学校 3
「レオ! アリス!」
本を読んでいたらそう名前を呼ばれて、俺は顔を上げる。こちらに駆け寄ってくる人物を見て、隣でぼんやりと空を眺めていたアリスもぱっと顔を明るくさせ、「エヴィ!」と彼女の名前を呼んだ。
「久しぶり!」と感動の再会と同時に、抱きしめ合う二人を見て、知らない間に随分と打ち解けたものだなと感心する。
俺よりもアリスの方が頻繁に手紙を交換していたようだから、距離が縮まるのも当然といえば当然なのかもしれないが。
「久しぶり、エヴィ。会えて嬉しい」
「私もよ! アリス、アンタ身長が伸びたわね?」
「うん、エヴィも。あと髪も伸びたね。可愛いし、もっと綺麗になった」
アリスのそんなストレートな褒め言葉に、エヴィは顔を赤くさせ、「えっ?!」と頬を押さえる。
「そ、そうかしら?! やだ、そんなこと言われたら照れるじゃない!! アンタも相変わらず美人ね!」
「ありがとう。エヴィにそう言ってもらえると嬉しい」
「フンッ! ど、どういたしまして!」
…仲がいいのは結構なのだが、正直こういうノリはついていけないので、さっさと感動の再会とやらを早く済ませて欲しい。
「アリス。アンタ、ちょっと雰囲気変わったわね。そんな喋り方だったっけ?」
エヴィはアリスをぎゅうぎゅうと抱きしめたまま、不思議そうに首を傾げる。
久しぶりに会うと確かにそうなるかと納得し、俺は説明のために口を開いた。
「アリスの詰まるような喋り方は元々心因性のものだ。この二年で大分改善したらしい」
「心が原因って…もしかして、アンタのせいじゃないでしょうね?」
「まさか。俺が初めて会った時には、既にアリスはそんな感じだったぞ」
「初めて会ったもなにも、アンタたちは生まれてからずっと一緒じゃないの。双子なんだから」
「じゃあ、生まれてくる前の話だな」
「アンタの冗談ってイマイチ意味が分からないわよね。もっと分かりやすく喋れないの?」
「十分に分かりやすいと思うが」
「…つまり、馬鹿っていいたいのね?」
「自覚があったようでなにより」
エヴィは頬を膨らませ「アンタは相変わらずね」と呆れたように言った。
「ふぅん…。複雑そうだから詳しくは聞かないけど、もしなにかあったら遠慮なく相談しなさいよ」
「うん、ありがとう」
「それで、まずは制服から買うんだったか?」
「そう! 卒業生たちのものを扱った古着屋があるって聞いたのよね。話で聞いた感じたと、結構たくさんあるらしいから、わざわざ仕立てなくても自分の体型にあったものもきっと見つかるんですって。あ、あと小物なんかもあるらしいわ」
「そうか。よかったな」
「ええ。学費が無料になったのはいいけど、制服や他のもので家計を圧迫されるなんて嫌だもの」
マリーさんにあまり迷惑はかけたくないし、とエヴィは続ける。
手紙で聞いた話では、それほど豊かな生活は送っていないようだ。周囲の人々の助けもあって食べ物に困るほどにはなっていないが、それでも贅沢はなかなかできないらしい。
マリーさんはハーブティーを常に飲むようにしているものの、それでも体調を崩してベッドから起き上がれない日もある。そんな身体では前のように安定した稼ぎを得ることは難しいらしい。
ちなみに、ハーブティーに関しては、自分が調合したというエヴィの嘘を彼女は信じてはいないようだ。しかし、飲まないとルークの世話さえまともにできないことは分かっているため、本当は誰が調合しているのかあえて追及しないつもりらしい。
知ってしまえば、もう飲むことはできなくなる。でもルークも幼い今、自分が死ぬわけにはいかない。だから見て見ぬふりをして、気づいていないふりをする。
そういうことなのだろう。懸命な判断だ。
そんなことを考えながら、俺たちは互いの近況を語り合いながらウィンドウショッピングを楽しみ(エヴィとアリスに付き合わされた)、一時間ほどかけて目的地へとたどり着いた。
「思っていたよりも意外と綺麗ね。もっとボロい店かと思ってたわ」
「エヴィ、そういうのは言っちゃ駄目だと思う」
「はいはい。アリスは真面目ね」
そんな会話をしながらドアを開ければ、入店を知らせるベルが鳴り、店の奥から「…いらっしゃい」というか細い声が聞こえてきた。
店主は遠くで椅子に座っているようだが、立ち上がる様子はない。接客らしい接客はほとんどなく、自由に見て回れということなのだろう。
パッと見た感じだと店の中には百着以上は売られている。とりあえず俺たちは手分けをして、エヴィの背丈に合いそうなものを探すことにした。
「これなんていいんじゃない? 安いし」
最初にそう言って服を選んだのはエヴィだ。その手には白のマントが握られている。
「却下」
「なんでよ。見た感じ、傷とか汚れも少ないし、新品と言われてもおかしくないでしょ」
「いいからそれはやめておけ」
「なにが駄目なのか説明してってば」
「生地があまりにも薄すぎる。そんな安っぽい生地、そこら辺のレストランでテーブルクロスにでも使われていそうだ。あとその刺繍の模様は五年前に流行ったものだぞ。流行遅れにも程がある」
「…なによ。別に校則に違反してるわけじゃないんだからいいじゃない」
「面倒くさがって妥協したものを買うと、最終的に恥をかくのはお前だぞ」
「…分かったわよ。他のを探せばいいんでしょ」
細かいわね…と文句を言いながら、エヴィはまた自身の制服になりそうなものを選び始めた。