくる。
思っていたよりも簡単な説明だった。それはこの娘があまり言葉を語らないからのか、それとも彼女もあまりよく分かってはいないのだろうか。
「ちなみに、記憶のない赤ん坊の貴方は、可愛かった。私のことを、姉だと思ったみたいで、ねぇねと呼んでくれた」
「…喧嘩を売っているのか?」
「別に」
彼女は首を傾げる。挑発でも何でもなく、ただ単に思っていたことを口にしただけらしい。
(変な娘だな。今のところ敵意はないようだが)
こんな娘に前世の俺は殺されたのかと思うと、少し複雑な気持ちになるものだ。