学校 5
「あーもう! モヤモヤするわね!」
店を出たエヴィはうんざりしたように声を上げる。
「平民だの、貴族だの。そんなに身分が重要かしら」
「まぁ、それは正直同感だな。身分社会は面倒なことが多くて困る」
「そうなの?」
「お前の育ちを考えると、人間は等しく平等と教えられてきたタイプか?」
「うん。神父様は、命の尊さに身分は関係ないって」
「ご立派なことで」
「アンタたちはさっきからなんの話をしてるのよ…」
それなりに長く付き合っていると思うけどアンタたちのこと未だによく分からないわ…とエヴィは怪訝そうに俺たちの会話を聞きながら、周囲をぐるりと見回し、気分を切り替えるようにパチンと指を鳴らした。
「こうなったら気分転換に色々回るわよ! 最近人気の小物とかスイーツとか見まくってやるんだから!」
「はぁ? 今からか?」
「そう!」
「いいね。楽しそう」
よし、逃げよう。
アリスが同意の言葉を返すと同時に、俺は後ろを振り返り、二人とは逆方向に歩き出す。しかし、そうはいくかとエヴィに肩を掴まれてしまった。
俺はニコリと微笑み、「離してくれるか?」と言う。「嫌よ?」とエヴィもニコニコと笑う。
「見るだけなら俺は別行動でいいだろう? 本屋に行きたい」
「あらやだ。こんな見知らぬ町で女の子を二人きりにするの? 人攫いにでもあったらどうするつもり?」
「心配するな。そこらの男ではアリスに敵わないだろう。それくらいの技術は教え込んだ」
「は? ちょっと今さらっと聞き捨てならないことが聞こえたんだけど。私の可愛いアリスにどんな入れ知恵を教え込んだって?」
「言っておくが、アリス自身が望んだんだからな」
「この可愛い子がアンタみたいな脳筋に育ってくれたらどうすんのよ」
「知らん。勝手にしろ」
「逃げるなってば」
力ずくで振りほどいてもいいが、エヴィに手荒な真似をするとアリスが黙ってはいない。今の彼女を敵に回すのは厄介だ。
面倒だな…と思いつつどうにか会話で切り抜けようとするが、言い争っているうちに退路をアリスにも塞がれてしまった。そして「レオ、久しぶりにハンバーグ作ってあげるから」とアリスに説得され、結局、俺は二人のウィンドウショッピングに付き合わされることになった。
「アリス! これとか似合うわよ!」
「エヴィは薔薇みたいな赤が似合うね。お姫様みたい」
「嬉しいこと言ってくれるわね!」
どうでもいい。欲しいのならとっとと買え。
早く帰りたい。せめて暇をつぶす本は返してくれ。
途中で本を取り上げられてしまったので、俺は死んだような目をしながら服を見てはしゃいでいる二人を見守る。
別に買い物に付き合うのは嫌いではないのだが、父様や母様たちとは違って、若い女性が集まると妙に時間がかかるというのが嫌なのだ。
あと常にハイテンションで、口を挟みづらいし、必然的に蚊帳の外となるわけで俺はただ二人の後をついていくだけの存在となる。俺がここにいる意味はあるのか?と問いたくなる。そんなことを言うのは許されないのだけれども。
普段は物欲もないアリスも楽しそうにしているし、元気が有り余っているのはいいことなのだけれど、あれはどうかこれはどうか、いや逆にあっちはどうかと延々と同じような言動を繰り返すのは止めて欲しい。
そんな風に退屈そうにしている俺を見て、エヴィはなにを思ったのか、手に持っていたワンピースを持ってこちらに近づいてくる。そして俺にそのワンピースをあて、一言。
「アンタも着たら?」
「殴っていいか?」
「暴力男」
「久しぶりに聞いたな」
「顔は綺麗だし、普通に似合いそうじゃない。面白いから今後一生、いじってあげるけど」
「そうか。地獄に落ちてくれ」
「その時は癪だから、一緒に引きずり込んであげるわね」
「心配するな。容赦なく蹴り落としてやる」
まったくもう…とエヴィは呆れた表情を浮かべる。
「アンタ、その『帰りたい』って空気どうにかならない? 演技でもちょっと楽しそうにしたらどうなの」
「心の底から帰りたいからな。学校の準備ならばともかく、無駄な時間が多すぎる」
「こういう無駄を楽しむのが人生よ。アンタは効率を重視しすぎ」
「余計な世話だ」
そんな会話をしながら町を歩き、二時間ほどが経った頃、「あれ? 誰かと思ったら」と俺たちは声をかけられた。
「久しぶりやなぁ、レオ君。僕のこと覚えとる?」
「博覧会で…」
「そそ。オリバーな。呼び捨てでええよ」
「どうも」
「そんな他人行儀にならんといてな。寂しいわぁ」
オリバーはそう言って、貼り付けたような笑みを浮かべながら俺の肩を抱いてくる。
博覧会であった時よりも馴れ馴れしいな。一応、あの時は父親たちの前ということもあって、それなりにちゃんとしていたのだろう。
「事故のこと聞いたで? 家族全員で引っ越さないといけへんほど大変やったんやろ?」
「まぁ、そうですね」
「聞いた時、ほんまに胸が痛んだわぁ。町の連中の中には、石を投げたり屋敷にゴミを捨てた奴らもいたとか。やっぱり平民のやることは低俗で野蛮やねぇ」
「あ、もちろん僕はレオ君たちの味方やで? レオ君のお父さんが犯罪者なんて思ってへん」と笑いながらオリバーは続ける。
「そうや。レオ君も入学したんやろ? 首席なんてすごいなぁ。やっぱりお父さんが優秀やと子供の出来も違うわ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると光栄ですね」
「妹ちゃんも別嬪さんやし、女でもある程度の教養はあった方がええしなぁ。兄妹揃って恵まれたもんばっかりで、ほんま羨ましくなってしまうわ」
そろそろ眠り薬でもぶっかけていいだろうか。ここ最近は別荘に引きこもってばかりで、表情筋をあまり使っていなかったのもあって、愛想笑いを浮かべているのも疲れてきたし。
そんなことを考えながら、オリバーの話を右から左に聞き流していると「それで」と彼はじろりとエヴィに視線を向けた。
「そんな優秀なアクイラ家の子息と令嬢が、なんで平民なんかとおるん?」