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学校 4


「エヴィ、これも買っておけ」


「はぁ? アンタ、こんな明らかに古着っぽい服を持ってきて、なんのつもりよ? めちゃくちゃ貧乏くさいじゃない」



俺が選んだのは店の奥の方でひっそりと置かれていたマントだった。新品のように一見綺麗に見える、人気のありそうなものが店の手前側に集まっているので、ここら辺にあるのは長く売れ残ってきたものなのだろう。


怪訝そうに顔をしかめるエヴィに、とりあえず持っておけ、と彼女の手にマントを押し付ける。



「傷んではいるが、質は悪くない。おそらく元々はいい家の人間が身につけていたものだったんだろう。少し修繕をすれば十分に使えるはずだ」



マリーさんかアリスにでも頼め、と言えば、エヴィは納得がいかないという顔をする。まったく、贅沢な奴だな。


仕方がないと溜め息をついて、俺は補足の説明を付け加えた。



「貴族の中でも長く続く歴史のある家では、今でも祖父の代からのものを使うのは珍しくない。質のよいものを長く使うことを美徳としているからな。服だって同様だ」


「これがいいものだっていうの?」


「この店の中で、一番いい布を使ってる。刺繍も華やかさはないが、丁寧に入れられたもの。少なくとも、流行の刺繍を入れて、数年で捨てられることを前提に作られたマントよりは貴族受けしやすい」


「う…」


「一見古くてボロく見えるものでも、見る奴が見れば、いいものだと分かるはすだぞ」



買って損はないと思うが、と言えばエヴィは唸る。そして、暫く腕を組んで悩んだ後、「アリス、アンタはどう思う?」と近くにいたアリスに尋ねた。



「うん。いいと思う。レオ、よく見つけたね」


「あぁ」


「えぇ…アリスも賛成なの?」


「別にそれ一着だけを買えとは言ってない。それほど値は張らないし、予備として持っておいてもいいだろう」


「…分かったわよ」



アンタたちの方が絶対に目も肥えているでしょうし…とエヴィは渋々、俺が選んだマントと、可もなく不可もなくといった無難そうなマントを店主のもとへ持っていく。


店主は静かに金額の確認やら服の状態やらを確認していたが、ふとなにを思ったのか、顔を上げて俺たちを見つめてきた。



「この春から通うのか?」


「え? ええ…」


「悪いことは言わない。あの学校はやめておけ」



そして言われた予想外の言葉に、彼の目の前にいたエヴィは驚いた表情を浮かべ、そして「…どういう意味よ」と店主を睨みつける。



「お嬢さん、平民だろう。先程の会話を聞いておったがね。あの学校は平民には辛すぎる場所じゃ」


「…はぁ?」


「家柄によって決められた明確な上下関係。静かに存在する身分の差別。そんなものが溢れたあの場所では、平民はひどいいじめを受ける。特に女性社会は大変だという噂じゃ」


「…ちょっと。勝手に私の未来を決めつけないで欲しいんだけど」



喧嘩腰になりかけるエヴィをアリスがなだめ、「なにか理由があるの?」と店主に話の続きをするように促す。


店主は暗い顔で「私の孫もそうじゃった」と言った。



「強い子じゃった。頭がよくて、酷いことをされればその場ですぐに言い返すような、負けん気が強い子での。必死に勉強して、ようやく夢見た学校へ通えるとちょうど今の時期は目を輝けておったよ」


「その子はどうしたの?」


「行方不明になった。生死さえも分からん」



エヴィがはっと息を呑んだ音がした。アリスは彼女の身体を支えるように寄り添いながら、「どうして?」と質問を続ける。



「理由は分からん。話を聞けば数年に一度、こういうことがあるらしい。学校側も何度も調査はしたらしいが、原因は判明しなかった。『花の神隠し』、怪談として生徒たちの間でもひっそりと語り継がれておる」



店主の話では、学校では数年に一度という頻度で、女子生徒が行方不明になるらしい。


そのほとんどが平民出身の特待生で、学校内のいじめが原因なのか、それともなにか他の要因が絡んでいるのか、それさえも分からないそうだ。


「戻ってきたのは学校側からの手紙だけの謝罪と、口止め料としての金だけじゃ」と言った店主の顔はあまりにも暗く、その声には悲しみと絶望の感情が滲んでいた。



「フンッ。つまり、お金をもらったから、お孫さんのこと諦めたってことじゃないの」



エヴィは責めるように言う。



「訴えても無駄じゃった。あの学校は貴族たちの子供が集まる社交の場でもある。そう簡単になくすことはできないと、儂たちの心からの訴えはもみ消されてしまった」



しかし、そう言われてしまうと流石の彼女も黙り込まざるを得ないようだった。


大して力もない、慈悲の心で入学を許可された学生やその家族はそういう扱いになるだろうな。そんなことを考えながら、思っていたよりも面倒そうな場所だな、とも思う。念のため少し対策でもしておくか。



「平民はなにを言っても無駄なのじゃ」


「…なによそれ」


「変に希望を抱かず、穏やかに生きていけばいい。それが幸福というものじゃよ」



まぁ一理あるな。面倒事に関わらず、弱者として生きることを受け入れ、人生で時折起こる理不尽な出来事を呪うだけの生き方を幸福と定義するならば。


…エヴィがそれを望むかどうかは別の話だけれど。



「ばっかみたい。そんな幸福、願い下げだわ」



エヴィはテーブルに叩きつけるようにお金を置くと、店主の手からマントが入った紙袋を奪い取り、「アリス! レオ! 行くわよ!」と出口にズンズンと向かっていく。


そのまま怒りに任せて出ていくのかと思ったが、ドアの前でピタリと彼女は立ち止まった。暫く無言だったが、やがて「…ねぇ」と口を開く。



「私は私の未来のために学ばなきゃいけないの。だからアンタがどう言おうと学校には通うけど…でも、その話、頭の片隅に入れておくわ」



でも、覚えておくだけだから。そう言って彼女は今度こそ店を出ていってしまった。


俺とアリスは互いを見て、肩をすくめてエヴィの後を追う。



「…君たちは貴族だろう。学校が始まったら、あの子のことを気にかけてやった方がいい」



店を出る時、店主がぼそりとそう呟いたのが聞こえた。

 

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